前回の記事で、今回の衆議院総選挙で、学費の無償化がこれまで以上に重要公約にあがっていること、そして、これを無批判に推し進めると高卒のキャリアパスとの間に、教育投資の格差を生み出し、さらに社会的な財政負担を強いられる構造にあることをお伝えしました。
実は、社会に出る選択の先送りする傾向を生み出し、過度な大学進学を引き起こす要因がもう一つあります。
それは、「高校生のアルバイト禁止」の校則です。
日本の多くの高校では、生徒のアルバイトが禁止されています。許可制であっても「経済的な理由」がなければ認められない場合も多く、特に偏差値が高い進学校になればなるほど、その禁止される割合が増える傾向にあります。
高校生のアルバイトを禁止している理由は、私たちが行政文書、論文等を調査したものをまとめると、以下の3つに集約されます。
こうした考えは1980年以降で形成されており、保護者や教員の間でも賛成意見が多く半ば常識化しています。
アルバイト禁止の校則が引き起こす4つの問題
当時の高校生は、もっと反抗心を含めて自我は強く、問題行動が普通にある状況でした。家庭の状況も、分厚い中間層で経済格差も少なく、また進学にかかる学費も安い状況にありました。現在は、その前提は大きく変わっており、それが4つの大きな問題を引き起こしています。
経済格差が大きくなり、「子どもの貧困」問題が深刻化しています。また進学のための必要な受験費用、入学金、前期分の授業料なども高騰し、約100万円程度が卒業前に必要となりますが、そのお金が用意できず進学を諦める生徒も少なくありません。
高校生の段階からアルバイト等で収入を得て、貯金ができれば、進学にかかわる初期のお金や、就職時の自動車免許や引っ越し等のお金など、自力で準備できる可能性をつぶしています。
子どもたちのキャリア教育の必要性は、この10年で、中教審などでも議論され、法改正や学習指導要領に位置づけられています。その議論の過程では、アルバイト経験のキャリア発達的な意義を認めています。
例えば、仕事を任されることでの責任感や、社会でのマナーやコミュニケーションスキル業務における時間管理の能力など、その後の人生で活かせる社会スキルを身につけられる経験になるとしています。
アルバイトは、高校生にとって初めての経済的自立の経験であり、自分で稼いだお金を管理し、どのように使うかを考える重要な経験ともなります。
アルバイト禁止の校則は、仕事をすることでプロとして専門的な技術や能力を磨いていきたい高校生から、プロとして成長できる機会を奪っています。
現在高校生ができるアルバイトは、スーパーやコンビニのレジ打ち、飲食店、工場などの軽作業ですが、なかには芸能活動やインフルエンサーなど、高校生でもすでに収入を得ながら経験を積んで、プロを目指している生徒もいます。
こうした高校生は、アルバイト禁止の校則で仕事ができなくなることがよく起こります。彼らの目的は、お金よりその業界で仕事をすることでの成長にあります。校則で禁止されることで、プロになれるかもしれない可能性の目をつぶし、成長できる経験を奪っています。
「アルバイトは禁止しておらず、許可制や届け出制ならばよいではないか」という声も聞こえてきそうですが、許可制や届け出制のなかには、「アルバイトが必要な経済状況であることを自ら申し出る」=アウティングを強要する人権問題であるという考えが広がっています。
三重県は、この問題にいちはやく気づき、全校のアルバイト禁止の校則を見直しています。そもそも、アルバイトも学校外の自由な時間で行われており、これを学校が制限することも人権侵害に当たるともいえます。
世界的には自立心と社会性を養う経験として位置づけ
OECDの15歳での高校生アルバイト状況の調査では、OECD諸国の平均は23.3%。アメリカやカナダ、オーストラリアなどは30%を超えています。それに対して日本は、最下位の韓国の5.9%に次ぐ8.1%です。(注1
先進国における高校生段階のアルバイトは、経済的な理由とは関係なく、高校生の社会的な自立、キャリア発達に必要な経験と捉えられています。もし、高校生で全くアルバイト経験がないと聞けば、「何か特別な事情があるのでは?」と勘ぐられるぐらいだといいます。
日本の高校生はアルバイトが禁止されていることに加え、高校生のインターン環境も未整備なので、社会から隔離されている状況にあると言えます。
日本財団が実施する世界の18歳意識調査でも、日本の18歳は「自分を大人だと思うか?」という質問に27.3%、「自分は責任ある社会の一員だと思う」という質問には48.4%しか肯定しておらず、諸外国に比べて大変低い状況にあります。注2)
もし、こうした状況を変えるためにキャリア教育が必要ならば、なぜ、欧米のように、アルバイト経験の教育効果に目を向けないのでしょうか?
