昨今、「子どもの貧困」に注目が集まり、全国各地で無料の学習支援事業(無料塾)が実施されています。平成27年4月には「生活困窮者自立支援法」が施行され、そこに「生活困窮世帯」の学習支援を行うメニューが組み込まれました。施行後は、全国各地の自治体が学習支援事業の立ち上げをさらに加速させています。
しかし、行政が実施している学習支援事業は、対象者が限定的であったり、申し込みや事前の面談が必要だったりするなど、子どもが支援につながるためには、様々な前提要件が必要となります。「生活困窮世帯」を支えるための既存の制度・サービスは様々ありますが、「無料」と一口にいえども、それらを利用するためには、いくつかのハードルを越えなければなりません。
例として千葉県松戸市の学習支援を受けるための要件をみてみたいと思います。
1.生活保護を受給している世帯
2.児童扶養手当を受給している世帯(全額支給停止を除く)
3.就学援助等を受給している世帯
4.就学援助を受給できる世帯と同程度の収入の世帯
5.収入の状況や世帯状況等を勘案し、支援が必要と認められる世帯
(抜粋:松戸市「子どもの学習支援事業」より)
学習支援を受けるにあたり、各種手当を受給している場合は、その証明書が必要となります。そうでない場合でも、世帯収入を示す証明書等を提出する必要があることがわかります。
自発的なアクションが暗黙の前提条件
NPO法人さいたまユースサポートネットの調査(2015)によると、9割以上の自治体が、「生活保護受給世帯」、「就学援助制度利用世帯」、「児童扶養手当受給世帯」など、対象となる世帯を定めています。「特に世帯要件はない」と回答したのは、4.4%にとどまりました。2015年で学習支援事業を実施している全国の自治体の約3割でしたが、半数以上は来年度実施予定と回答しています。
本当に支援を必要としている子どもたちを見極めていくために、世帯要件を設けることはもちろん納得できます。しかしもう一方で、サービスを利用するには、「子どもに学習支援を受けさせてあげたい」という親の理解や関心が第一にあること、そして、「書類を用意して、申請書を提出する」という自発的なアクションが「暗黙の前提条件」として存在することにも目を向ける必要があります。
そういった前提があると、家庭に経済的な困難さがある場合や、親が多忙だったり、障害・疾病などがある場合は、利用が難しく可能性があります。また、外国人の親御さんである場合、言語が壁になり、既存の公的・民間サービスの利用の仕方がわかないというケースも生じます。
(NPO法人ダイバーシティ工房:無料学習教室「地域の学び舎プラット」での学習の様子)
親との手続きがなくても利用できる無料学習教室
私たちNPO法人ダイバーシティ工房が運営する無料学習教室「地域の学び舎プラット」(以下、プラット)では、前述の背景を踏まえて、親との手続きを必要とせずに利用できる仕組みになっています。
千葉県市川市の閑静な住宅街にあるプラットの大広間は、毎週金曜日、小学4年生から中学生でいっぱいになります。18時から1時間学習タイムが始まり、その後30分間の食事タイムを挟み、残り1時間、再び学習に取り組みます。
参加する子どもたちは、大学生・社会人のボランティアさんにみてもらいながら、それぞれが持参した宿題や課題に取り組みます。食事タイムでは、寄付でいただいた野菜をボランティアさんたちに調理してもらい、みんなで美味しくいただいています。
私たちの無料学習教室にやってくる子どもたちのつながり方は、親御さんからのご連絡でつながるケースと、親以外の方からの紹介からつながるケースの主に2通りあります。
(NPO法人ダイバーシティ工房:勉強の合間の食事タイム。ボランティアさんと話がはずみます。)
中学生のさとみさん(仮名)は、お母さんがシングルマザーで、塾に行かせる余裕がなく、お子さんの勉強をみている時間も家で取れない状況でした。しかし、さとみさんの定期テストの点数は下がる一方で、お母さんも思いつめていきます。学校で配られたプラットのチラシをみて、問い合わせをしてくれました。
さとみさんの場合、お母さんは仕事のスケジュールを調整し、実際にプラットに足を運んでくれました。私たちはお母さんから事前にさとみさんの情報をヒアリングし、場所や学習の注意点など、詳細について説明を行うことができました。学習教室でお子さんに何か変わった様子がある場合は、そのことをお母さんに共有することができています。
