今や有名大学に入ったからといって就職活動がうまくいったりその後の人生が輝かしいものになる保証はない。どの大学かではなく、大学でどう過ごすかということが重視されつつある。
学生一人ひとりの大学生活を充実させるための取り組みとして、NPO法人NEWVERYは、チェルシーハウスという学生寮を運営している。
ここには大学生活の中で本気でやりたいことがある学生が集まり、日々切磋琢磨し合う姿があるという。そんな関係者の間で密かな話題となっているチェルシーハウスについて、体験宿泊を通して取材させてもらえることとなった。
チェルシーハウスが位置するのはJR国分寺駅から徒歩約15分ほどの場所。決して便が良いとは言えない立地だが、近くにはコンビニもあり、自転車で通える大学の学生も多いので、立地はそれほど問題ではないようだ。
しかし、山手線内の大学に通う学生もいるそう。話を聞いてみると1時間程度で通えて苦にはなっていないということ。本人にとっては通学時間を上回るメリットがあるようだ。そのメリットとはなんなのだろうか。
第1回目の記事では、チェルシーハウス内の設備を中心に、その秘密を解き明かしていければと思う。
「おかえり」と「ただいま」が飛び交うリビングと玄関の関係
まず、佇まいだが、オシャレすぎて言葉が見つからない。佇まいからは学生寮ということは想像できないような。かといって、なんの建物かと言われれば何だろうと考えてしまうような…。
開放的なエントランスで、門から玄関まではゆとりのあるアプローチが伸びている。寮生の自転車も多く停められており、そこからも若者がたくさん集っていて活気のある寮なんだろうなという期待が膨らむ。庭も広く、休みの日に太陽の下でなにかをするには十分なスペースだ。
玄関を入ると、すぐ横にダイニング兼リビングがある。ここはNEWVERYがこだわった点のようで、元々は玄関とダイニングが壁で区切られていたが、あえて壁を取り払ったという。
誰が出かけて誰が帰ってきたかわかるようにして、「行ってきます」「行ってらっしゃい」と「ただいま」「おかえり」が飛び交う空間にしたかったとのこと。
足を踏み入れた瞬間から寮生同士でコミュニケーションが生まれやすいように配慮したつくりになっている。
私たちがダイニングで食事をしている間に何人もの寮生が出入りをしていたが、その度に「おかえり」と「ただいま」が飛び交う。それだけで、自分の家のような感覚になれる。
このダイニング周りにキッチン、スタディルーム(自習室)、フリースペースが配置されていて、通り抜けないと各部屋に行くことはできない。なんとなく誰が今寮にいるのか、寮のどこにいるのかというのがわかるようになっており、広いにもかかわらず安心感がある。
各部屋へ通じる通路にはホワイトボードの掲示板が設置されていて、寮内イベントやミーティング、他の寮生が関係してるイベント等の告知が見られるようになっている。お互いの興味関心を共有できるようになっているため、自分の世界がどんどん広がっていきそうだ。
共同キッチンは整理整頓や金銭感覚、課題解決能力まで養える?
ダイニングの奥にあるのはキッチン。まるで飲食店のキッチンのようでテンションが上がる。複数のガス台が置いてあり、一度に何人もが同時に料理できるようになっている。
聞けば、やはり休みの日に料理大会などが開かれることもあるとか。毎日が家でパーティーのような感覚になりそうだ。しかしいつもは部活やサークル、バイトなどで帰る時間もバラバラ。
毎日一緒に過ごしていると、自然と思い思いのスタイルになるようで、この日も個別にキッチンを使って自炊をしていた。誰かが自炊する姿を見れば、自然と「自分もやらなきゃ」という刺激にもなりそうだ。
毎日使う場所だからか、キッチンの周りには掃除当番表や冷蔵庫の使い方など、寮生同士のルールがいっぱい。
なかにはお米を炊いてそのまま放置してしまうこともあったり(寮生のひとりは「実験」と言っていた)、炊いたごはんを冷凍した後、お釜を洗うのを忘れて放置してしまっていたりということもあるようで、そういった注意書きもちらほら。
キッチン器具は基本的に共用で、食器は共用のものと個人のものとがあるそう。どちらもきれいに片付けられており、他人のものと混ざらないようになっている。
食材も部屋毎に冷蔵庫を共有しており、各冷蔵庫ともいろんな工夫を重ねて整理されているようだ。また、寮生一人ひとりに割り当てられた食材ラックもある。
最低限のものが入るスペースが用意されているが、なんでも買い過ぎてしまうと溢れてしまうくらいの絶妙な大きさ。整理整頓が苦手な学生はこの環境で片付けもうまくなるのでは。また、自分に必要なものだけを見極めて購入するスキルも自然と身につきそうだ。
ときには「自分のプリンがいつの間にかなくなっている」ということも起こるようで、どうしたらそのようなことが起こらないかも考えるという。使い方やルールも、よりみんなが使いやすいように日々進化を遂げている。みんなが毎日必ず使うからこそ、課題も多く、改善の機会も多い場所となっているようだ。
スタディールームの寮生が勉強している姿を見るだけで刺激に。
リビングの向かいにはスタディールームがあり、集中して勉強や作業をしたいときに使うスペースとなっている。
