令和3年5月に「少年法等の一部を改正する法律」(以下、「少年法」)が国会で成立し、来年の令和4年4月1日から施行されることになりました。
今回の改正は、罪を犯した18歳・19歳の者に対する少年法上の取扱いについて、これまでとは異なる特例などを設けています。
今回の改正については、実際に罪を犯してしまった少年の立ち直りを支えている現場の保護観察官はどのように感じているのでしょうか?
現役の保護観察官の方に、少年法改正の背景や変更点、現場から感じる問題点についてお伺いしました。
そもそも、なぜ、少年法を改正することになったのか?
少年法改正の背景には、18歳・19歳の者を取り巻く社会情勢の大きな変化があります。
まず、平成19年に日本国憲法の改正手続きに関する法律において、国民投票の投票権を有する者が18歳以上となったことがきっかけです。
続いて、平成27年6月に選挙権年齢を18歳に引き下げる内容の公職選挙法が改正されました。このとき、同法律の附則11条に「民法、少年法の法令の規定について検討を加え、必要な法制上の措置を講ずる」と定められました。
これにより、平成30年には民法が改正され、成年年齢が引下げられました。令和4年4月1日から、18歳・19歳は民法上、成年として位置付けられるようになったのです。
こうした背景の中で、18歳・19歳の者の位置付けが変化し、少年法における取扱いについても検討する必要があるとされたことが、今回の少年法改正の背景となっています。
少年法改正で何が変わるのか?
現在の少年法は、20歳未満の者を「少年」とし、犯罪をした少年については、原則として刑事処分(懲役や執行猶予)ではなく、家庭裁判所による保護処分(少年院や保護観察処分など)の対象として、その健全育成を図ることとされています。
今回の改正では、現在、少年として扱われている18歳・19歳の扱いをどうするかがポイントとなります。結果として、18歳・19歳の少年を「少年」とも「成人」とも異なる「特定少年」と定義して、少年とは一部異なる扱いをすることが定められました。
少年とも成人とも異なる扱いとなったのには、「18歳・19歳の者は、選挙権等を付与され、民法上も成年として位置付けられる一方、未だ十分に成熟しておらず、可塑性を有する存在」であるという考え方が基本的にあるからです。
では、18歳・19歳の「特定少年」の扱いがどのようになるのか。大きく変わるのは次の2点です。
現在、少年事件の全ては、原則、家庭裁判所に送られ、そこで調査・審判が行われています。少年は、成人と異なり、可塑性(子ども自身の人格が柔軟に変化すること)が大いに期待できることから、大人とは異なる手続きをとろうという背景があります。しかし例外として、家庭裁判所が刑事処分相当とした事件については、検察官に送致する「逆送」が認められていました。
そして、逆送とされる犯罪としては、「殺人や傷害致死など故意の犯罪行為により被害者を死亡させた事件」などに限られていましたが、今回の改正でその範囲が「強盗」や「強制性交」等の重大犯罪にまで広げられることになりました。
現在、少年犯罪の全ては少年個人を特定できるような実名報道等を禁止されています。
しかし、今回の改正では、18歳・19歳の特定少年について、家庭裁判所が検察官に送致(逆送)した後、起訴(公判請求)されて、公開の法廷で刑事裁判を受ける立場となった場合に、20歳以上の者と同様に実名報道等を可能としています。
つまり、殺人や強盗、強制性交などの罪により起訴された特定少年は実名で報道できることになります。
実名報道が少年の更生を妨げ、また世論を厳罰化に加速させる
私は、今回の少年法改正について率直に反対です。反対する理由は大きく2つありますす。
1つ目は、実名報道が可能になることで、少年の更生の妨げそして、世論が厳罰化へと加速する恐れがあります。
18歳・19歳は成人でもあり、自己責任を負うべきである、また、実名報道が犯罪抑止にも繋がる、という理由が今回の少年法改正の理由の一つとして挙げられています。しかし、本改正はそれ以上に大きなデメリットがあります。
そもそも、現場で対象者と関わってきた者の感覚からすると、犯罪をする者が罪を犯すときに「実名報道されるかもしれないから止めておこう。」と考えて犯罪を留まることなど、まずありません。
むしろ、まだまだ立ち直る可能性が大いにある少年を実名報道によって傷付け、更生を妨げることの方が心配されます。また、報道がますます世論を刺激し、少年全体に対する厳罰化の流れを加速させるのではないか懸念されます。
なぜ、そこまで実名報道にこだわるのか、その理由はこれまでの少年法改正の歴史を紐解くと明らかになります。
少年法改正の歴史は厳罰化の歴史
少年法は、昭和24年の施行以降、ここ最近の15年間ほどの間に計5回も改正が行われています。
このうち、平成12年、平成19年、平成26年の改正はどれも少年に対する厳罰化という方向で大きく改正されています。そして、厳罰化を後押ししたのは、少年による凶悪犯罪によって大きく動かされた世論にほかならないのです。
平成12年の改正は神戸児童連続殺傷事件、山形マット死事件がきっかけとなり、平成19年の改正は長崎男児誘拐殺人事件がきっかけとなり、少年法を厳罰化へと向かわせました。
当時、世間を大きく賑わせたこれらの事件は記憶に新しい人もいるかもしれません。
今回の少年法改正で実名報道がなされるようになれば、ますます少年事件に対するマスメディアの報道は過熱し、世間の注目を浴びるようになるのは火を見るよりも明らかです。
そして、その世間の注目は、必ず「少年に対する厳罰化」という大きな世論へと変わっていく、そういった危機感、確信に近いものを私は感じています。
少年院入院者の半数以上は18・19歳
もう一つ、今回の改正に反対する理由があります。下の表とグラフを見てください。
これは平成29年から令和元年の少年院入院者の推移を年齢層別に分けたものです。ここでいう年長少年とは、主に18・19歳の少年を、中間少年は16・17歳を、年少少年は主に14・15歳を示します。
表や円グラフで明らかなように、何らかの事件を起こして、少年院に入っている者の半数以上が実は18歳以上の少年です。
少年院に入る少年は、罪を犯した少年の中でも、犯した罪の大きさや彼らが育った背景、生育歴などを踏まえて、特に綿密な教育が必要と判断された少年たちです。その少年たちの半数以上が18歳以上なのです。
つまり、罪を犯した少年たちの中でより綿密な教育をし、立ち直りを図らせる必要があるのは、18歳以上の少年が多いということを指しています。
こういった現状があるにも関わらず、今回の改正は18・19歳の少年に対する処分をより厳罰化するものです。彼らに対して必要なのは、厳罰ではなく、立ち直りのための更なる教育です。
子どもたちが健やかに育つ権利を奪わないために
現在の日本は、個人の権利拡大を声高に主張する一方、自己責任を徹底的に追及する風潮に変化してきているように感じます。この風潮は、まだ発育途上にあり、周りの大人たちや地域の人たちに支えられるべき少年たちにも向けられつつあります。
少年たちには、健やかに育ち、明るい未来を生きる権利があります。そして、その権利を守るために、しっかりと教育をしていくのが大人の責任ではないでしょうか。
この少年法改正をきっかけに、その教育の責任を放棄してしまうことがないよう願うばかりです。
本記事は、岩切準が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報を毎月ご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。