ところが、さとみさんのように親御さんの関心が高いケースは、必ずしもすべての子どもたちにあてはまるわけではありません。プラットにつながる約半数の子どもたちは、地域の支援機関や子どもたちからの紹介、もしくは友人の保護者などの紹介などで繋がってきます。
だいちくん(仮名)は、同級生のお母さんからの連絡で繋がりました。
元々、だいちくんの同級生のお友だちが、私たちが運営する他の事業所を利用していたのですが、同級生のお母さんがだいちくんの様子を見る中で、「もしかしたらあまりご飯を食べられていないのではないか?」と心配し、食事も提供しているプラットに繋いでくれました。
実際にだいちくんにプラットにきたきっかけを聞くと、「ご飯が食べられたから来た」と答えます。本人の学習への意欲は高くありませんでしたが、話を聞くうちに学校での学習にも困難を抱えていることがわかりました。
私たちは食事を提供する上で、アレルギーがあるかどうかの確認を事前に行っています。子どもたちからつながったケースでも、親御さんに必ず連絡を取るようにしています。しかしだいちくんの場合、何度連絡してもお母さんに繋がりません。
「お母さんは、どういうスケジュールなのかな?」本人にそう聞くと、「お母さんは忙しい」とのこと。朝早くに出て、その後夕方まで仕事をし、その後また仕事をしにいくような生活。子どもと一緒にいる時間も中々取れない状況だったのです。
また、学習面での相談をしようとしても、中々取り合っていただくことができませんでした。 だいちくんの場合、親御さんを通して繋がることができたとは考え難いと思います。
(NPO法人ダイバーシティ工房:イベントの開催は、地域とつながりをもつきっかけとなります)
プラットが大好きで、毎週金曜日を楽しみにしてきてくれる中学生のそうまくん(仮名)は、児童相談所からの紹介で繋がりました。
お母さんが出て行ってしまったことをきっかけに、おばあさんと同居するようになったそうまくん。おばあさんには家にいるといつも厳しくされたり、暴言をはかれたりすることもあり、小さいころから家出を繰り返していました。中学生になって児童相談所につながり、そこでプラットを紹介されます。
お父さんはプラットに理解があり、そうまくんとの関係も悪くありません。しかし、仕事で朝から晩まで忙しい上に、兄弟が障害を持っているため、そうまくんにかけられる時間がどうしても限られてしまう状況です。児童相談所を通してですが、書類にサインをもらうことはできました。
「家に帰りたくない」
私たちと出会った当初から、口癖のようにそういうそうまくん。当初はアルファベットもあまり書けませんでしたが、ボランティアの先生から熱心に教えてもらい、今では上手な発音で楽しそうに英語に取り組む姿が見られます。また、友達を連れてきてくれたりと、彼をきっかけにつながりの輪が広がっていっています。
「金曜日にプラットがあるから普段頑張れる」
家でもない、学校でもないところで安心できる居場所をみつけ、今ではそう私たちに伝えてくれます。民間の団体も、より多くの子どもたちにリーチするためには、日頃から関係機関と連携していくことが求められています。
(NPO法人ダイバーシティ工房:地域でのクリスマスのイベントの様子)
制度の狭間にこぼれ落ちてしまう子どもたちがいる
「本当に支援を必要としている子どもたちに支援を届けられているのか?」
私たちはいつも自問自答を繰り返しています。プラットで受け入れられる人数はいっぱいになってきており、これ以上増える場合はある程度制限をもうける必要は出てくるかもしれません。
ただ一つ言えることは、制度の狭間にこぼれ落ちてしまう子どもたちは確かに存在するということです。周りの大人の目が届かず、一歩間違えれば足を踏み外してしまいそうな危うい状況にいる子どもは、決して少なくありません。そんな子どものために、これからも手続きなしで来られる学習教室の在り方を模索し続けていきたいと思います。
2012年に設立した千葉県市川市のNPO法人。ひとり親家庭や不登校の子どもたち、発達障がいを持つ子どもたちとその家族に寄り添った学習環境づくり、さらに地域や行政、学校と連携し、大人も子どもも安心して暮らせるまちづくりに取り組んでいます。