多文化共生日本語教育

日本では当たり前?子育ての「暗黙のルール」に困る外国人保護者-外国人保護者の「あるある話」で終わらせてはいけない

ボランティアによる外国人保護者支援の様子

今、日本には、238万人の外国人の方々が暮らしています。このうち、66%が20代~40代の結婚・出産・子育て世代の方々です。外国人の大人の増加は、子育て上の課題の増加にも直結しています。

自分の育った国とは異なる国で子育てをすることは、日本人が海外で子育てをすることと同じく、様々な課題に直面します。以前よりもインターネットなどで情報が得られやすくなってきているものの、それでは気づかない、わからない点もまだまだあります。外国人の保護者は、日本で子育てするうえで、どのような点に困っているのでしょうか?

在留外国人年代別割合

私たちの社会の中には、一定の「決まり」や「規範」が存在します。法律で定められたものもあれば、コミュニティの中で明文化されているものもありますが、「暗黙のルール」となっているものもあります。はっきりと定められていない、義務でもないのに、みんなが当たり前のように知っている・従っているというものもあります。

日本社会の中で常識と思われている「暗黙のルール」の存在は、その外の世界からやってきた外国人にとって、とてもわかり難いものです。日本人が海外へ行き、文化・宗教の習慣の違いに戸惑うことと同じです。

その社会の「暗黙のルール」は、外国人自身で気がつくことは難しく、それを知らなくても命の危険があったり、大きな不利益になることがなければ、日本人の側も「あえて知らせる必要のないこと」と思いがちです。

こうした「暗黙のルール」にぶつかった外国人保護者の方のケースを2つご紹介します。いずれも、実際にあったいくつかの「よくある事例」を組み合わせたものです。

ケース1:ジャージで小学校の入学式

Aさんは、小学校入学の数か月前に呼び寄せたお子さんと2人で暮らすシングルマザーです。朝から夜の遅い時間まで工場のラインで働いていて、日本語が上手ではなく、周囲に暮らしている同じ国の出身者からも少し離れた生活をしていました。

小学校入学式当日、たくさんの家族が「セレモニースーツ」に身を包んで体育館に集まっていました。新1年生の入場がはじまり、子どもたちが体育館に入ってきたとき、ピカピカのスーツ姿の子どもたちに交じって、たった1人だけジャージ姿だったのが、Aさんのお子さんでした。

ケース2:遠足で空のお弁当箱

Bさん夫妻は、お子さんが3才の時に来日しました。夫は日本語の会話は上手で、日本語が得意でないBさんは、子どものことは夫と相談しながら育てていました。お子さんが通園していた保育園の遠足の数日前、Bさんは保育士さんから、「遠足の日はお弁当です。お弁当を持ってきてください」と言われました。

遠足の日の朝、出発前に保育士さんがBさんのリュックサックの中身を確認したところ、Bさんのお子さんが持ってきていたのは、何も詰められていない空の「お弁当箱」でした。

小学校での入学説明会の様子(小学校での入学説明会の様子)

親として「やるべきこと」はやっていたが

Aさんは、お子さんの入学に当たって何もしていなかったわけではなく、入学説明会には出席し、準備品や学校生活などについて、つたない日本語で学校の先生に何度も確認していました。このためランドセルや鉛筆など、「必要な持ち物」は、準備することができていました。

しかし、入学式に「セレモニースーツを着用する」という情報は、入学説明会では、説明されることがありませんでした。また、Aさんは同じ国の出身者とのつながりが弱く、「先輩外国人」からの情報を得ることもできない状況にありました。

Bさんも「お弁当を持ってくる」という情報は理解し、リュックサックを用意して遠足の準備を行うことはできました。ただ、そのお弁当に食べ物を入れてくるという情報は得ることができず、空のお弁当箱を持っていかせてしまいました。

いずれも、私たちにとっては、自らの幼少期にも経験した「常識」です。

入学式のセレモニースーツの着用は義務ではなく、本来であれば、親も子もどんな服装で出席しても良いはずです。しかし、慣例的になんとなく、入学式や卒業式には、セレモニースーツを着るという「暗黙のルール」が存在しています。

