政治・制度

安易な教育無償化の政策がもたらすデメリットとは?-若者間の不公平と社会の財政負担を増大させるリスク

落ち込んでいる高校生

石破総理が誕生したのも束の間、戦後最短で衆議院が解散され、総選挙に突入しました。各政党の公約も出そろいましたが、教育分野の公約について、主要な国政政党が高校の無償化や、大学等の高等教育の無償化政策について言及していることが今回の特長です。

高等学校の無償化については、参政党以外、すべての政党が、現在の所得制限を撤廃するなどして、国公立・私立を問わず無償化を打ち出しています。通信制も含めれば約99%が進学し、実質の義務教育となっている高等学校の無償化は、すべての子どもと家庭に恩恵があります。累進課税で応分の税金を払っているにも関わらず、所得によって無償になっている世帯とそうでない世帯がある現在の状態が不公平です。今回の総選挙を通して、この点が是正され、全国的に広がることが期待できそうです。

大学等の高等教育の無償化についても、主要政党は、これまでよりもかなり具体的な記述をしています。自民党は、「高等教育の無償化を大胆に進めます」と「大胆に」がどのレベルなのかはわかりませんが、無償化の方向は明確です。公明党は「2030年代に大学等の無償化をめざす」と具体的な時期を記載しました。立憲などの野党側も、かなり具体的に高等教育の無償化を打ち出しています。

<第50回衆議院議員選挙 各党の教育無償化に関する政策一覧>

大学等の高等教育を無償化する政策は、一見は良い取り組みに見えますが、高校の無償化とは違い、政策のコストとベネフィットのバランスを欠いています。また、後述するキャリアパス間の不公平を広げるものとなっており、このまま推進すると日本社会の発展に大きな足かせになります。

「なんとなく」「とりあえず」で選ぶ高校卒業後の進路

現在、高校生にとって、すぐに社会に出て就職して成長するキャリアパスと、大学等に行くキャリアパスは、以下のような絵に見えています。

このように見えている中では、左の道は「怖い」、「暗い」、「先が見えずよくわからない」という理由で選択をされず、「なんとなく」「とりあえず」と左の道よりはマシか、と右の道を選んでしまうわけです。それでは明確な選択動機や、計画や覚悟も生まれません。

結果的に、高卒就職希望者の激減につながり、現在は全体の14%しか高卒就職を選択しません。これが今、日本社会が最も足りていないエッセンシャルワーカーや、現場のエンジニアなどの枯渇の問題を引き起こしています。

本来なら、以下のように、大学に行く時の学費などの直接コストだけでも、きちんと説明をせねばならないはず。奨学金も「周りのみんなも使っているから」という感じで安易に指導していることが問題です。

その結果、実際に学生の55%が奨学金を利用し、平均借入総額は310万円にものぼっています(注1)。返済は「苦しい」が約45%を占め、その半数が「かなり苦しい」と答えています(注2)。

大学卒業後に非正規や無職になっている人も多く、返済負担の軽減は、政策として取り組まなければならないことですが、上記のような構造の中で、動機も明確ではない進学を、一人あたり約500万円の税負担で支払っていくことは、大きな社会への重荷になるのは明らかです。

厚労省が出す学歴別の生涯賃金統計を、さも高等教育を受けさえすれば、高収入が約束されるかのように説明する誤りも横行しており、将来儲かるからとだまして高いローンを組ませる詐欺商法のようです。

注1)JASSO(独立行政法人日本学生支援機構)令和4年度学生生活調査
注2)労働者福祉中央協議会(奨学金や教育費負担に関する アンケート報告書)

高卒就職者への教育投資の格差

本来、まずやるべきことは、高校卒業して働くキャリアパスに教育投資をすることです。先の絵で言うと、左側の道の石を取り除き、道路を整備し、トンネルにも街灯で照らし明るくし、その先にしっかりとしたプロの世界へとつながっていることを見せることです。

高卒就職を選択した若者たちは、しっかりと社会の担い手になって所得税や消費税など支払っているにも関わらず、教育投資の対象とはみなされておらず、不公平な状態におかれています。その結果、高卒就職者への教育投資は企業任せになっており、それが高卒就職者の離職者の高止まりのみならず、キャリアデザインを狭いものにしています。この教育投資の格差が、高卒就職のキャリアパスの魅力を見えないものにしています。

それが結果的に、高卒就職希望者の激減につながっており、空前の売り手市場で、大卒をはるかに越える求人倍率になっています。そのため、初任給も年々高くなってきており、東京の場合は平均で20万円を超えているといいます。

かつてのような高卒・大卒の人事制度を分ける企業も減っており、若くて吸収力があり、成長力ある高卒人材の新たな価値に気づき、新たに高卒採用をはじめる魅力的な企業も増えています。高校生など若い子を採用して、しっかりと育てている会社は明るく、自立もはやく、「大学にいっていませんが、それがなにか問題でも?」という若者にも会います。

この問題の放置は、企業経営にも重くのしかかります。大卒採用に苦しんでいる企業経営者から、「最近、人材会社から奨学金返済をサポートします、とかけば採用しやすくなりますよ」などとアドバイスをされ、「大学の学費まで肩代わりしないといかんのか!」と嘆息する声も聞きます。このままでは、家庭のお金のみならず、企業のお金まで、大学の学費として吸い込まれていく時代になっていくでしょう。

高卒で働くキャリアパスに光をあて、教育投資するべき

大学等の高等教育への教育投資にばかり目をむけることは、大きな社会負担になりますが、高卒就職者への教育投資は少なく、すでに納税者でもあります。その若者に不公平がなく、社会的な教育投資をすべきです。

具体的には、社員教育の推進・社会人として大学等で学ぶことを補助金等で奨励することです。そうすることで、離職率は減り、現場で技術とマインドを磨いたプロが多く育ちます。社会的に推進施策を実行することで、高卒就職の魅力を高めることで、過度な大学進学は是正されます。

そのうえでの大学進学の無償化の施策は機能しますが、現在のような状況では、その果てしない教育コストにこの日本社会は耐えきれないと思います。不公平を是正したバランスの良い教育投資を政府には期待します。

また、この高卒就職者への教育投資の格差以外にも、過度な大学進学を是正し、高卒就職のキャリアパスを選択できる社会にするために、盲点となっているもう一つの問題があります。

Author:毛受芳高
一般社団法人アスバシ代表理事。NPO法人アスクネット創業者。学校と地域をつなぐキャリア教育の普及と、キャリア教育コーディネーターの仕事を提言し、仕組みをつくりだしてきた。現在は新しい時代の高卒就職「早活」と、働きながら学ぶキャリア「アプレンティスシップ」を推進。
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