自閉症の子どもへの療育支援を行っている「NPO法人ADDS」。“保護者を一番の専門家に”というモットーのもと、家庭で療育を行うためのサポートをするプログラムを中心に、事業を運営している。
そんなADDSに勤務している、一人の男性がいる。彼の名前は加藤孝央さん。「ADDS Kids 1st 荻窪」の責任者を務めている。“NPO”という非営利の組織で、かつ女性が多い業界で加藤さんが働く理由とは-。インタビューを通して、そのルーツを探っていった。
不登校の子どもをサポートする父親の姿がきっかけ
加藤さんは東京の出身。大学進学の際は、「教育」「心理」という2つの軸から進学先を選んだ。両親ともに教員であったため、教育にはもともと興味があった。また、心理に興味を持つようになったのは、父親が不登校の学級の子どもへの心理的なサポートを行っていた姿がきっかけ。
具体的な話はあまり聞いたことがなかったが、“発達障害”という言葉も少しずつ耳にするようになったという。大学で学ぶ中で、心理学の面白さにのめり込み、大学院まで進んだ。
在学中、発達障害をもつ子どものサポートを行うアルバイトを経験したこともあった。小学校の教室で隣に座り、学習のサポートを行う。初めは信頼関係を築くことが難しく、なかなか心を通わせることができなかったが、長い期間をかけて継続的に関わることによって、少しずつ信頼関係ができていく実感をもつことができた。
“机上の空論”に苦悩する社会人1年目
就職活動の際は、大学で学んだ心理学を活かせる職を探す。「生きる場所に特にこだわりがなかった」と話す加藤さん。日本全国を視野に入れて仕事を探した。東京の出身だが、富山県にある児童相談所に縁があり、嘱託児童心理士として働くことになる。
障害をもつとされる子どもの診断や、その家庭への支援が中心の業務。毎日、あらゆる障害をもったお子さんがやってくる。相談の依頼が来るたびに、「こんな障害があったんだ」と知り、事前に本を読んで勉強する。しかし、実際に対面した子どもが、本に書いてある様子と異なることも多い。
本にはこんな症状が起きると書いていないのに-。
加藤さんは非常に困惑した。大学時代、心理学は学んでいたものの、加藤さんが学んでいたのは主に「実験心理」の分野。臨床心理とは異なっていたため、子どもや保護者への具体的な助言や支援の経験はない。テキスト通りの“机上の空論”のアドバイスになってしまうことが、何とも苦しかった。
知識、経験不足を痛感する毎日。「本を読んでいるだけではだめだ」と思い、1年ほどで直接支援の現場へと転職する。
科学的な根拠に基づいた手法で支援する
転職した事業所では、「応用行動分析」という、科学的な根拠に基づいた手法で支援を行っていた。「応用行動分析」は、大学時代に聞いたことはあったが、具体的には知らなかった。「こんな支援の方法があるんだ」と加藤さんは驚いたという。
立ち上がったばかり事業所には、外部から様々な専門機関がスーパーバイザーとして来ていた。そのスーパーバイザーの一つがADDSだった。これが、加藤さんとADDSとの出会いとなる。
「応用行動分析」は、行動に対して強化を与えて、その行動を増やしたり、減らしたりしていく手法だ。当然、悪い行動に対して叱責をし、その行動を減らしていく、というやり方もある。
しかし、ADDSは「子どもをほめて伸ばす」という考え方を大事に、悪い行動を叱責して減らすよりも、良い行動を認めて増やすことに重きを置いている。理論は同じでも、考え方によって実際の支援のやり方に差が生まれる。加藤さんは様々なスーパーバイズを受ける中で、ADDSのやり方に特に感銘を受けたという。
子どもの支援に関する専門性を、もっと身につけていきたい、高めていきたいと思い、加藤さんはADDSへと転職することを決意した。
日々、子どもの「できること」が増えていく姿を目の当たりにして
ADDSに入社したのは2014年の4月。前職は株式会社に務めていたため、非営利の組織で働くこと自体が新鮮だった。立ち上がって間もない時期でもあり、「組織としては、これから形作られていくんだろうなと感じた」と加藤さんは話す。
支援の専門的な知識を身に着けたいと転職をした加藤さんは、子どもや保護者への療育支援の業務を主に担当することになる。週に1回1時間で半年間、自閉症の子どもへの療育を行いながら、保護者が家庭でも療育を行えるようにサポートをする。
ADDSの療育の特徴は、「保護者のトレーニング」も兼ねていること。専門の先生が、決まった場所、決まった時間に子どもに対して療育を行うだけではなく、保護者さんにやり方を教えて、家庭でも療育を行えるようにすることを目指している。家庭で行っている療育を見せてもらい、うまくいかないことに対してアドバイスをする、という形を取ることもある。
お父さん、お母さんはとても力を持っているー。
家庭における療育の重要性を、加藤さんは少しずつ実感するようになっていった。
(児童発達支援サービスを行っている「ADDS Kids 1st 荻窪」の一室の様子)
ある時、おもちゃで全く遊ぶことができない子どもがいた。「この子はこれからもずっと、おもちゃで遊ぶことができないのではないか」。そんな気持ちで、保護者さんはADDSにやってきたという。
しかし、療育を始めてみるとすぐに、変化が現れた。応用行動分析に基づいて、良い行動をほめて伸ばしていくことを繰り返すと、できることが目に見えて増えていく。おもちゃで全く遊べなかったその子は、半年後には、自分から遊びたいおもちゃを取り出して自発的に遊ぶようにもなった。
子どもの“できること”が目に見えて増えていくこと-。
保護者さんにとっては、それが何よりも嬉しい。
自閉症の子は、他の子どもと比べてしまうと、遅れていることやできないことはある。ADDSに来た当初、「この子はこの先、どうなっていくんだろう」という、見通しがつかない不安を抱えている保護者さんも多いようだ。
そんな中、子どもが日々変わっていく姿は保護者さんにとって励みになり、希望となる。他の子どもと比べるのではなく、その子の中での成長や変化を捉えられるようになる。保護者さんの笑顔が少しずつ増えていくことも、日々実感するという。
“子どもが変わり、保護者が変わる”
“保護者が変わり、子どもが変わる“
良い変化のサイクルが生まれていること、そのような変化を生み出せていることに、加藤さんはやりがいを感じていた。
Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。