児童虐待・マルトリートメント

子ども虐待のない社会をつくるために(中編)-体罰禁止の法制化のその先に必要なこととは?

2019年7月23日に、さわかみ投信株式会社(東京都千代田区)において、公益財団法人お金をまわそう基金・特定非営利活動法人タイガーマスク基金が主催し、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが協力し、「子ども虐待のない社会をつくるために~子どもの権利と体罰禁止」と題したセミナーが行われました。

子どもの権利の普及・啓発を目的とした「広げよう!子どもの権利条約キャンペーン」に賛同する団体から3名が登壇し、初めは川上園子氏による講演、後半は登壇者3名によるパネルディスカッションが実施されました。

本記事では、セミナーの内容をレポートとして紹介いたします。中編では、前編に引き続き公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの川上園子氏(国内事業部部長)の講演をお伝えいたします。

公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの川上園子氏(国内事業部部長)

体罰に関する日本人の意識

2017年に、全国2万人の大人に対して、体罰への意識に関する調査を実施しました。その結果、「積極的にすべきである」「必要に応じてすべきである」「他に手段がないと思った時にすべきである」という回答を合わせると、だいたい6割程度の人が体罰を容認していることがわかりました。(報告書『子どもの体やこころを傷つける罰のない社会を目指して』発表-国内2万人のしつけにおける体罰等に関する意識・実態調査結果

「体罰」と聞くと、学校やスポーツでの体罰など、イメージが偏っているかもしれないので、「子どもを叩くことに対してどのように考えますか?」と、少し違う聞き方をしてみたんですね。しかし結果は変わらず、やはり6割程度が、叩くことを容認していました。また、実際に子どもを叩いたことがある子育て中の家庭の人は7割程度でした。

ここで留意したいのは、実際に叩いたり怒鳴ったりすることがある人の中で「叩いたり怒鳴ったりする以外の子育て方法があれば知りたい」と答えた人も3割近くいたことです。

泣き叫ぶ幼児

体罰を法律で禁止する国へ

日本は、国連からも一貫して、「体罰を法律で禁止すべき」と勧告を受けています。国連は、条約を批准した国がその条約を守っているのか、それぞれの条文にある権利を実現するために努力しているのか、などについて審査しています。

日本は1994年に子どもの権利条約を批准してから、これまで4回審査を受けました。残念ながら、日本は、このような勧告を受けても、家庭内の体罰は民法の懲戒権と関連付けられて、法律で禁止する必要はないと言い続けていました。

ジュネーブで実施された最新の子どもの権利委員会による日本政府報告書審査(2019年1月)では、委員は、あらゆる場所でのあらゆる形態の体罰を、法律で明示的に禁止すべきだと、熱心に話していました。それに対して日本側は、「必要な範囲を超えての体罰は禁止すべき」と主張していたのですが、「必要な範囲とは誰が決めるのですか?」「それを決めることは恣意的になりませんか?」と返されていました。

審査が終わった直後に、日本で痛ましい虐待事件が起き、子どものSOSを受け取れなかったこと、虐待したとされる大人が「しつけだった」と言っていたことが大きな問題となり、「体罰を法律で禁止すべき」という流れに変わっていきました。国会議員の動き、署名活動など市民の動きが合わさって、2019年3月に体罰禁止を含めた法改正が閣議決定され、6月19日に参議院本会議で可決、成立しました。

この法改正により、児童虐待防止法、児童福祉法において、親権者・児童相談所長・里親等の体罰の禁止規定が追加されました。これらにはいずれも罰則規定はなく、社会的な規範を作っていくことがまず目的です。

国会議事堂

今回の法改正で注目すべきこと

衆議院厚生労働委員会の附帯決議において、具体的な例示を示した体罰禁止に関するガイドラインを早期に作成すること、保護者を追い込むのではなく、早期に適切な子育ての方法や相談窓口について周知し、支援すること、などについて全会一致で決まったことは、注目すべきことだと言えます。

民法の懲戒権についても、2年をめどに規定の削除を含め早急に検討すべきということが決議され、早ければ2年を待たずに懲戒権のあり方が見直される可能性があります。

また、附則規定の6条の3においては、体罰・虐待に関連して、子どもの意見が表明できるような仕組みを作っていくこと、それも2年をめどに検討していくことが明記されました。社会の中で、子どもの意見を聴くシステムを作っていくことは、とても重要なことだと言えます。

子ども虐待のない社会をつくるために~子どもの権利と体罰禁止

体罰・虐待を減少させるためには、法改正と社会啓発の両方が重要

繰り返しになりますが、「暴力はいらない」「体罰は暴力であり許してはならない」というメッセージを社会の中に発信し、「体罰はいらない」という新しい社会規範を日本社会の中で作っていくことがとても重要です。

法改正により、体罰への意識や行動がどう変わるのか、日本政府には継続的にモニタリングをしてほしいと思っています。年月が経過しても、人々の意識や行動が変わらなかったら、施策が十分でないということです。調査結果を活かした対策作りが、継続的に必要となってきます。

欧州の5か国の比較で、体罰と虐待の減少に最も効果的なのは、法改正とセットで大規模な社会啓発を行うことであることがわかりました。逆に一番効果が低かったのは、啓発キャンペーンのみを行なった場合です。体罰をなくすために、すでに様々な施策を実施している国の教訓には、しっかりと耳を傾けていく必要があると言えます。

体罰禁止を法制化した国のその後

スウェーデンでは、1979年に世界で初めて法律で体罰を禁止してから、暴力を用いない子育てに関する講座を受講することを義務付けたり、学校の授業の中で子ども自身が自らの権利について学ぶ機会を設けたりと、様々な施策を実施してきました。

その結果どうなったか。カナダの研究者が、2000年に体罰禁止が法制化された後に育った35歳以下の保護者に対して調査を行なったところ、体罰容認派はわずか6%でした。もちろん、体罰を受けた子どもの人数も減っています。

スウェーデン・ストックホルムの国会議事堂(スウェーデン・ストックホルムの国会議事堂)

2019年5月に来日した、スウェーデンの子どもオンブズマンのエリザベット・ダリーンさんは、子育ての秘訣は「粘り強く話し合うこと」だと強くおっしゃっていました。説明することや話すこと、つまりはコミュニケーションが重要だということだと思います。

最後に、「子どもはすでに人間である」というヤヌシュ・コルチャックの言葉に改めて戻りたいと思います。

子どもの権利を保障していく中で、子どもも大人と同じく尊厳をもった一人の人間だというスタートラインを、忘れてはならないと強く感じます。参加する権利、意見表明権、自己決定権などについて、子どもの発達段階の中でどのように保障していくのか。もちろん、言うは易しで実際に行なうことは大変ですが、現場レベルで実現できるよう考え、行動していくことが求められているのではないでしょうか。

Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。

Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。

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