「社会保障制度は、生きのびるための大切な知識です。」
こう話したのは、NPO法人Social Change Agency代表理事であり、社会福祉士の横山北斗さん。横山さんは2022年11月に「15歳からの社会保障」という本を出版しました。日常の中で誰しもが直面しうる困りごとと、その困りごとに対処するための社会保障制度について、ストーリー形式でわかりやすく紹介しています。
本の出版に至った経緯や、込められた思いなどについて、横山さんへインタビューを行いました。本記事はインタビューの前編となります。
NPO法人Social Change Agency代表理事。ポスト申請主義を考える会代表。社会福祉士、社会福祉学修士。
群馬県前橋市生まれ。神奈川県立保健福祉大学を卒業後、社会福祉士として医療機関に勤務したのち2015年にNPO法人を設立。2018年、申請主義により社会保障制度から排除されてしまうことに問題意識をもち、ポスト申請主義を考える会を設立。
内閣官房孤独・孤立対策担当室HP企画委員会委員(2021年~)。内閣官房こども家庭庁設立準備室「未就園児等の把握、支援のためのアウトリーチの在り方に関する調査研究」委員(2022年~)。
ぼんやりとでも知っていれば、自分や周囲を助けることにつながる
-はじめに、今回出版された本の概要について教えていただけますか。
日本には様々な社会保障制度が存在していますが、おそらく私も、私の周囲の大人も、義務教育の中で細かい制度や、どんな状況のときにどのような制度が使えるのかを学ばずに社会に出たと思うんです。制度はあるのに知っていなければ利用できない状況に対して、「それでいいのか?」と一石を投じたい思いがありました。
タイトルに「15歳からの」とつけたのは、10代の人に手に取ってもらい社会保障制度について知ってもらいたいという願いと、なぜ義務教育時点で社会保障制度のメニューの詳細を学ぶ機会がないのかという疑問を社会に投げかけたいと考えたからでした。とはいえ、10代の方に直接届けることは難しいと思いましたので、まずは10代の身の回りにいる大人の人に手に取っていただければと考えました。
-まず周囲の大人に手に取ってもらい、困っている方に届けられたらいいな…と。
今、困っている方はもちろんですが、今は特に何も困っていなかったとしても、今後生活する中で困りごとが起きることもあると思うんです。そのときに制度の知識を持っていることが、自分や周囲を助けることにつながります。そういったことも見据えて本書を読んでいただきたいと思っています。
-確かに、実際に困りごとが起きてから制度を探すのはなかなか大変ですよね。
まさにそうですね。社会保障制度はセーフティーネットだと国は言いますが、困ったときにいろんなことを考えるのは大変ですし、精神的、身体的、時間的にも自分で探すのはとても労力が必要です。
何も知らないと0から調べる必要がありますが、「こういう状況のときはこんな制度が使える」ということをぼんやりとでも覚えていれば、検索したり、探したりしやすいですよね。そのために本書には、検索のためのキーワードを載せています。
”弱い”から、制度を利用するのではない
-今回の本の中では、10のテーマが取り上げられています。いろいろな社会保障制度がある中で、なぜ、このテーマを取り上げようと思ったのですか?
まず制度を一覧にして、生活場面ごとに分類して、カテゴリー化しました。たとえばお金、住まい、子育て、妊娠、家族の介護、障害を負ったとき…など、人生の中で起こるかもしれない、起こり得そうな困りごとに分けて、整理しました。
ページ数に限りがあるので全てを網羅できているわけではありませんが、「こういうことが人生の中で起きたら困るよね」ということを、大まかに10個に分け、物語にしました。
-物語を描く上で、留意された点やこだわった点はありますか。
一番強く留意したのは「登場人物を弱き人として描かない」ということです。「登場人物が弱い人だから制度を利用するんだ」という印象や理解を読者に与えないように、重要な制約条件として自分に課していました。
社会保障についての知識を得ることとトレードオフで、社会保障制度は弱者が使うのだという認識を本書を読まれた方の中に内在化させたり、強化させてしまっては、本書を書いた意味のほとんどが失われてしまいます。憲法25条に規定されている生存権を実現するために社会保障制度が整備されていて、利用することは私たち一人ひとりの権利なのだとダイレクトに伝えていくことはもちろんですが、登場人物たちの描き方を通しても、それを伝えていきたいと考えました。
-弱いから利用するのではなく、当然の権利として利用していいと。
おっしゃるとおりです。繰り返しになりますが、知ることを通して「制度そのもの」や「相談をすること」への社会的なスティグマ(偏見)を強化してしまっては本書を書いた意味がなくなってしまいますので、その点は相当留意しました。
この本が必要とされる社会を、どう考えるか
-本が出版されてから、周囲の方の反応はいかがでしょうか。
高校1年生の方から「生存権って文字としては知っていたけど、いろんなエピソードを読む中で、生存権がどんなものなのか具体的にイメージすることができた」と言ってもらったり、知り合いのお子さんで、小学5年生の子から「これは知らない友達がほとんどだろうから、こういうことはちゃんと学校で教えるべきだよね」と言ってもらったりと、いろんな反応をもらえています。本当にその通りだよなぁと。
あとは大学の先生が授業のサブテキストで使ってくださったり、ご自身が住んでいる自治体の中学校へ寄付してくださっている方もいますね。
本の文末に、「この本に意義を感じてもらえたら、周りの10代に届けてほしい」という呼びかけをさせてもらったのですが、その呼びかけに応答してくださる方が思った以上に多かったので、すごくありがたいなと思っています。
-広がっている実感があるということですね。
書き手としては多くの方の手に取っていただけることは喜ばしいことです。ですが、そもそも社会保障制度の詳細について、義務教育で教えてもらったり、国や自治体が「社会保障ガイドブック」のようなものを出していたならば、この本は必要なかったかもしれません。本来は、こういった本が必要ない世の中であるべきだと思っています。
ですので、本書が今はある程度必要とされている現状に対して、嬉しくもあり、複雑でもあるのが正直なところです。「この本はどうして書かれたんだろう?教科書に載っているのにね」って、数年後の学生さんの口から聞かれるような、そういう社会になるように取り組んでいきたいと思っています。
Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。
15歳からの社会保障 人生のピンチに備えて知っておこう!
家族、学校、お金、仕事、住まい、体調…。生活の困りごとに対応するための社会保障制度。知識があなたや大切な誰かの力になる。
日常生活でピンチに見舞われた10人のストーリーを通して、社会保障制度がやさしく学べる。あなたや大切な誰かを守るために知っておこう。学校では教えてくれない、生きのびるための大切な知識。