子どもの創造活動を実施する時、材料は子どもたちの創造性を喚起する優れた媒介となります。限られた予算の中から何を材料に活動するかは現場の先生が頭を悩ますところですが、子どもたちの創造の選択肢を広める材料の供給を支える仕組みがレッジョ・エミリアには存在します。
今回は、レッジョ・エミリア・アプローチ(以下、レッジョ・アプローチ)を支える地域の様々な施設と仕組みをご紹介いたします。
創造的活動を支える素材倉庫「レミダ(REMIDA)」
レッジョ・エミリアの幼児教育施設を訪問すると、各園に色とりどりの豊富な「素材」と呼ばれるマテリアルが随所にあることに気づきます。
これらの素材は園内の至るところで見られ、木の枝や葉っぱ、土、砂、木の実、貝殻などの自然素材から、美の国イタリアらしい色鮮やかなボタンなどのプラスチック製品、ガラス、金属の破片、針金、電子部品の一部などのメカニカルな素材、そして「これは一体何なのだろう?」と考えさせられる何かの部品とも、造形物とも言えない不思議な素材がたくさんあります。
使用用途が決められた「おもちゃ」や「器具」とも違うこれらの素材は、レッジョ・アプローチの創造性を支える重要なファクターです。
これらはすべて企業等から出る廃材で、その豊かな物質は見るだけで子どもも大人もワクワクとした気持ちにさせてくれるものです。企業廃材の使用は単なる環境配慮のリサイクルの意味だけではなく、身近にあるモノを違う視点から見る機会を与える、という点でも優れています。また、幼児教育の現場に企業との関連性をもたせる機能もあります。
実際、レッジョ・エミリアにはファッション・ブランドで有名なMAX MARAの本社があり、ファッションの最先端の場で利用される布地や素材が、幼児教育の現場に届きます。そして、これらの素材を大量にストックし、レッジョ市の幼児教育施設に還元する場がレミダ「REMIDA」と呼ばれる巨大倉庫です。
レミダの名前は、ギリシャ神話のミダス王(Midās)に由来します。ミダス王は童話『王様の耳はロバの耳』で、耳がロバになってしまった王様としても有名で、触ったものがすべて黄金になる能力を持つと言い伝えられる王です。レミダについて、レッジョ・エミリアに4年間滞在研究された石井希代子氏の文章から引用抜粋します。
イタリアでは王を「RE」、ミダスを「MIDA」とつづります。REMIDAはつまりミダス王、の名を冠し、そのメタファーにはあらゆるものが黄金のように輝かしいモノに転換する、という意図があります。
レミダはレッジョにある市と協同で運営する公立の非営利団体のリサイクルセンターであり、ここに集められた素材は市立園に配布され、子どもたちの創造的活動を支える機関として機能しています。また、学校・教育関係者であれば、年間パスを買うことで、必要に応じた量を自由に持ち帰り、表現活動に利用できるシステムになっています。
運営するスタッフは、もともと幼稚園などで教師やアトリエリスタとして働いていた人たちで、どんな素材をどのように子どもたちに提供したらいいのかを知り尽くした専門家です。
市の清掃局とのタイアップにより、廃棄された未使用の素材の中から、プロの目を持った彼女たちが造形表現に使えるような素材を選別していくのです。このセンターは、リサイクル素材の可能性を最大限に追求していくことを目的とした、文化的なプロジェクトとして運営されています。
素材だけではなく、教育関係者も黄金に変えていこうという、人間育成のためのコースも企画しています。
レミダの素材の研究の場であり、また、自己のアイデンティティの確認や共同作業のレッスンなども組み込まれていて、講師はプロの心理学者や芸術家などの専門家が務めます。このコースに参加するために市内はもとより、近県のボローニャやフィレンツェからも、教育関係者たちがレッジョを訪れています。
これらをとってもレミダは、レッジョ教育を構築していくためのひとつの機関として重要不可欠な存在と言っても過言ではないと思います。※1
石井さんのお話では、1996年にレッジョ・エミリア市と多目的企業ENIA(ガス・電気)による共同プロジェクトとしてつくられたレミダは近年クリエイティブ・リサイクルセンターとして文化的な機能を強調し、ワークショップ開催する等クリエイティビティの育成に力を入れているそうです。
レミダの他にも、レッジョ市には子どもと地域をつなげる様々な機関が連動し循環します。
レッジョ・アプローチの特徴である「子どもをひとりの市民として尊重する」あり方は、自立した市民個人と、市の各施設の連動による互恵的な関係性から成り立ちます。そして、子どもの頃からひとりの市民として尊重され育つ子どもたちは、よき市民として大人になっても地域に貢献する精神が養われていきます。個人主義とも村社会的な共同体のあり方とは異なる、自立した個々による共同体は未来のあり方を考える上でも大きな示唆を与えてくれるものです。
レッジョから他地域へ ボローニャ・レミダご紹介
レッジョ・レミダから学んだカルロッタさんがボローニャに開設したボローニャ・レミダをご紹介させていただきます。ボローニャ・レミダは2007年にオープンし、2015年9月27日に現在の場所に移転しました。元の場所は街から提供されており、廃れていたアパートメントのスペースを生かそうというプロジェクトとして実施されました。
