韓国のNGO・市民活動・社会的企業の拠点となっている「ソウルイノベーションパーク」。今回の記事では、パーク内にある「進路」をテーマにしたハブ施設・クリキンディセンター(ソウル市立恩平青少年未来進路センター)への訪問、参加・体験型の平和教育に取り組んでいる「PEACE MOMO」のワークショップの体験についてレポートします。
本記事は、2020年2月8~11日に開催された「EDUTRIP in 韓国」の連載レポートとなり、今回が最後のレポートになります。「EDUTRIP」は、「世界の教育に学ぶ旅」がコンセプトで「Demo」が企画運営しています。
今回の韓国の教育視察を通じて、教育について考える上で重要な視点を多く得ることができました。これからの日本の教育に活かしていくためにも、多くの方々に読んでいただけると幸いです。
(参加・体験型の平和教育に取り組んでいる「PEACE MOMO」)
社会革新を体験できる「ソウルイノベーションパーク」
3日目の午後はソウル市ウンピョン区にある「ソウルイノベーションパーク」に訪れ、韓国のNPO団体「PEACE MOMO」が主催する体験型ワークショップを行いました。
ソウルイノベーションパークは、もともと医療系の管理センターだったのですが、施設の移転にともない、市民の誰もが社会革新を体験できる施設に生まれ変わりました。
大学のキャンパスのような広大な敷地には、公園を兼ねた野外スペースがあり、フェスティバルやフェア、フリーマーケットなど一年を通して多彩なプログラムが開催されています。
4日目に訪問したクリキンディセンターをはじめ、ソウルイノベーションセンター、ソウル市社会的経済支援センターなど、様々なNGO・市民団体・民間企業の活動拠点となっています。
(ソウルイノベーションパーク、ソウルイノベーションセンター内の様子)
平和の感受性を育てたい「PEACE MOMO」
今回は、イノベーションセンターの一室をお借りし、「PEACE MOMO」のワークショップを体験させていただきました。
PEACE MOMOは、教える教育ではなく、感じること、学ぶことを重視し、みんながみんなから学ぶ水平で平等な「学びあい」の教育を推進しているNPO法人です。
教師や公共団体、市民に平和教育のセミナーワークショップを行ったり、平和教育ファシリテーターの養成講座を開いたり、平和研究に取り組んでいたりと様々な活動を行っています。
平和の感受性を育て、より平和で構造的暴力のない社会へ変化を起こせるような人材を育成しています。
(「PEACE MOMO」のスタッフさんからのお話)
ワークショップを体験して
今回は、いくつかのワークショップを体験させていただきました。そのなかで最も印象に残っているワークショップ「タクシードライバー」についてご紹介します。
タクシードライバーは、二人一組でペアをつくり、タクシー役(操縦される人)とドライバー役(操縦する人)に分かれます。
ファシリテーターの合図があるまでタクシー役の人は目をつぶり、ドライバー役の人に身をゆだねます。
ドライバー役の人は、タクシーを自由に操作しながら近くを歩き回ります。
近くでゆっくり歩くドライバーもいれば、遠くまで行き動き回るドライバーもいました。
ワークショップ後の振り返りでは、「閉じている目を開かせるようにサポートするのが教育の役割なのではないか」という意見や「相手のことを信頼できるほど、教育の質が高まるのではないか」など、実際の教育現場と結びつけた意見が多くみられました。
私もこのワークショップで近くの人にぶつかるのではないか、どこに連れて行かれるのか、いくつかの不安も感じつつ、パートナーを信じて歩きました。信頼することと信頼されることの難しさを感じることができました。
(タクシードライバーのワークショップを行う著者・左)
平和教育とは何か
PEACE MOMOが定義している「平和教育」とは、戦争の撲滅だけではなく、いじめや差別、犯罪、家庭内暴力など、自分の身近に起きている諸問題において、平和的に解決できる能力を育むことを表しています。
つまり、権力や暴力といった偏った「力」で支配するのではなくて、一人一人が水平で平等な「対話」を通じて、様々な視点から民主的に物事を考え、全ての人が納得して合意に至ることが重要となってきます。
PEACE MOMOで体感した学びは、シアットやアハセンターでの学びと共通することがたくさんありました。
現在の日本では、教育システムをはじめ、多くのシステムがトップダウン型であるように思います。
一人一人が声を挙げやすくするためにはどうすればいいか。
平和で民主的な社会を実現するために、自分はどのように行動していくか。
これから少しずつ考えていきたいと思いました。
(「PEACE MOMO」のワークショップの様子)
良い暮らし、良い人生について考える「クリキンディセンター」
最終日の4日目は、ソウル市立恩平(ウンピョン)青少年未来進路センター(通称クリキンディセンター)に訪れました。
