子どもたちは、たくさんの初めての経験を積み重ね、大人へと成長していきます。自分の子どもに限らず、できなかったことができるようになるということは、周囲の大人にとっても大変に嬉しいことです。しかしながら、子どもができるようになることを焦りすぎると、取り返しのつかない結果をもたらしてしまうことがあります。
私は、これまでに多くの子どもたちの様々な体験を支えてきましたが、「○○するのは初めて!」という子どもたちに対しては、特に慎重に対応するようにしています。良くも悪くも初めての体験というものが、その子にとって大きな影響を与えることになるからです。
楽しいという経験が主体性を育む
子どもたちが大人になるまでに身につけておきたい力の一つとして、周囲の世界や環境に興味関心を持ち、主体的に働きかけていく力が挙げられます。
「やってみよう!」、「調べてみよう!」という意欲を持ち、自ら色々な行動ができるようになってくると視野や世界をどんどん広げていくことができます。好奇心旺盛な人やチャレンジができる人は、一つや二つの失敗など気にすることなく、次へ次へと行動していくことができます。
大人側から「やりなさい!」と言われて動く年齢には限界があり、一時的には出来ても継続することはできません。指示や命令で育った子は、自分で考えて判断する経験に乏しく、よく言われる指示待ち人間にもなってしまいます。人から与えられる経験と自ら選択して得られた経験では、全く同じ経験をしていても学ぶ中身に雲泥の差があるのです。
では、どのようにすればそのような力を育むことができるのでしょうか?
それは、「楽しい!」、「嬉しい!」というポジティブな感情をできるだけ早い段階で経験をすることです。先にポジティブな感情経験が下地にあれば、その後に多少の苦労を伴うものであっても乗り越えていくことができます。
人間が最も主体性を発揮するのは、ポジティブな感情を持った時です。どんなに客観的に有益な経験であったとしても、ネガティブな感情の中では、本人の主体性が発揮されることは絶対にあり得ません。むしろ、「二度とやりたくない」という気持ちになってしまったり、その嫌な印象が隣接する領域まで連鎖していってしまうことがあります。
初めての経験は、プラスにもマイナスにもその子の原体験となり、その後に強い印象を記憶に残していきます。
「やりたくない!」が閉ざす可能性
一つの物事が嫌いになるということが将来、一体どれだけの可能性を失うことになってしまうのでしょうか?
子どもの頃に作られた「嫌い」という経験は、連鎖反応を起こす危険性を持っています。食わず嫌いという言葉がありますが、初めのうちはピーマンだけだったものが、「緑の野菜は苦い」という固定観念を持ち始めるとそのイメージが先行し、類似している物まで嫌いになっていってしまうのです。
このようなネガティブ・スパイラル(負の螺旋)は、逆に「好き」という感情のポジティブ・スパイラル(正の螺旋)となることもあります。これは、勉強やスポーツでも同じことが言えます。
例えば、ドッジボールが嫌いで、バスケットボールも嫌いになって、球技全般が嫌いになってしまう。算数が嫌いで、理科も嫌いになって、理系全般に苦手意識を持ってしまう。元を正せば、ちょっとした苦手意識や嫌いという気持ちだったものが、多岐に波及していってしまうことはとても怖いことです。
子どもの頃にそのような意識を持つ対象が増えていくほど、その物事を避け、経験する機会も減っていきます。これは正に子どもの将来の可能性を摘み取ってしまう重大なことです。子どもの成長を支えている全ての大人がその認識をしっかりと持っていなければなりません。
はじめは上手くなることよりも楽しいと好きを大切にする
もちろん、子どもたちが取り組む物事の中には、必ずしもすぐに「楽しい!」というポジティブな感情を持てる物事ばかりではありません。遊びは、何度か繰り返していく中でルールが理解でき、上手くゲームに勝てるだけのスキルやチームワークが発揮できるようになり、楽しいと感じるようになります。
また、勉強やスポーツなどは一定の継続的な積み重ねの中で、努力が結果に結びつき、達成感を得られるようになります。しかしながら、それは、試行錯誤や繰り返しを継続することが出来てこそのものです。すぐに止めてしまっては、元も子もないのです。
大人は、子どもに対してできるだけ早く上達していくことを望みますが、本人の成長のスピードに合わないほどの上達を望んではいけません。上手くなることよりも、その物事が楽しくて好きだと感じられることが重要です。子どもはそのポジティブな感情を持つことさえできていれば、「またやりたい!」と自発的に 試行錯誤や繰り返しを行うようになります。
「下手の横好き」ということわざがありますが、「できない」=「嫌い」はけしてイコールではありません。はじめから上手くできる人はいませんので、はじめは「好き」からスタートし、「好き」→「できる」→「好き」→「もっとできるようになる」という流れであることを十分に理解しておく必要が あります。
以前、とあるスキースクールの練習風景を観察していたことがあります。全国規模のとても大きなスポーツクラブのスキー教室でしたが、子どもを番号で呼び、体罰はないものの短期的な成長を求める指導のあり方にとても不快に感じたことがあります。
練習を受けていた子どもたちの表情は重く、スキーがそこそこできるようになっていたものの、早く帰りたいというような様子でした。こうした経験をした子が大人になって、様々なウィンタースポーツなどにチャレンジするのか疑問でなりません。
初めての経験が子どもにとって、将来の無限の可能性を切り拓いていくものであるように、周囲の大人はポジティブ・スパイラルが起こるような経験のタネを大切に大切に蒔いていかなければならないのです。
本記事は、岩切準が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報を毎月ご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。