それは無給のインターンやボランティア体験だけでは補えず、親が裕福であれば必要のない経験とはいえないものでもあります。だからこそ、高校生としてやるべき学習とのバランスのなかで、諸外国では自由にさせているわけです。
注1)PISA 2015 Results VOLUME III overview Figure 111.1.1 Snapshot of students’ life satisfaction
注2)日本財団2022・18歳意識調査「第46回-社会や国に対する意識調査-」
社会に出ることを遅らせるための大学費用の負担
現場の教師と話をしていると「自分はまだ未熟なので、社会にでるのは無理」という思いで、少しでも社会に出ることを遅らせるために進学を選ぶ高校生も少なくありません。
こうした動機の進学は日本では珍しくないことですが、ただそれだけの理由で選択した大学進学の費用をどこまで負担していけるのでしょうか?
明確な学ぶ目標をもたない学生が、続々と税金によって大学に入学するようになることは、大学も本意ではないはず。大学の学費無償化となれば、それはすべての大学が国公立になったと同義です。
キャリア発達できる高校生の選択肢を増やすことが、日本を救う
就職希望者が多い高校では、経済的に厳しい家庭からの生徒が多くなる傾向にあり、アルバイトを認めざるをえません。
そのため、キャリア教育の場として積極的に捉え、指導を積極的に行ったところ、働くことへの忌避感もなく、就職後の定着率や自立心は高まるとの声もあります。中にはアルバイト体験をプログラム化し、キャリア教育をしていく実践も生まれています。
私たちも、「介拓奨学生プログラム」注3)を3年前からスタートし、成果も生まれています。介護福祉の資格を高校生に無料で取得してもらい、介護福祉業界で仕事をして収入を得ながら、職業的なスキルや意識を身につけていくプログラムです。
担い手不足の業界は、高校生のアルバイトを「人手」の確保として位置づけるのではなく、将来の担い手=アプレンティス(見習い)として採用・教育することで、若い時代からのキャリア育成ができます。こうした教育付きのアルバイトを地域でも提供することで、学校も安心して生徒を送り出せるようになってくるでしょう。
時代が大きく変化し、学校だけの学びで高校生を成長させられる時代は終焉しています。大学入試も変容し、ペーパーテストだけでなく多様な経験やスキルが評価される時代になっているのに、現場の教師がアルバイト禁止の校則をこのまま放置していることは問題です。
高校生を社会から隔絶した状態で、社会で生きていく経験も自信もない状態で進路選択をさせれば、不安で先送りするのは当然です。
この状況を放置したまま無償化するのは、私たちの社会が教育費という名の重い負担を背負うだけです。その負担に、少子高齢社会が深刻化する私たちの社会は、本当に耐えられるのでしょうか?
現時点での各党の公約を見ていると、このような状況に向かっているとしか思えません。高卒就職と大学進学の公的教育投資の格差問題や、高校生のアルバイトの禁止の問題など、身近なところに解決のポイントがあります。こうしたところにも光があてられる選挙になることを期待します。
注3)介拓奨学生プログラム:イギリスで広がる、教育つきのOJTを中心とした進路選択「アプレンティスシップ(現代版徒弟制度)」の日本版の実践例として位置づけている。
一般社団法人アスバシ代表理事。NPO法人アスクネット創業者。学校と地域をつなぐキャリア教育の普及と、キャリア教育コーディネーターの仕事を提言し、仕組みをつくりだしてきた。現在は新しい時代の高卒就職「早活」と、働きながら学ぶキャリア「アプレンティスシップ」を推進。