クリキンディセンターは、「キャリア」や「進路」をテーマに「良い暮らし、良い人生に必要なものとは何か」を考え、自分に合った生き方を見つけられるような活動を行っています。
クリキンディセンターの名前の由来は、南米で伝わる“クリキンディ”(ハチドリのひとしずく)という物語の主人公の名前から来ています。
“クリキンディ”(ハチドリのひとしずく)は、以下のような物語です。
森が燃えていました。森の生きものたちは、われ先にと逃げていきました。
しかし、“クリキンディ”という名のハチドリだけは、いったりきたり口ばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは、火の上に落としていきます。
動物たちがそれを見て、「そんなことをしていったい何になるんだ。」といって笑って問いかけました。
これに対し、クリキンディはこう答えました。「私は、私にできることをしているだけ。」
この物語は、「私たち一人一人には、できることが必ずあること」や「私ができることについて考え行動し、積み重ねることの大切さ」を学ぶことができます。
競争、成績至上主義で離脱し、自尊心を失いつつある青少年たちに向けて「自分のできることを見つけ、行動し続けよう」というメッセージが込められています。
(クリキンディセンターの様子)
クリキンディセンターが担っている機能
クリキンディセンターの施設の中には、Web、映像、プログラミング、音楽、調理、被服、デザイン、モノづくりなど、様々な職業を体験できるようなフロアがあり、各分野の職人の方や若手クリエイターの方と一緒に作業しながら、自分の興味のある仕事に挑戦することができます。
各フロアで実際に高校生が作った作品を見させていただいたのですが、どれもクオリティの高い作品ばかりで驚きました。
また、クリキンディセンターは活動の一環として代案学校(オデッセイスクール)の役割も果たしています。オデッセイスクールとは、ソウル市で行われている教育政策の一つで、公立高校とフリースクールが共同となって行われています。
希望する高校一年生の生徒がこの施設で一年間かけて自分の専門性を極め、国内外のフィールドワークに参加し、高校に戻るといった仕組みです。(交換留学と同じのように、次年度は進級することができます。)
(クリキンディセンターの様子)
オデッセイスクールの役割とは
クリキンディセンターもこのオデッセイスクールに認定されており、主に3つのコースがあります。
・ハジャ作業場コース:Web、映像、プログラミング、デザイン、モノづくりなど、工学系の分野を学ぶコース。
・ヤングシェフスクールコース:人と一緒に調理する活動を通じて、食文化や環境、自然の恵みを知り、生きていく上での感受性を育むコース。
・コットンプロジェクトコース:綿栽培を通じて、自分や社会について見つめ直し、自然と調和しながら、生き方について考えるコース。(震災復興を目指し生まれた福島オーガニックコットンプロジェクトとも交流があるそうです。)
一年間、時間をかけて作業を重ねるなかで良い暮らし、良い生き方のヒントを得て、自信をつけて所属する高校に帰っていきます。
日本でもこのような取り組みがあればいいなと思いました。
前の世代から続き、次の世代へもつながっていく
クリキンディセンターで最も印象的だった言葉があります。
それは、「Colab for 7 generation(7世代と協同する)」という言葉です。
この言葉は、私たちを取り巻く社会は前の世代から影響を受け、先の世代に影響を与えていることを意味します。
SDGs(持続可能な開発目標)が示しているように、自分たちだけの利益を求めるのではなく、地球全体がよりよくなるような活動を意識して行動することが大切であると示しています。
学校、家庭、地域、国、地球、宇宙。すべてが自然の中で調和し、ともに支え合うことができれば“良い暮らし、良い人生”に必要なものを見つけることができるのではないかと思いました。
クリキンディセンターでは、4日間の学びの総括として、とても深い学びになりました。
(クリキンディセンターについてご説明を頂いた時の様子)
スタディツアーを通じて感じた「自分」
Edutrip (in 韓国)では、韓国の学校や市民が取り組む「民主的な教育」について学ぶことができました。民主的な教育で大切なことは「相手の気持ちを考えること」と「自分の気持ちを伝えること」であるように思いました。
そして、民主的な教育を実践するうえで、まずは自分が「自分は何者であるか」というアイデンティティや存在意義を見つけることが必要であることに気づきました。
主催して頂いたDemoをはじめ、関係者全ての方に心から感謝しております。この四日間の学びを今後に生かしていきたいと思います。
本記事は、流矢武旺が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。