「以前の場所のほうが広く、現在のスペースはコンパクトになり、大勢で集まれる広場がありません。しかし、保育園やスクール、庭が近くなり扱いやすくなりました」とカルロッタさん。
ボローニャ・レミダは、一般市民にも年間費70ユーロを払えば解放されており、1週間に3回素材を自由に持っていってよいシステムになっています。スペース内に所狭しと素材があふれていますが、配置やディスプレイに工夫がなされており、見ているだけでワクワクする空間が創られています。
ボローニャ・レミダには、ワークショップ・スペースも併設されており、見学者が実際に素材を用いてワークショップをすることが可能です。実際にワークショップに参加してみると、様々な素材を媒介に自己の表現が広がり、時間を忘れるほど大人でも無心になってしまいます。
(ボローニャ・レミダのワークショップ・スペース)
レミダはミラノ、ジェノバ、フィレンツェなどイタリア国内にレッジョを含めて9か所のみならず、イタリア以外にスウェーデンやオーストリアなどにも5か国6か所あります。また、レミダと名がついていなくても、レミダからインスピレーションを得た素材をストックしたクリエイティブ・スペースが全世界に数多く存在します。
レミダの持つ循環的な合理性と場が持つ魅力は「レミダのような場をつくり子どもたちの創造性を発揮するネットワークをつくりたい!」という気持ちに誰しにもさせてくれるのではないでしょうか。
(ボローニャ・レミダの様子。様々な種類の素材が保管、展示されている。光を用いたワークショップ、素材のワークショップが体験できる。)
地域の協働イベント レミダ・デー(Remida day)、レッジョ・ナラ(Reggio Narra)
レミダのような市営の施設と市民が協働する象徴的なプロジェクトが、レッジョ・エミリアで毎年5月に開催されるレミダ・デーとレッジョ・ナラと呼ばれるプロジェクトです。レミダ・デーは、レミダが企画運営し、市と市民が協働し開催するプロジェクトです。
開催内容は毎年変化し、ある年では子どもの作品が町全体に繰り出すアートプロジェクトとして開催され、多くの市民が子どもたちの創造性に改めて驚く機会となりました。また、ある年では様々な素材やグラフィックを用いて自転車をモチーフに作品が展開され、この作品は現在もレッジョの駅近くの地下道にパブリックアートとして展示されています。
自分の分身である作品が市の誰しもが目にする場に恒常的に展示されることは、子どもたちの市民としてのアイデンティティ形成を大いに促していることでしょう。2015年のレミダ・デーでは市の広場で開催されるフリーマーケットが巨大化し、町にあふれる子どもの作品を見ることは叶いませんでしたが、毎年変容するレミダ・デーが今後どのような展開になるか今から楽しみです。
(2015年度はランチボックスをつくるワークショップが開催、展示されました。)
(レミダ・デーに市の広場で開催されているフリーマーケット)
(レッジョの駅近くの地下道に展示されている子どもたちの自転車をモチーフにした作品)
レッジョ・ナラは、市民全体が協働して自由に参加する子どもたちへの読み語り(ストーリーテリング)のプロジェクトで、土日の二日間で開催されます。市の図書館や教会などの施設が開放され、プロ・アマを問わず誰しもが主役となって町中のいたるところで読み語り/聴き、演劇を演じ/鑑賞したりします。
例えば、ある施設では白のオーガンジーの布を天蓋のようにアレンジし、その幻想的な空間の中で大人が1対1で子どもに読み語りをするなんとも贅沢な機会がもたらされました。また、パントマイムと読み語りで熱演するパフォーマンス、予告なしで突発的に起こるパフォーマンス、広場で開催される演劇など、至るところで多様な表現を楽しむことができます。
(市の図書館で行われたイベントの様子。家族連れで夜もにぎわっている)
レッジョ・アプローチでは対話が重んじられており、ひとりひとりが「語り」「聴く」ことは重要な要素のひとつです。レッジョ・ナラでは読み語りの表現を通して様々な対話がなされます。それが市民としての子どもに語りかけるオープンなコミュニケーションとして、子どもたちのアイデンティティ形成と共同体としての市民意識を高めることにつながります。
このような創造的な循環の中で、新たな創造の種が生まれ、育まれ、未来へと受け継がれていくことが、レッジョ・アプローチを支える一端となっています。
※ここに掲載されている写真、内容は石井希代子氏監修の「レッジョ・エミリア・ツアー2015」を通じ得たものです。
<参考文献>
※1 「レッジョ」を支えるリサイクルセンター-循環型共同性が息づく町で子どもは育つ
本記事は、NPO法人子どもARTプラットフォームの森井圭が担当。子ども向けワークショップ、親子向けワークショップの開催、保育施設への指導者派遣等による子どもへの創造活動の提供を通じ、アートを通じた子どもの創造力を高める教育の普及を推進します。また、子どもの創造力を高める教育の専門家の育成を促進し、保育者の社会的地位向上のため政策提言等行います。さらに、子どもの教育を通して保護者である親の教育、アートに関する価値観を変容させ、次世代へと引きつぐ創造的な文化芸術、産業、教育等の事業を育み、地域の活性化と社会の発展に貢献することを目的とします。また、優れた指導者を養成することで全国各地の子どもたちに良質な教育を提供します。