東京一極集中を是正し、地方の人口減少に歯止めをかけ、日本全体の活力を上げることを目的とした一連の「地方創生」の政策について、各自治体でも様々な取り組みがはじまっています。一方、実際に都市部に住んでいる人たちは、どのくらい地方への移住等に興味を持っているのでしょうか?
内閣官房まち・ひと・しごと創生本部が2014年に東京都在住の18~69歳の1200人を対象に行ったインターネット調査「東京在住者の今後の移住に関する意向調査」では、男女とも10・20代で移住する予定又は検討したいと回答した人の割合が46.7%となっており、他の世代に比べても多く、約過半数の若者が地方移住への興味をもっていることが明らかになりました。
総務省が2009年より行っている「地域おこし協力隊」についても、2014年度には全国444の自治体で1,511人の隊員が活躍しているとされていますが、なかなか上手くいっていない実状もインターネットで見受けられるようになりました。では、地方移住へ興味をもっている都市部の若者たちがどうすれば、地方で活躍できるようになるのでしょうか?
あぶくま高原南部に位置する福島県東白川郡鮫川村で活動する自然学校へ移住して活躍している2人の若者に聞きました。
過疎化・少子高齢化の村へ移住した理由とは?
(東京育ちで全く農業経験のなかった伊勢野さんは、ゼロから作業を学び、実践しています)
伊勢野さん(移住2年目):単刀直入に言ってしまうと、都会での生き方が辛かったからです。自分は好きなことややりたいこと、夢などが特になく、ただ漫然と20年間東京で暮らしていました。生き甲斐もなく、なぜ生きているのかわからないような暮らしの中で、「このままでは気が付いたら人生が終わっている気がする」と感じました。行動するなら今しかないと決意し、大学を休学して鮫川村の自然学校に研修に行ったのが転機でした。
研修先は今まで住んでいた過密の都会とは違い、若者が少ない過疎の田舎です。しかしそこは食べるものも暮らす場所も、全て自分の手で作りだすことができる場所でした。都会ではなにか物が必要なら買うのが普通です。しかし、田舎では真逆で「自分が生きるためのものは自分で作る」という人間の原点に返るような暮らしが衝撃的でした。
何のために生きているのか、という疑問にはまだ答えは出ていませんでしたが、「生きるために暮らす」という生活の中でなにか見つけられるのではないかと思い、覚悟を決めて鮫川村に移住しました。
(小柄な女性の伊藤さんですが、慣れた手つきで素早く農作業をこなしています)
伊藤さん(移住4年目):小さな頃から、野生動物のドキュメンタリー番組や動物園が大好きでした。生物学科のある4年制大学へ進学し、国立公園内の自然保護に関わる行政関係の仕事に就きました。
3年間の在職中、自然保護や生態系保全に関わる色々な取り組みに触れるなかで、「現代生活に浸ったままで野生動物を守ることはできない」と思い至りました。街の中でいくら「自然を大切に」と言ったって実感も湧かない。そう思ったのが、鮫川村に移住した理由のひとつです。
自分なりに野生動物の課題に向き合おうと、移住後に狩猟免許も取得しました。
実際に地方に移住して想像以上に「苦労した点」と「楽しかった点」
(農業の大先輩から農業機械の使い方を教わっている伊勢野さん)
伊勢野さん(移住2年目):苦労した点は、環境の違いです。山間部の小さな集落にあるため、冬の一番寒い時ではマイナス15℃まで下がることもあり、体が慣れるまでは厳しかったです。
他にも電波が届きづらかったり、ちょっとした買い物にも車で30分以上かかるのは当たり前だったりと、生活環境への順応には少し時間がかかりました。今ではだいたいのことは問題なく、むしろその環境を楽しめるようになりました。
楽しい点は季節の移ろいを体で感じられることです。食べ物、花、鳥の声、風、空気など、周りの環境を五感で感じ、四季を楽しんでいます。自分は知らないことを知るのが好きなので、雄大な自然環境での暮らしは未知数で楽しいことが山ほどあります。
(狩猟免許を取得し、野生動物の課題にも取り組んでいる伊藤さん)
伊藤さん(移住4年目):移住して思いがけなかったのは、自分自身の食に対する思いの変化です。
移住前は日々の食事をエネルギーの供給としか考えていませんでした。移住後、田舎暮らしの営みのひとつとして野菜やお米を育てるようになったことで、食卓に並ぶ個々の料理について、常に食材の辿った道のりやその担い手に思いを巡らすようになりました。そうすることで、味覚としての美味しさだけでなく、「食べる」という行為に纏わるさまざまな幸せを感じられるようになりました。街暮らしでは気付けないままだったかもしれません。