個室が相部屋なので、1人で集中して勉強するにはこちらのスペースが便利とのこと。誰が勉強しているかがダイニングやリビングからわかるようになっており、学習意欲が刺激されるとかしないとか。
外から見えることで「怠けられない」という抑止力が働きそうだ。なかには「あいつ今日ずっとスタディールームいる」という姿も目撃するそうで、その姿が目に入るだけで刺激を受けることができると思う。
また、写真の中で廊下に並んでいるのはみんなの本棚。この本棚は誰がいつ読んでもいいようになっており、社会人メンターのおすすめ図書なども並んでいるそう。社会人が読んでいる本やおすすめの本は、おそらく学生だけでは思いつかないような図書も並んでおり、タイトルを見るだけでも参考になる。
読書をしたり、歌を歌ったり、ミーティングをしたり。思い思いに過ごせるフリースペース
廊下の途中には、寮生たちが集うフリースペースがある。そこはなんと元浴室。リビングよりもややリラックスして過ごすことができる場所となっている。
キーボードやギターなどの楽器も置いてあり、集まった寮生たちで歌を歌ったりするのが最近のブームだとか。浴室だったこともあり、音の反響が良くて気持ちが良いそうだ。
私たちがリビングで話している間にも、フリースペースからは何人もの歌声が聞こえてきた。ときには読書をしたり、勉強をしたり、たまたま居合わせた者同士でおしゃべりをしたり、ミーティングをしたり、用途は様々。
ちなみに、中央に吊るされている巨大な折鶴は、寮生の一人が美大の授業で作成したものらしい。「『鶴を吊るすように』と指示したのは僕です!」と案内してくれた男子学生が力説してくれた。
また、フリースペースには巨大な本棚もある。ここは廊下の本棚とは違い、寮生一人ひとりの本棚となっているそう。
眺めていると、誰がどんな本を持っているかで、今どんなことに興味があるのか、どんな知識を持っているのかということがわかる。これによって本の貸し借りが行われたり、会話のきっかけになっているとのこと。
こうした取り組みは全て寮生同士で決めているらしく、よりよい寮となるようにアイディアを出し合っている姿が想像できる。
各所にコミュニケーションの場を配置
廊下にはいくつか談話スペースのようなものが設けられていた。
みんながいる場所ではちょっと、という話や、静かに話をしたいとき、ちょっとすれ違って小話をするときなどに使われるのだろうか。写真のテーブルセットは赤坂プリンスホテルのスイートルームに置いてあったもので、解体の際に中古品として売られていたのを買い取ったそう。
こういった「ホンモノ」に触れる機会を作るのも、密かなこだわりだとか。
2階には屋上もあり、かなり広いスペースなので広い空をのんびり見上げることができる。暖かい時期には寮生の憩いの場となっているそう。(ちなみに2階は屋上以外は女子学生専用スペースとなっている。)
2人1組の相部屋。使い方も多種多様。
生活する上で重要な個室だが、2人1組の相部屋で、ホームページの写真通りの部屋だった。ベッドと収納のみ設置されており、他の家具等は各自の持ち込み。部屋毎にテレビがあったりなかったり。また、部屋毎にベッドの配置を変えたりもしているそうだ。
ルームメイトが仲の良い部屋は、ベッドを付けて配置して、ダブルベッドのようにしているとか。部屋の使い方だけでも個性が表れていておもしろい。
ちなみに、部屋を見せてくれた寮生はその時は人数の都合で1人部屋になっており、「1人だと淋しい。相部屋の人たちの方が楽しそう」とこぼしていた。他人との共同生活は敬遠されることもあるが、チェルシーハウスでは共同生活をうまく楽しむ学生が多いようだ。
話を聞くと、このチェルシーハウスのオープンについては近隣住民の懸念もあったらしい。男女様々な学生が大人数で暮らすともなれば、うるさくならないか、治安は大丈夫か、などという意見もあったそう。子どもは入寮したいが親が反対する場合も、生活が乱れないかなどの心配があるという。
ただ、施設内を見ていると、基本的には清潔にされており、様々な興味深いイベントや企画が共有され、元々用意されている仕組みや寮生同士で決めた取り組みなどを通して健全なコミュニケーションが行われている印象があった。
月に1回訪れるという社会人メンターの存在も大きいだろう。寮生の「チェルシー会議(寮生のミーティング)に人数が集まらないけどどうしたらいいか」などの悩みも健全そのもの。いろんな学生がいて、それぞれ思うところや事情が違う。
そうした状況で一つの生活空間を運営することは簡単なことではない。日々感じることも考えることも、ただの一人暮らしや実家暮らしとはまったく違ったものになるだろう。それを日々積み重ねていける場所が学生寮だと感じた。
他人と暮らす中でどんなメリットがあるかというのは、実際に寮生から話を聞くことができた。次回は寮生との会話の中から見えてきたことを中心に紹介していこうと思う。
本記事は、石井敦子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報を毎月ご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。