2018年10月11日に「タイガーマスク基金」が主催する勉強会の第36回目が開催されました。タイガーマスク基金では、児童養護施設などの退所者や社会的養護が必要な子ども・若者に、生活自立、学業、就労、家族形成、社会参画などの支援を総合的に行っているNPO法人です。
今回の勉強会は、「虐待を受けた子どもの心のケア~豊かな自然で子どもたちの笑顔を取り戻す~」をテーマに行われました。
厚生労働省の発表によると2017年に全国210カ所ある「児童相談所」が対応した「児童虐待」の相談や通告は、133,778件(速報値)で、過去最多を更新しました。保護された子どもたちは「児童養護施設」や「児童心理治療施設」、「里親家庭」などの「社会的養護」の下で暮らしています。
勉強会では、自然のチカラで子どもたちの心のケアを行っている2つの団体がご登壇され、実際の事例をもとに学びを深めていきました。前編では、「NPO法人CROP-MINORI」(クロップみのり)が主催している「ドルフィンプレイ御蔵島」という取り組みについて、理事長の中山すみ子氏の発表をお伝えします。
子どもたちの心に寄り添い、心の成長を助ける
「俺は生きていない方がいいんだ」「私の存在は無意味だ」
これは、実際に子どもたちが私に投げかけた言葉です。中高生の子どもたちにこう言われたら、何て言ってあげられるでしょうか?そんな所から私たちの活動はスタートしました。任意団体から始まり、2008年に「CROP-MINORI」となりました。
クロップとは、「実りをとる」という意味で、「子どもたちにたくさんの実りをとってほしい」という願いをこめて、この名前を付けました。CROP-MINORIの最大の特徴としては、子どもたちの心に寄り添い、心の成長を助ける、という点にあります。現在は、主に「ファミリーホーム事業」と「自然体験学習事業」を運営しています。
社会的養護の児童を預かる「ファミリーホーム事業」
「ファミリーホーム事業」は、2011年に横須賀市に開所し、現在は横須賀市の児童相談所から6名の社会的養護の児童を預かり、養育しています。
日本の社会的養護の場所は児童養護施設がメインでしたが、もう少し様々な形があった方が良いということで、ファミリーホームや里親などの形が増えていきました。私たちのファミリーホームでは、一人ひとりに対して家庭的なサポートをして、実社会に勇気をもって踏み出せる土台を作ることを目的にしています。
苦しんだり、悩んだりしたときの心の拠り所として、いつでも帰ることのできる場所、力を蓄えられる場所として、運営しています。
イルカと一緒に過ごす「自然体験学習事業」
自然体験学習事業の「ドルフィンプレイ」は、1996年から22年間、御蔵島で実施しています。
大いなる自然に囲まれ過ごす中で、日常生活からのストレスを解放させ、心身ともに本来の自分の姿や力に出会える機会をもつこと、心理的な開放とともに根源的に守られていて、つながっているという安心感をもってもらうことを目的としています。
これまでの参加延べ人数は400人~500人程度で、参加費は全額寄付で賄っています。
御蔵島は人口が約280人~300人、島の周囲が17kmのとても小さな島です。イルカが生息する場所として、御蔵島は世界的にも有数な場所です。人間に対してとてもフレンドリーで、小さな子どもたちがイルカと一緒に泳ぐことができるのは、とても珍しいです。イルカ自身がこの場所で子育て、生活をしており、その生活圏内に入って、イルカと一緒に過ごすという体験をします。
(NPO法人CROP-MINORI:2016年御蔵島ドルフィンスイムツアーより)
「問題がある」とされている子どもたちこそ来てほしい
このドルフィンプレイは、中高生を対象にしているのですが、各児童養護施設の職員さんには、「問題のある子を連れていきたい」と伝えています。
学校で問題を起こしている子どもたちは、いわゆる「罰」を受けることもあり、楽しいイベントに出してもらえないこともあると思うんです。日常生活で、周囲となかなかうまくいかない子どもたちに、「自分の時間をもたせてあげてほしい」「新しい体験をさせてあげてほしい」とお願いしています。
御蔵島で楽しい時間を過ごすことでエネルギーを蓄えることができ、施設に戻った後も頑張ることができると思うのです。
(NPO法人CROP-MINORI:2018年御蔵島ドルフィンスイムツアーより)
イルカと過ごす中で、少しずつ見られる変化
児童養護施設の子どもたちは、一見とても簡単なことができない場合があります。
例えば、電車に乗る時に切符が買えなかったり、みんなが並んでいる列に並ぶのが怖いと感じてしまったりします。なので、御蔵島で過ごす時は、簡単なことが少しずつできるようにプログラムを組んでいます。
また、海で泳いだことがない、水に潜ったこともない子どもたちも多いですが、イルカに会うと自然と泳ぎたくなり、本来自分が持っている力がメキメキと出てくるんですね。四泊五日の後は泳ぎがとても達者になり、自分に対しても自信が持てるようになります。
大切なのは、「いろいろなことがあまり難しくない」ということを、子どもたちに感じてもらうことです。
日常生活の中では、学校の勉強や、先生との会話、友達付き合いなど、その子にとっては難しいことが多々ありますが、ここでは自然がサポートしてくれるので、あまり難しいことを要求されないんですね。
施設の中では、「あれもできない」「これもできない」と言われている子どもたちが、ここではできることが増えていき、それが大きな成功体験となっています。自分にもできること、ほめてもらえること、認めてもらえることがあるんだ、という希望を持つことにつながっているんですね。
(NPO法人CROP-MINORI:2018年御蔵島ドルフィンスイムツアーより)
御蔵島の人たちの存在
御蔵島の人たちは、「子どもはみんな宝物だ」という意識を強く持っています。滞在期間中、あちこちで声をかけてくれたり、見守ってくれたりしています。
「自分は嫌がられていない」「歓迎されてここにいるんだ」と思えることは、子どもたちの心をとても豊かにしていきます。何年も続けて行っていると顔見知りになり、「おかえり」と言われたり、「何かあったら帰ってきてもいいんだよ」と暖かい言葉をもらえたり。「帰る場所がある」と感じられることは、子どもたちにとってとても大きなことです。
帰る時に感想を聞くと「イルカと泳いだことが楽しかった」よりも、「御蔵島の人たちがとてもよかった。帰りたくない」と言う子も多いです。
(NPO法人CROP-MINORI:2018年御蔵島ドルフィンスイムツアーより)
「ドルフィンプレイ」がもたらす「自分の存在を認めてくれた」という経験
ドルフィンプレイは、イルカが近くに来て一緒に泳いでくれて、初めて成立するものです。みんな一緒の体験をしていても、その体験を通じて感じていることは子どもたち一人ひとり違います。誰一人として、同じ感情を持つということはないです。
自分とこのイルカだけが体験したこと、共有した時間。イルカが自分の目を見て一緒に泳いでくれたことは、「自分の存在自体を認めてくれた」と思う経験となります。
大切な時間をイルカと一緒に過ごす中で「ここにいてもいいんだよ」と存在価値を認めてもらえたような感覚になり、それがドルフィンプレイの大きな効果であると感じています。その子のありのままの姿をイルカが認めて泳いでくれる、一緒の時間を過ごしてくれることは、子どもたちの心に大きな自信と愛をもたらしてくれます。
Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。