国際スタンダードと比較して、時間数が不足し、内容が限定的という日本の性教育の現状がありますが、前回の記事では、日本における性教育の先進事例について取り上げました。
一方で、動画を活用した性教育が世界中で広まりつつあります。今回は、多言語に翻訳され世界中で活用されている最新の性教育動画「AMAZE」の魅力とその活用の可能性について取り上げたいと思います。
(AMAZE.org 日本語ページ)
多言語に翻訳され世界中の性教育で使われている動画教材「AMAZE」
AMAZEは、アメリカの性教育NGOが製作する性の健康や豊かな人間関係について楽しく学べる動画教材です。性に関わるテーマを幅広く扱い、信頼できる情報とユーモアあふれるアニメが特色です。
2020年2月現在、110本以上の動画コンテンツが公開され、動画の総再生回数は3000万回以上、AMAZEのYouTubeチャンネル登録者数は13万人以上にも及びます。英語以外にもスペイン語、韓国語、ドイツ語、フィンランド語、アフリカーンス語、コサ語など10ヶ国語以上に翻訳され、世界各国で活用されています。
(AMAZE.orgより)
「性について学べる機会が圧倒的に少ない」という現状
自身が代表を務めているNPO法人ピルコンでは、性教育講座の外部講師として、中高生や大学生、保護者の方向けに講演をしたり、ウェブサイトや書籍、SNSを活用して情報発信をしたりしてきました。その中で、感じたのは、「性について学べる機会が圧倒的に少ない」ということです。そして、それは子ども・若者はもちろん、性教育について問題意識を持つ教員や保護者を含む大人もです。
また、私達の性教育の講演は、学校の教員の依頼を受けて、実施しています。そのため性教育への問題意識を持った教員がおり、性教育講演への予算と時間をとることに理解がある学校に限られ、また、そんな中で捻出された性教育の講演の機会は年1回・1時間だけ、というケースがほとんどです。
(NPO法人ピルコン:全国各地の教育・行政機関、民間団体などで性教育に関する講演や授業を行っている)
教員や保護者からは「これだけ様々な情報がインターネットを通じてアクセスできるようになった今、性教育の必要性は感じているが、具体的に子どもたちにどう伝えたらいいか分からない」という声を聞くことは、もはや日常茶飯事。
その一方で、性教育の専門的な勉強会や学会は一般の人にはまだまだハードルが高く、「性教育に関することを学びたい」と思った時にすぐに気軽に学べる包括的な情報リソースの必要性を感じてきました。
海外の先進的な性教育の取り組みを日本で広げる!
海外での当たり前に行われている性教育と日本とのギャップを感じたことを志望動機に、ピルコンでのインターンを希望する海外経験のある学生が増えており、海外の先進的な性教育の取り組みを日本にも広げられないかと考えました。インターンの助けも借りながら海外での性の健康に関する情報サイトを調査し、たどり着いたのが、AMAZEでした。まさに包括的なセクシュアリティ教育を体現している内容です。
私達は、この魅力的なリソースを日本語で無料公開できるように、翻訳・吹き替えの費用をクラウドファンディング(海外で大人気の性教育アニメ動画を翻訳して日本で誰もが性を学べる環境を実現したい!)で調達するプロジェクトを立ち上げ、2019年6月に184名もの方のご支援をいただき、無事に目標金額を達成することができました。
ピルコンのホームページやYouTubeチャンネルで、今後2020年5月までに、合計で45本のAMAZE日本語版動画を公開予定です。
包括的性教育を体現するAMAZEの4つの魅力
私達が数ある海外の性教育教材やホームページの中で、AMAZEを選んだ理由としては、大きく4つあります。
AMAZEは、アメリカの複数の性教育団体(Advocates for Youth, Answer, Youth Tech Health)
が専門家も交え共同で制作した、信頼できる性教育動画です。なおかつ、子ども・若者の年齢に合った分かりやすくユーモアたっぷりな親しみやすい表現が充実しています。
性の知識を伝えるだけではなく、「お互いを大切にしあえる性行為は素晴らしい経験になるはず」「周りと違っていい、あなたは素晴らしい」「最終的に選ぶのはあなた」といった、性をポジティブにとらえ、自分自身を大切にしようというメッセージが溢れています。自分自身を恥じるのではなく、性と向き合い、これからの選択を前向きに考えられるやさしく丁寧な言葉が使われています。
思春期、多様な性のあり方(性指向、性自認)、性暴力・性情報の関わり方、健康的な人間関係、性感染症、妊娠・出産・避妊など、性にかかわるトピックを多岐にわたって扱っています。また、子ども・若者向けだけではなく性教育を始めたい大人・保護者向けの動画や、子どもへの性の伝え方に関する補足情報や会話の始め方の事例も紹介しています。
日本の若者にとってもYouTubeは圧倒的に利用されている動画メディアですが、AMAZEの動画は、すべて無料でオンライン環境があればだれでもアクセスできます。また、動画は2~5分程度と短いものが多く、スキマ時間でも気軽に見れる内容にまとまっています。
動画を活用したこれからの性教育
ICTs教育が学校でも広がっていく中で、AMAZEの動画教材を活用した授業づくりも既に始まっているようです。実際にYouTubeの動画へのコメントで「授業で見た」という声も挙がっています。学校教員だけではなく、教育や児童福祉、医療に携わる人にも役立つはずです。
家庭での性教育でも、保護者と子どもが一緒に学べるツールとしても、活用されていくことを期待しています。若者同士や大人・保護者同士が(または、そういった属性の枠組みを超えて)、AMAZEを見た感想をシェアするオンライン・オフラインのイベントにより、学びが深まるチャンスがあるかもしれません。
また、YouTubeなどの動画メディアを使い慣れていない人に向けても、DVDや冊子といった別の媒体を使ったアイテムも企画したいと思っています。
そして、性教育を学ぶ機会がこれまでなかった人も、オンラインを通じて自分の好きな時間に信頼できる情報源から学ぶことができるようになれば、性教育についての社会的な理解も進み、より性教育をしやすい環境になると考えています。
また、私がアドバイザーを務めている、専門家と素晴らしいクリエイティビティが集結し、TENGAヘルスケア社が運営する中高生向けの性のモヤモヤに向き合うサイト「セイシル」も大変好評いただいています。
子どもが性に興味を持つのは自然なこと。その時に、ジャンクで有害なものを含むインターネットの情報にアクセスするか、科学的に正確で信頼できる情報にアクセスするかで性についての捉え方、更にはその後の人生も違ってきます。
その一方で、良質な情報源があっても、活用されなければ意味がありません。信頼できる性の健康や人間関係についての情報源を大人も子どもも知っていて、すぐにアクセスできる環境をこれからも皆さんと広げていけたらと思っています。
NPO法人ピルコン理事長。慶應義塾大学環境情報学部卒業。民間企業のマーケティング職を経て、性の健康啓発を行うNPO法人「ピルコン」を2013年に起業・現職。若者向けのセクシュアルセミナーやイベントの企画・出展の他、中高生向け、保護者向けの性教育講演や性教育コンテンツの開発・普及を行う。大学生ボランティアを中心に身近な目線で性の健康を伝えるLILYプログラムをのべ200回以上、2万名以上の中高生に届け、思春期からの正しい性知識の向上と対等なパートナーシップの意識醸成に貢献している。
著書:マンガでわかるオトコの子の「性 」、はじめてまなぶ「こころ」・「からだ」・「性」のだいじ ここからかるた
監修:10代の不安・悩みにこたえる「性」の本