教育と福祉の充実で知られる北欧ですが、その中でもデンマークは独自の歴史と文化を持ち「フォルケオプリュスニング(Folke oplysning)と呼ばれる民衆教育の伝統がある国。その幸福度の高さでも注目されています。
海外の教育から学ぶ旅「EDUTRIP」を企画し、日本の教育関係者の海外教育視察をサポートしてきた武田緑が今回はデンマークの教育をレポートします。前編では、デンマークの教育システムとフォルケホイスコーレ(民衆の大学)についてご紹介します。
自由で多様な学校のかたちとフレキシブルなライフコースを可能にする教育システム
デンマークは、GDPに占める教育予算の割合がOECDの中でも最も高い国の1つ。そこでは昨今のグローバル競争が劇化する世界状況の中でも、子どもたちのWell-being(幸福)を重視した非競争的な教育が根付いています。その価値観は、小学校段階では点数をつけて序列化するようなテストが禁止されていることにも象徴的に現れています。
デンマークでは、日本のような「就学義務」はなく、代わりに「教育義務」が保護者に課されますが、教育選択の自由が保障され、ホームエデュケーションも認められています。学校に行く場合は公立学校と、様々な理念とスタイルで設立・運営されている私立学校を選ぶ、もしくは、親が集まって学校を設立することもできます。
私立学校の中には、後述するフォルケホイスコーレの思想を汲んだフリースコーレや、よりラディカルな人たちによってつくられたリラスコーレ、シュタイナーなどのオルタナティブ教育学校などが含まれています。
また、立ち止まって人生を考えるための機会が、保障されているのも特徴です。
義務教育期間の後期に寮生活をしながら学ぶことができるエフタースコーレや、18歳以上の国民に生涯に渡って開かれているフォルケホイスコーレは、デンマークでは履歴書にも書くことができる「学校」ですが、学生にとっては知識やスキルよりも、ゆとりと人のつながりの中で自分を見つめる時間を得ることができる場所になっています。
生きた言葉での対話を通して学ぶ生涯教育機関「フォルケホイスコーレ(民衆の大学)」
デンマークの教育を語るとき、最も外せないのが、教育の父と呼ばれるグルントヴィが100年前に生み出した独自の成人教育機関・フォルケホイスコーレです。
18歳以上であれば、いつでも誰でも入学できるフォルケホイスコーレは、寄宿舎制で共にコミュニティを自治をしながら、生きた対話と体験を通して学ぶことを大切にしています。3ヶ月〜1年程度と幅があり、複数のフォルケホイスコーレを渡り歩くこともできます。試験もなく、資格も問われず、誰でも自由に学ぶことができるのですが、寮費以外はほぼ無料です。
学生たちはここで、「本の中の文字」からではなく互いに生きた言葉で対話することを通して学び合い、他者と共生しながら自分らしく生きる道を見つけていきます。
共に歌を歌ったり、食事をすること、語り合うこと、体験することが大切にされていて、フォルケホイスコーレには、多くの場合広々としたラウンジや食堂のような場所、芝生の広場があり、そこでのんびりと談笑しながら過ごす学生たちがいるのが見られます。
「就職に有利」であるとか「キャリアアップにつながる」というわけではなく、日本の感覚で言えば、「なぜ、そこに学びに行くの?」と思ってしまうような場所なのですが、デンマークでは「学び」とは「QOL(生きることの質)」に関わる営みなのだ、という認識が一般的であるように感じます。そこにはグルントヴィの思想が大きく影響しています。
このフォルケホイスコーレの教育観・人間観(書物中心の死んだ言葉の教育ではなく対話による生きた言葉での学び/不安や恐怖からではなくポジティブなモチベーションで学ぶ/コミュニティを基盤に学ぶといった考え方)は、デンマーク中に公教育・義務教育にも多大な影響を与え、今では「当たり前」のこととなっています。
異なる立場の人も、貧しい人も平等に学び対話できるこの学びの場は、デンマークの民主主義の基盤を培ってきたとも言われています。
フォルケホイスコーレに行くことは現実逃避なのか?
EDUTRIP参加後、フォルケホイスコーレに留学した友人がいます。
フォルケホイスコーレでの学びに充実感を感じながらも、日本でいえば「モラトリアムでしょ」と言われてしまう時間なのではないか、とモヤモヤしていた彼は、デンマーク人の同級生に「フォルケホイスコーレに行くことって、結局、現実逃避なんじゃないのかな」と尋ねたのだそうです。すると、こんな答えが返ってきたのだとか。
「私はフォルケホイスコーレに行くことを現実逃避だとは思わない。小・中・高・大と学校社会しか知らずに生きていくことの方がよっぽどか現実逃避だと思うわ。“現実”っていうのは、学校だけじゃない。会社とか、地域とか、世界とか、いろんなものが入り混じって“現実” でしょう?だから私は学校社会を離れて、あえて“現実”に直面するため にフォルケに来ているの。」
10代の若者から、こういう明確な「自分の言葉」を聞くことが当然のようにできるのも、デンマークの教育の賜物であるように思います。
人権教育・シティズンシップ教育・民主的な学びの場づくりをテーマに、企画や研修、執筆、現場サポート、教育運動づくりに取り組む。主な取り組みは、全国各地での教職員研修や国内外の教育現場を訪ねる視察ツアー「EDUTRIP」、多様な教育のあり方を体感できる教育の博覧会「エデュコレ」、立場を越えて教育について学び合うオンラインコミュニティ「エデュコレonline」、学校現場の声を世の中に届ける「School Voice Project」など。
著書に「読んで旅する、日本と世界の色とりどりの教育」