また、お弁当を持ってくることは、Bさんが在園していた保育園の遠足時のルールではありますが、その「お弁当」という言葉の中には、「昼食用の食べ物を詰めたもの」という「暗黙のルール」が隠されています。

ボランティアによる外国人保護者支援の様子(ボランティアによる外国人保護者支援の様子。10年以上日本で暮らしていても、学ぶ機会がなかったという方も少なくない)

「外国人のあるある話」の積み重ねから偏見へ

Aさん、Bさんが経験したこと自体は、大したことない「外国人のあるある話」のように感じられるかもしれません。彼ら以外にも、同じような経験をした外国人の方々も少なくないでしょう。

しかし、その大したことないものが積み重なれば、彼らのお子さんが「忘れ物が多い子ども」「変わった子ども」などのレッテルを張られるような状況に陥るかもしれません。また、「外国人保護者は、子どもの教育に無関心」というような事実とは異なる偏見にさらされるかもしれません。

子育てや社会生活における様々な場面にグレーゾーン情報が隠れています。そのグレーゾーン情報が共有されずに「失敗」してしまう経験は、問題に直面する「外側の人々」を、いつまでも「外側」に留め置いてしまうことになります。時には偏見が強化され、「私たち」と「彼ら」という分断の亀裂を少しずつ広げてしまうようなことにもなりかねません。

グレーゾーン情報を明示し、誰にとっても優しい社会を

日本社会を構成する人々は、多様化の一途を辿っています。それは同時に、これまで「口に出さなくても誰もが共有しているはずだ」という情報を、あえて口に出したり、明文化していく必要性の高まりでもあります。

例えば、外国人住民が多く暮らす愛知県にある愛知教育大学では、日本語を母語としない保護者のための保育園・幼稚園就園時や小学校入学時に活用できるガイドブックを、中国語・ポルトガル語・スペイン語・タガログ語、英語の5言語とわかりやすい日本語で作成し、公開しています。

愛知教育大学・外国人児童生徒支援リソースルームより引用愛知教育大学・外国人児童生徒支援リソースルームより引用

入学式の服装や持ち物、お弁当の中身、各行事の詳しい説明、連絡帳の書き方など、私たちがなんとなく知っている暗黙の情報が掘り起こされ、詳しくイラストや写真を活用して説明されています。

ひと手間をかけて、情報の掘り起こしを行っていくことは、少し手間に感じるかもしれません。でもきっとそのプロセスには、外国人生活者だけでなく、子どもたち自身や障害のある方々など、たくさんの人たちの生活環境を改善することにつながるのではないでしょうか?

Author:田中宝紀
NPO法人「青少年自立援助センター」定住外国人支援事業部責任者。1979年東京都生まれ。16才で単身フィリピンのハイスクールに留学。フィリピンの子ども支援NGOを経て、2010年より現職。「多様性が豊かさとなる未来」を目指して、海外にルーツを持つ子どもたちの専門的日本語教育を支援する「YSCグローバル・スクール」を運営する他、日本語を母語としない若者の自立就労支援に取り組む。現在までに35カ国、750名を超える子ども・若者を支援。日本語や文化の壁、いじめ、貧困などこうした子どもや若者が直面する課題を社会化するために、積極的な情報発信を行っている。2019年度、文科省「外国人児童生徒等の教育の充実に関する有識者会議」委員。
著書:海外ルーツの子ども支援 言葉・文化・制度を超えて共生へ

外国にルーツを持つ子どもたちをご支援ください!

YSCグローバル・スクールは原則として保護者の方よりいただく受講料で運営されていますが、スクールでのサポートを必要とする外国にルーツを持つ子どもたちのうち、約30%が困窮・外国人ひとり親世帯に暮らしており、経済的な負担が難しい状況です。こうした子どもたちが経済的な格差により日本語教育や学習支援機会へのアクセスが閉ざされてしまうことを防ぐために、「学内奨学金制度」を設置しております。

ぜひ、日本に生きるすべての海外ルーツの子ども達が安心して学び、日本社会へ巣立つことができるよう、プロジェクトへのご協力をお願いいたします!

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