政治・制度

切羽詰まった若者に「闇バイト」を選ばせないために必要なこと-社会には人生のピンチを救うための仕組みがある

経済的困窮に陥った若者が、社会保障制度があるにもかかわらず、なぜ、違法な「闇バイト」に引き込まれてしまうのでしょうか。

前編では、申請主義や即時性・簡便性・接近性の不足といった制度設計上の課題を整理しました。後編では、「働く」という行為が与える心理的意味合いと、社会保障制度をめぐるスティグマに焦点を当てたうえで、将来に向けた具体的な改善策について考察します。

何らか働いてお金を得たいという価値観が、闇バイトを選ばせる

「闇バイト」は「簡単な仕事」「すぐお金が手に入る」といった表面上の魅力で若者を誘引します。

勤労を美徳とし、「働かざる者食うべからず」という自己責任的な価値観が根強い日本では、たとえ違法性を疑っていても、何らかの仕事を通じて収入を得ることが自尊心や自己効力感を損ねにくいと想像できます。結果的に、この心理的特性が違法行為への抵抗感を和らげ、「闇バイト」への敷居を低くしてしまうと考えられます。

本来、社会保障制度はすべての国民が正当に利用できるセーフティーネットであるはずです。それにもかかわらず、「人からの施し」「支援=恥」というネガティブなイメージが拭えず、多くの人は制度の利用をためらいます。

泣く女性社員

背景には、勤労重視・自己責任論が浸透する社会的風土があり、さらに2010年代には生活保護バッシングが政治家やメディアで繰り返されました。その結果、制度利用への心理的ハードルが高まり、困窮状態にあっても支援へアクセスしにくい構造が固定化されています。

他方、違法な「闇バイト」は外面上は「仕事」という嘘のヴェールを纏っています。そのため、制度利用による「恥」よりも労働による「誇り」に依拠しやすく、若者にとって心理的に選びやすい選択肢となってしまうのかもしれません。

イメージの転換と、求められる具体的改革

こうした心理的障壁を溶かすには、社会保障制度のイメージを「施し」から「当然の権利」へと転換する必要があります。

たとえば、一部の制度の名称を「スキルアップ準備金」などの前向きな通称をつけることが考えられます。自己効力感を喚起するわかりやすい名称を前面に打ち出すことで、切羽詰まった状況にある若者にとって、闇バイトに匹敵する選択肢となり得る可能性が高まるでしょう。

また、既存の就労支援や職業訓練に即時的な生活費給付を組み合わせることで、闇バイトが持つ「すぐお金が手に入る」即時性を、正当かつ安全な形で再現できます。

さらに、テクノロジーを活用し、相談・申請・審査といったプロセスをオンライン化・自動化すれば、給付決定までの時間を大幅に短縮できます。行政が有している個人情報から制度利用の対象者を特定し、申請手続き自体を不要にする「プッシュ型給付」を実施すれば、必要な人へ自動的に支援が届く社会へ近づけます。

ただし、その際は自分の個人情報保護とのトレードオフが発生するため、民主的な熟議と市民参加を経た合意形成が不可欠でしょう。

「支援を受けることは当たり前の権利」という認識の醸成

義務教育の段階から社会保障教育を充実させ、自分が利用できる制度を知り、「支援を受けることは恥ではなく当たり前の選択肢の一つである」という認識を醸成することも重要です。筆者はこの考えのもと、「社会保障ゲーム」の開発を行っています。

このゲームは主に中学生や高校生に、利用できる社会保障制度を知ってもらうことを目的とし、2024年10月よりテスト版の実施を開始しました。架空のキャラクターに起きたピンチを想像することを通して、様々な困り事に対して制度が用意されていることを体感できる内容になっています。

社会保障ゲームのテスト実施の様子
(社会保障ゲームのテスト実施の様子)

参加した生徒からは「1人や家族でかかえこまなくてもいいことを知れて安心した」「困ったら、とりあえずインターネットで社会保障について調べようと思う」などの声が聞かれました。2025年度は100ヶ所での実施、3,000人の中高生に届けていく予定です。

闇バイトを選ぶことのない社会にしていくために

本稿は、「闇バイト」の背景にある社会保障制度へのアクセスの問題について2回にわたって考察しました。

経済的に追い詰められ、それでも制度を選択できない状況にある人が行き着く先は闇バイトだけではありません。お金を得るために、心身の健康をおびやかすような仕事に就かざるを得ない方々もいます。また、自殺を選んでしまった人もいるかもしれません。

経済的に追い詰められた人が法を逸脱する道を選ばずに済むように、社会保障制度を抜本的に利用しやすいものにしていくことは社会全体の利益にもつながると考えます。

生活の安定がもたらす長期的な生産性向上や犯罪抑止効果を考慮すれば、社会保障費の拡大は単なるコスト増ではなく、将来的なコスト削減や社会活性化への投資とも捉えることができるでしょう。

これは政治と民主主義の問題でもあります。誰もが生存権の下、安心して暮らせる社会を目指すためには、制度の改善や政策決定に市民が積極的に参加し、議論を深めることが必要です。


(社会保障ゲームのテスト実施の様子)

「闇バイト」という現象は、社会の機能不全を映し出す一枚の鏡と言えます。

誰もが社会保障制度の利用を当たり前の権利だと認識でき、利用しやすいものであったとしたならば、起こらなかった出来事があったかもしれません。

この現実を変えていくために、私たち一人ひとりができることを考え、行っていくことが大事ではないでしょうか。無論、私もそのつもりです。

Author:横山北斗
NPO法人Social Change Agency・代表理事。ポスト申請主義を考える会代表。
社会福祉士、社会福祉学修士。武蔵野大学人間科学部社会福祉学科非常勤講師。
神奈川県立保健福祉大学卒業後、医療機関にて患者家族への相談援助業務に従事後、NPO法人を設立。
内閣府 孤独・孤立対策担当室HP企画委員会(2021〜現在) こども家庭庁幼児期までのこどもの育ち部会委員(2023〜現在) 厚生労働省 社会保障教育の推進に関する検討会委員(2023)著書に『15歳からの社会保障』(日本評論社)

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