「叱っても言うことを聞いてくれない」という子育ての悩み
例えば、お子さんが騒いでしまう、物を投げてしまうなど困った行動をした時、皆さんはどのように振る舞いますか?大抵の場合、「ダメでしょう!」「やめなさい!」と叱るでしょう。そして、その方法で、反省して困った行動をやめてくれるお子さんもいると思います。
しかし、平成13年~19年に厚生労働省が行った21世紀出生児縦断調査では、2~5歳の子育ての中で「子どもが言うことを聞かない」という悩みを抱えている親御さんは2~3割程度というデータが出ており、この中には、一般的な叱るという方法では、なかなか行動の改善に結びつかないケースが含まれています。
お母さん、お父さんの「なんで分かってくれないの?」という想いは、そのまま子育ての悩みやストレスの要因となっていきます。しかし本来は、お子さん達も、お母さんお父さんも、一人一人違うもの。どうやって子育てをするか、その選択肢はもっとあっても良いはずです。
叱る以外の選択肢!「既読スルー」が効果的な理由とは?
では、叱ることがうまく機能しない場合、どんな選択肢があるのでしょうか。今、某コミュニケーションツールに関する「既読スルー」という言葉が流行っていますね。これは、送られてきたメッセージを認識しつつ、それに対してレスポンスをしないことを指しています。意外にも、子育てにおいて、この「既読スルー」を上手に使うことで、困った行動を減らせることが分かっています。
一見、お子さんの行動をスルーするなんて、ひどいこと、いけないことをしているように感じてしまうかもしれません。しかし、叱ることばかりで褒める機会がなく、親子関係がネガティブな循環に陥ってしまっている場合は、1つの有効な選択肢になるのです。
応用行動分析学に基づく「既読スルー」のメカニズム
ちょっと想像してみましょう。一般的に「既読スルー」をされたとき、皆さんはどんな行動をとるでしょうか?例えば、友人に「ご飯食べない?」と送る→既読 スルー。これが何度か続いたとき、皆さんは永遠にメッセージを送り続けるでしょうか?ほとんどの人は、何度か送った後に「返信ないし、送っても無駄かな」 と思い、メッセージを送らなくなると思います。
次に、友人に「ご飯食べない?」と送る→「いい加減にしてよ。二度と連絡してこないで!」と返信が来た場合はどうでしょうか?よほどのことがないかぎり、先ほどの既読スルーの例と同様に、メッセージを送るのを辞めますよね。つまり、「既読スルー」も、「いい加減にしてよ!」と叱る方法も、結果としては「メッセージを送る」行動の減少につながっていくわけです。
逆に、時々でも「遅れてごめん!ご飯行こう」と返信がある場合は、その後もメッセージを送り続けますよね。
このように、行動の後に、ポジティブなレスポンスがある場合は、行動は増えていきます。逆に、行動の後に叱るなどの嫌悪的なレスポンスがある、もしくは既読スルーのように何のレスポンスもないと、その行動は減っていくわけです。
心理学の1つである応用行動分析学(Applied Behavior Analysis; ABA)の用語では、図のように行動の前、行動、行動の後の3つの箱でとらえる考え方を「3項随伴性」、既読スルーによって行動が減少していくような現象 を「消去」、ポジティブなレスポンスにより行動が増えていくような現象を「強化」と呼んでいます。
「おぜん立て」で、褒める機会を作ろう!
ここまでで、「既読スルー」のようにレスポンスを返さないことで行動を減らす「消去」という方法を説明しました。これを子育てに応用すると、どうなるかを考えてみましょう。
例えば、太郎くんは、今日のおやつはおしまい、と言われると、床にひっくりかえって大声でやだやだと叫びます。叱ってもいつまでも叫び続けるので、 お母さんがあと1個だけよ、とおやつを増やしてあげると、泣き止みます。しかし、大騒ぎする行動が以前より増えたような気がして、お母さんは困っています。
この例を先ほどの3つの箱で考えてみると、以下のようになります。
大騒ぎする行動が、おやつを追加でもらえるというポジティブな結果によって、増えていることが分かりますね。さらに、叱る、という一見嫌悪的なレスポンスをしてみても、大騒ぎする行動は減っていません。
そのため、まずは以下のように、大騒ぎしてもレスポンスがない状態(消去)に対応を変える必要があります。すると、いったん行動が減っていくと考えられます。しかし、これだけではいけません。
なぜ、「おぜん立て」が重要か?
なぜかというと、幼い子ども達は、持っている行動の手札が少ないからです。先ほどご紹介した「ご飯行こう」とメッセージ→既読スルーをされてしまったような時、私たちはメッセージの送信をやめて、電話する、会いに行くなど、別の手札を出すことが出来ます。
しかし、子どもたちは、持っている手札自体が少ない ため、次の適切な一手を自らで出すことが難しいのです。そのため、ただ消去をするだけだと、お子さんはどうしていいか分からず、別の困った行動をしてしまうことがあります。
消去と必ずセットで使わなければいけないのが、褒める機会をつくるための「おぜん立て」です。
例えば、①予めおやつの量を視覚的に示してあげる、②おやつが終わったら大好きなビデオを見ようと誘っておく、という2つの「おぜん立て」をしてあげ、おやつを約束の量でおしまいにするという行動を引き出してあげます。
すると、おやつをおしまいにできた行動を褒めたり、好きなビデオを見せたりする機会を作ることが出来ます。これを繰り返していくと、所定の量でおしまいにするという適切な行動を増やす(強化)ことが出来、ポジティブな循環が出来ていくわけです。
今回、ご紹介したように、叱る以外にも子育ての選択肢があることを知ることで、「叱っても言うことを聞いてくれない。どうしよう」と行き詰ってしまうお母さん、お父さんが少しでも減っていくと嬉しいです。
親子でポジティブな子育てを楽しむために最も大切なのは、日々の生活の中で、いかにお子さんを褒める機会を作ってあげられるかどうか、だと思います。たくさんの「おぜん立て」をして、お子さんの良い行動を引きだして、たくさん褒めてあげる。
ぜひ、楽しくポジティブな子育てに生かしてみて下さいね。
NPO法人ADDS共同代表、慶應義塾大学社会学研究科訪問研究員・博士(心理学)慶應義塾大学大学院心理学専攻博士課程修了。
専門領域:応用行動分析、前言語期コミュニケーション、発達心理学に基づく発達障害児の早期療育、ペアレントトレーニング、療育と育児ストレスとの関連、人材育成プログラム開発など
保護者が家庭でできる療育プログラムの研究開発と効果検証を進め、28年度科学技術振興機構研究開発成果実装支援プログラムに最年少で採択。「エビデンスに基づいて保護者とともに取り組む発達障害児の早期療育モデル」の責任者として全国で療育モデルの実装に取り組む。
著書:「できる」が増える!「困った行動」が減る! 発達障害の子への言葉かけ事典
「できる」が増える!「困った行動」が減る! 発達障害の子への言葉かけ事典
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本書ではこのABAをもとに、様々な声かけやアイデアをご紹介していきます。著者の2人は、これまで約20年にわたり、現場で実際に取り組み培ってきたプロ中のプロ。あらゆる状況を想定した、そのノウハウはどれも説得力があるものであり、かつ、効果があるものばかりです。