一方、現在進行形で苦労しているのが狩猟です。狩猟免許を取得したものの、地元の狩猟コミュニティに入れないまま1年半近く経過し、実際の活動は未だにほとんどできていません。地元の狩猟者に反発されているわけではありません。狩猟には、山や土地の見方、地元の習わし、集落や家々の関係性などの地域独自の文化が詰まっています。
親や先輩から代々受け継がれてきたその世界に、よそ者が突然加入する仕組みがないということだと思っています。なかにはわたしのような若い担い手を歓迎し、手助けしようとてくれる方もたくさんいますが、全くのよそ者にゼロからものを教えるスキルを持つ人はなかなかいません。
このような状況は狩猟に限らず、よそ者が地方の文化に入り込もうとするときに常に生まれる出来事だと思っています。入りたいのであれば、まずは移住者側が工夫し奮闘して、どうにか状況を打開するしかないのだと思います。
都市部の若者が地方へ移住して活躍するために必要な7つのこと
縁もゆかりもなかった過疎化・少子高齢化の村へ移住した二人から、都市部の若者が地方へ移住して活躍するために必要なことをお伺いしました。
1.健康
田舎での暮らしは、基本的に体が資本です。なにをするにしても体を動かしますので、健康であることが第一の条件です。鍛えたりする必要はありませんが、日中日差しの暑い中で一日動き回れるくらいの体力はあった方がいいです。
2.貯金または仕事
野暮な話ですが、少しは貯金があった方がいいです。というのも、お金を極力使わずに暮らしても、最低限度の税金やガソリン代などはかかってしまいます。しかし、移住前に貯金がない場合でも仕事があれば十分ですし、食べて寝るだけのお金があれば基本的には問題ないです。
3.運転免許(MT)
田舎での移動は基本的に車です。車を持っていればベストですが、ない場合でも仕事などで運転する機会は訪れることが多いです。さらに言えば、軽トラックでの作業なども多いので、マニュアル免許を所持しておくのをお勧めします。もちろん移住後に取ることも可能ですので必須ではありません。
4.近親者の承諾
一緒に移住する、しないに関わらず、近親者の承諾はとっておきましょう。突然住む場所が変わるわけですから、十分に相談もして、お互いの意見がぶつかり合わないようにする必要があります。
5.地域の特性を知る
気候や風土などが場所によって大きく違いますので、インターネットで調べるだけではなく、実際に現地に行って体験することが大切です。日帰り、1泊、1週間など段階的に様々な季節を体験しておくことで、自分が暮らすことができるのかどうかを事前に見極めておくと、移住後の混乱も少なくなります。突然、移住するのでなく、まずは、週末や連休などで訪れてみることをオススメします。
6.移住者はよそ者という認識
ここがよく勘違いされやすいところなのですが、移住したらその地域の仲間入り、というわけではありません。じゃあ何年たったら仲間入りなのかというと、だいたいの場所で移住者はずっとよそ者扱いされます。だからといって馴染むことができないというわけでもありません。移住して何年か経てば、よそ者として地域に馴染むことになります。その認識を誤っておくとストレスを抱えていきていかなければなりませんので、ある種の諦観も必要になってきます。また、地域によって認められる度合い(10年住むや家を持つなど)は違いますので、それは実際に移住した先輩に聞いたりすると具体的になります。
7.覚悟
最後に最も大切なことなのですが、本気でその地域に骨を埋める覚悟を持つことです。過去の移住失敗例を見ると、事前にその地域の特性を知らなかったり、地域の人に認められないことに我慢できなくなったりというのが多いです。しかし、これらは移住した時の覚悟と決意が本物であるならば決して問題になるところではありません。人生かけての移住ならば多少の理不尽があっても、移住前の覚悟を思い出し孤軍奮闘しましょう。それぐらいの気持ちを持ち続けることが大切です。
NPO法人あぶくまエヌエスネット理事長。体験民宿「WARERA元気倶楽部」運営。農地を取得し、今や農家でもある。1956年、東京都品川区生まれ。駒澤大学文学部社会学科卒業。社会福祉専攻。社会福祉法人「ねむの木学園」の生活指導員として勤務後、31歳で福島県鮫川村に移住。ふるさと留学施設を同時に開設。38歳で「土、自然から学び共に生きよう」をテーマに自然体験学校を主宰。子どもから大人までを対象に農山村の生活体験をプログラム化し、地域と連携して都市との交流事業に取り組む。文部科学省の委嘱事業「子ども長期自然体験村」などを数多く展開し、次世代に農山村の伝統文化のバトンタッチを、と提唱。講演、執筆、ラジオ・テレビ出演、人材育成など活動の幅は広い。