「少年が罪を犯す」=「少年院に送られる」というイメージを持っている人も少なくないと思います。しかし、実際はこの想像とは大きく異なります。
世間一般に知られているような刑事手続きの流れは、成人が罪を犯した場合であり、少年の場合と大きく異なります。少年審判は成人が受ける裁判とは違い非公開となっており、審判がどのように行われるかは、その当事者しか知ることができません。
前回の記事(罪を犯した少年は、いかにして少年審判で裁かれるのか?)に引き続き、今回の記事では、具体的なケースを交えて考えます。
ほとんどの罪を犯した少年が「少年院」には行かない
下記の表は、平成27年に罪を犯した少年が家庭裁判所で受ける少年審判で下された処分の内訳を記しています。
そもそも、罪を犯したことで警察に逮捕されるなどして家庭裁判所で処分を受けることになる少年は年間でおよそ8万2千人にのぼります。では、この中でさらに少年院送致の処分が下されるのはどれくらいなのでしょうか。
答えは、約8万2千人の3%にあたる2,700人です。
このように、「少年院送致」の処分を受けるのは、罪を犯した少年の中でもごく一部に限られるのです。
もっと言えば、社会内で保護観察を受けることを義務付けられる「保護観察処分」や「児童自立支援施設等への送致処分」など、「少年院送致」を含めて、「保護処分」と言われる処分を受ける人数は、全体の約25%にあたる約2万1千人です。それ以外の少年のほとんどは「不処分」や「審判不開始」となり、とりわけ処分を受けることなく、元の生活に戻っていきます。
この事実を受けて、「少年に対する処分が甘いのではないか?」と思う人も当然いると思います。しかし、これにはちゃんとした理由があります。
それを説明するうえで、「万引きをした少年A君」を例に、A君が家庭裁判所で少年審判を受けるまでにどんな過程をたどるのか一緒に見ていきたいと思います。
※以下で紹介する例は実際の事例ではありません。
事例「万引きをしたA君」
高校1年生のA君は、中学の頃から不良友達と遊ぶようになり、その仲間と次第に万引きを繰り返すようになり、高校生になってからはとうとう一人で万引きをし始め、それがついに見つかり、逮捕されてしまいました。
逮捕されたA君は警察で取り調べを受け、その後、事件は検察に送致され、その後、家庭裁判所に送られました。その間、A君は警察の留置場で身柄を拘束されることになります。
家庭裁判所では、家庭裁判所調査官であるBがA君の事件の調査を担当することとなりました。家庭裁判所調査官とは、家庭裁判所に送られてきた少年の事件について調査するほか、少年の生育歴や家庭環境、性格など、心理学や社会学、人間科学などの専門的知見から調査をする人のことを言います。
B調査官は、まずA君を調査するにあたり、留置場にいるA君の身柄を釈放して自宅に帰し、その後、改めて呼び出して面接し調査する「在宅措置」の方法をとるか、A君を少年鑑別所という施設に移して、そこでより専門的にA君を調査する「観護措置」の方法をとるか考えました。
少年鑑別所とは、対象少年の「鑑別」(その者が犯罪をするに至った資質や環境上の問題を明らかにして、今後の処遇方法等について指針を示すこと)や「観護」(少年鑑別所で少年の身柄を保全・保護すること)による処遇を行う施設のことを言います。
B調査官は、A君が中学から不良交友を始め、これまで万引きを繰り返していたことから、より調査の必要があると判断し、少年鑑別所に送致する「観護措置」をとることにしました。
少年鑑別所に入ったA君は、そこで様々な心理検査や面接を受けることになります。また、落ち着いた気持ちで審判を受けることができるように、静かな環境で、本を読んだり、日記や作文を書いたりして、規則正しい生活を送ります。鑑別所内ではA君の毎日の言動や表情、仕草まで細かく観察され、A君の資質や性格を鑑別します。
一方、B調査官はA君と面接などをする傍ら、A君の家庭環境の調査や所属していた学校にA君について照会するなど、多角的に調査を行います。
(少年に対して「箱庭療法」などの様々な心理検査が行われる)
A君は少年鑑別所という落ち着いた場所で生活するうちに、次第に気持ちも安定し、自分が犯した罪に向き合えるようになっていました。そして自分の犯した罪について心から反省するようになりました。
少年鑑別所にいられる期間は、原則2週間であり、必要な場合は再び2週間の更新が可能ですが、B調査官は、更新する必要がないと判断して観護措置を終了し、A君はいよいよ審判を受けることとなりました。
A君が犯した罪の重大性のみならず、A君の非行性、保護の必要性、周囲の環境など総合的に判断した結果、A君には処分の必要がないと判断され、審判ではA君に「不処分」という結果が下されました。
審判を受ける前にすでに教育的措置を受けている
これはあくまで一例ですが、ここでA君が「不処分」という結果になった理由の一つに、少年鑑別所に入ったことで自分を見つめ直し、更生への第一歩を踏み出したことが挙げられます。
実は少年は審判を受ける前の段階で、すでに少年鑑別所や家庭裁判所で様々な教育的措置がなされ、それをきっかけに更生する少年は少なくありません。もちろん、在宅措置で調査を受けることになった少年に対しても調査官が1回1回の面接を活用して教育的措置がとられます。
このように審判を受ける前に少年に教育的措置がなされていることが、結果として処分を受ける少年の割合を少なくする一因になるのです。
また、家庭裁判所では直ちに処分結果を下すことが難しい少年に対して、処分結果を保留し、「試験観察」という中間処分を下すこともあります。
「試験観察」は約3、4か月を目途に実施され、少年はその期間中、ある一定のルールを守りながら、社会で生活を送ります。期間中は調査官と面接を受けるなどして教育を受けます。そして、その期間中の生活ぶりを踏まえ、処分を決めることになります。
子どもだけがもつ「可塑性」の意味
こういった短期間の措置でも、子どもが十分に変わることができる大きな理由は、子ども特有の「可塑性」(かそせい)にあります。
ここでいう「可塑性」とは、子ども自身の人格が柔軟に変化することを指します。この「可塑性」ゆえに、たとえ1週間という短い時間であっても、その環境が変われば、大きく変わることのできる可能性を秘めています。そして、それはまた非常に大切なことを教えてくれます。
それは、子どもが過ごす時間の一瞬一瞬が大人に比べて非常に大切な意味を持ち、さらに周囲にいる大人が彼らに与える影響がとてつもなく大きいということです。子どもと触れ合う機会のある者は、いつもこのことを忘れずに彼らと過ごす時間を大切にしていく必要があるのではないかと思います。
本記事は、岩切準が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報を毎月ご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。