教育と福祉の充実で知られる北欧ですが、その中でもデンマークは独自の歴史と文化を持ち「フォルケオプリュスニング(Folke oplysning)と呼ばれる民衆教育の伝統がある国。その幸福度の高さでも注目されています。
海外の教育から学ぶ旅「EDUTRIP」を企画し、日本の教育関係者の海外教育視察をサポートしてきた武田緑が今回はデンマークの教育をレポートします。後編では、森のようちえん、デンマークが重要視する教育観についてご紹介します。
全身で、思いっきり自己表現をしていた「森のようちえん」の子どもたち
デンマークには、毎日、森に出かけ、自ら遊びをつくりだし、自由に創造的に活動する「森のようちえん」がたくさんあります。
倒木の上に登り、木の皮を剥いたり、スタッフの大人に飛びついてプロレスをし、 友達と走り回り、おトイレをしたくなったらおもむろに近くの木の根元まで歩いて行ってそこに引っかけ…(笑)
訪ねた時、私が一番おどろき、感動したのは子どもたちの「顔つき」でした。そこにいた小さな子ども達は、”大人みたいな顔”、自信に満ちた「はっきりと意思のある顔」をしていました。
「やってみたい」と思ったことを思いきりやれる活動環境があり、禁止やコントロールがほとんどない中で、自分の意思や感情をあるがままに表現することができる。そして、それを見守って、受けとめてくれる大人がいる。まさに、自分のしたいことを自分でつかみきっている、という姿に私には見えました。
これだけ全身で自己表現を毎日のようにしていたら、「この子達は、自分が何をしたいか分からなくなったりしないだろうな」と感じ、翻って日本の状況を考えさせられました。
「今ここ」が幸せであることが大切
デンマークでは、子ども時代や若者時代を、大人の準備期間としてだけ過ごすのではなく、彼ら彼女らの「今ここ」が幸せであることが大切にされています。障がいを持つ青少年のための学校の校長先生は、こうおっしゃっていました。
「障害がある彼らにも、他の人たちと同じように若者時代を謳歌する権利があります。私たちの仕事は、それをサポートすること。職業訓練だけではありません。」
言葉にされると「そりゃそうだよね」ということかもしれませんが、日本で「今ここを豊かに過ごす」ということがどれぐらい大事にされているでしょうか?
大人が子どもたちの将来のことを心配するあまり、先のこと先のことを意識させているように思えてきます。私は、この話を聞いたとき、自分自身も、いかに将来の準備をさせるか、ということに強く囚われていたことに気がつき、前提のあまりの違いに衝撃を受けました。
一人ひとりのユニークさが尊重される教育的に配慮された環境
ある公立小学校を訪ねた際、教室には、様々な特性・ユニークさを持った子どもたちが、学びやすく過ごしやすいように各所に配慮・工夫がありました。聴覚過敏のある子はヘッドフォンをして、授業に取り組んでいました。
グループで学びやすい子たちは机が島になっており、集中しづらい子の机は壁を向いていました。柱の陰に机がある子もおり、そこが落ち着くから、という理由のようでした。
おどろいたのは、発表の時間になった時、教室の真ん中に空いていた広いスペースに数人の子どもたちが出てきて、頬杖をついたて寝転んだり、足を投げ出して手で体を支えリラックスした状態で聞いていたこと。
態度が悪いと注意されるということはなく、落ち着く態勢でみんな授業に参加できていました。ストレスをかけて我慢させるのではなく、リラックスした状態で楽しく学べる工夫がたくさんあるのです。
高校生も足を伸ばして、談笑し、お菓子を食べながら課題に取り組んでいます。日本では考えにくい光景かもしれませんね。
ペタゴーと呼ばれる、生涯を通した全人的な発達や対人関係に特化した専門職が対人支援の現場にいるのも特徴的です。
ペタゴーは、学校にも病院にも児童養護施設にも高齢者施設にもおり、学校では教員が知識や技術習得などを扱うのに対して、より非認知的な領域の発達をサポートします。
こういった専門職の存在も、この国の学び育ちへの意識の高さや成熟度を表す1つの側面ではないでしょうか。
誰に尋ねても”デモクラシー”を語るデンマークの教育者たち
おどろくことに、どの学校でも、どの社会教育機関でも、大人たちは違う言葉で”デモクラシー”について語ってくれました。
フォルケホイスコーレの学生たちでさえ、私が「デンマークには民主主義に根ざして、民主主義を目指す教育があると聞いて来た」と挨拶すると、「うんうん」「そうだそうだ」とみんな頷くのです。これは本当に浸透しているな…と感じた瞬間でした。
けれど、デンマークの人たちが言うデモクラシーは、日本でのイメージとはちょっと違うようです。
「自分の人生をどう生きていきたいか考えることがデモクラシーなんだ」
「デモクラシーは、人が2人集まればもう始まっているもの」
「一緒に生きていくためには、デモクラシーを学ぶ必要がある」
「子どもたちには、自由と責任をどう扱うのかを学んでほしい」
「若者がコミュニティや政治に参加することはデモクラシーのためには欠かせない」
日本で民主主義・デモクラシーというと、政治の話、統治機構の話のようなイメージが湧いてきますが、デンマークでは、何よりまず自分が何を欲しているか、どう生きたいかを知ることから始まる。
そして、自分自身の思いや意思が大切なのと同様に、他者もそれを持っていることを知り、思いや意見に食い違いがあったときに、いかに対話をするかを学ぶのです。
そして、それがさらに広がって、コミュニティや社会参画につながっていくーーー。
私たちは、日本でどんな教育を、学びの環境を子どもたちに用意しているでしょうか。
日本の教育は今、少しずつ変わろうとしています。学校や教育現場で、挑戦している人たちがたくさんいます。その時に、教育がどうあればいいか、とセットで、「どんな社会をつくりたいか」を考えることは非常に重要ではないでしょうか?
もちろんそのまま取り入れる、ということにはなりませんが、デンマークの社会と教育のあり方は、1つのヒントになるのではないかと私は考えています。
人権教育・シティズンシップ教育・民主的な学びの場づくりをテーマに、企画や研修、執筆、現場サポート、教育運動づくりに取り組む。主な取り組みは、全国各地での教職員研修や国内外の教育現場を訪ねる視察ツアー「EDUTRIP」、多様な教育のあり方を体感できる教育の博覧会「エデュコレ」、立場を越えて教育について学び合うオンラインコミュニティ「エデュコレonline」、学校現場の声を世の中に届ける「School Voice Project」など。
著書に「読んで旅する、日本と世界の色とりどりの教育」