中等教育高等教育

日本の2020年「大学入試改革」はどうなるのか?②-なぜ、試験制度が大きな社会的価値を持つようになったのか?

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「2020年に大学入試が変わる」という話は、大きく報じられ、教育関係者のみならず多くの方が注目している話題です。では、具体的に大学入試はどのように変わっていくのでしょうか?

前回に引き続き、NPO法人教育支援協会の代表理事・NPO法人全国検定振興機構の理事長を務められ、長きに渡って日本の教育改革の最前線で取り組まれてきた吉田博彦さんにお伺いしました。

吉田博彦さんは、1999年より全国組織のNPO法人教育支援協会・理事長として民間からの教育改革を提唱し、文部科学省や教育委員会との協力によって、全国で様々な教育事業をおこし、地域教育力の育成を行ってきました。

中央教育審議会専門部会委員、文部科学省コミュニティースクールマイスター、文部科学省放課後子どもプラン推進アドバイザーなども務められてきました。

2015年からは、大学入試改革に向けて、民間の検定試験の「質」と「信頼性」を判定するNPO法人全国検定振興機構・理事長に就任されています。

吉田 博彦(よしだ ひろひこ)
1952年 大阪府枚方市生まれ。中高と神戸で育ち、1976年早稲田大学法学部卒業後、海外子女教育、インターネット教育事業などを行う民間教育会社の経営にあたる。1997年、「教育支援協会」の設立に参画し、99年、教育分野で最初のNPOとして経済企画庁(当時)の認証を受け、全国組織のNPOの代表理事に就任。また、2003年に特定非営利活動法人小学校英語指導者認定協議会専務理事、2015年に特定非営利活動法人全国検定振興機構理事長に就任し、英語教育の改革や大学入試改革に取り組んでいる。

すり替わってしまった大学入試改革の議論

前回は2020年度に予定されている大学入試の改革の現状について整理しました。

今回の大学入試改革問題は「我々の社会が2030年代以後に迎える大変革期に向けて、人材の育成をどのようにすべきか」という問題意識から始まったので、その議論の中核は「1回だけのテストで安易に入学者選考を行うのではなく、各大学の教育目標に合致した学生をどのように選考するのか」という議論であったはずです。

しかし、残念なことに、現在の大学入試改革の議論は「今のテストでは不満だから、新しいテストを作る」という議論になってしまっています。

前回も書きましたが、1980年代の我が国の大学入試改革議論も、当時あった共通一次テストが現在の大学入試センター試験に替わっただけで終わってしまったように、今回の改革議論も「大学入試センター試験の廃止」というスタート地点から、今では「新しいテストに記述式問題を導入する」というように、「結局、テストをやるのか」ところに来てしまい、当初の趣旨から大きくずれてしまっています。

この原因は「大学入学者の選考にはペーパーテストが必要だ」という固定観念が我々の社会に根強く残っているからだと思います。そのため、今回は「テスト」というものについて考えてみます。

そもそもの「テスト」は、「調査」するという意味だった

ここからは少し専門的になりますが、様々な文献から引用して「テスト」の歴史について簡単にまとめてみます。

辞書によると、テストとは「試験」「調査」「試練」「試す」などを指す英単語で、テスト(test)の語源はラテン語の「estū」で、これは 「土でできた壺」を意味するそうです。

当時はこの「壺」を利用して金属が本物かどうか試していたそうで、この方法を思いついたのは古代ギリシャのアルキメデスと言われています。

ですから、もともと「テスト」というのは、「多くの知識・技術を持っている上の者」が自分の知識・技術の一部を使って、未熟な下の者を「試す」というイメージの「試験」よりも、よくわからないから「調査」するという行為を意味するもののようです。

ですから、「テスト」を「試験」と訳すと「調査」よりも「下の者を試す」という意味が強くなります。

ウィキペディアで調べてみると、こうした「試験」を人材育成や人材登用の手法として制度化・システム化したのは古代中国・隋の「科挙」だということです。

6世紀末に成立した隋は、人材登用の方式を、漢の時代に行っていた地方からの推挙による「郷挙里選」や、三国・南北朝時代の地方官による推薦制度の「九品中正」を改め、儒学の知識を問う試験による人材選抜・登用に切り替えました。

これが「科挙」の始まりで、この制度によって皇帝への忠誠を誓う官僚を作り出し、強大な中央集権国家を築きました。

万里の長城

「科挙」から欧州や周辺国へ広がる試験制度

この制度は隋以降の中国の王朝に受け継がれ、16世紀末に中国を調査したイエズス会のマテオ・リッチが「こんな凄い制度がある」とローマの本部へ科挙の制度を詳細に報告し、これが欧州における試験制度の導入へとつながっていきました。

16世紀から17世紀にかけて欧州で起こった宗教改革のときに、イエズス会が作ったコレージュ(文法学校)で採用された試験成績による評価の手法はこの影響を受けたものと考えられているそうです。

欧州においては、その後も、19世紀から20世紀にかけて起こった産業革命を支える人材育成の手法として試験による評価・選抜が定着し、根強い身分制の壁を越えて有為な人材を登用する社会的装置として一定程度機能していきましたが、絶対的な価値を持つものではなく、あくまでも相対的な価値を付与されただけで、「便利な道具」という位置づけで採用されていきました。

アジアでは少し様子が違います。科挙の制度は中世ベトナムや朝鮮で採用され、近代まで長きに渡って強力な社会装置として機能し、特に朝鮮では科挙に受かることが絶対的な価値を持つものとして社会的地位を占める時代が長く続き、現在の韓国が試験偏重社会である要因となっていると言われています。

1900年代以降に試験制度が大きな力を持った日本

ウィキペディアによると、日本では701年に制定された大宝律令で科挙をモデルとした「貢挙」が作られたそうですが、貴族制の壁もあって、あまり機能することはなく、私たちがテレビドラマなどで見る武士たちは、確かに、机に向かって試験勉強しているというイメージはなく、鎌倉期以降の武家政治でも試験制度は限定的でした。

江戸期に入って、武士階級の人材育成として設置された昌平黌や藩校で試験制度は採用されたものの、身分制秩序を前提とした社会でしたから、試験制度は中国や朝鮮のように身分制の壁を越えて有為な人材を登用する社会的装置というような大きな価値を持つことはなく、試験の目的の大半は学問の奨励に留まりました。

明治になって、「人才の登庸第一の御急務」ということから試験制度が導入されますが、明治当初は藩閥出身者による縁故の人材登用の方が強く、学校制度が整備される1900年代まで、試験制度は大きな力を持つことはありませんでした。

そうした中で、1900年代以後、産業社会の発展に伴い、従来の身分制度に代わって、学閥や学歴が大きな力を持つようになり、立身出世の手法として試験制度は日本社会において大きな力を持つようになります。なぜなら、「試験による選抜は縁故や家柄などよりも客観的で公平なもの」という思想が定着したからです。

敗戦後もこの「思想」は日本社会において大きな影響力を持っていて、「公平、公正な試験の厳密な運営」については、科挙の歴史のある韓国に負けないほど日本でも神経質になっています。

韓国の大学入試風景はテレビなどで報道されているように、受験生の遅刻者がパトカーで運ばれるなど大騒ぎで、世界中のマスコミがその騒動を滑稽なニュースとして流しています。

ご存じないかもしれませんが、大学入試センター試験当日は、騒音問題のために旅客機の運行航路を変更するなどのことが、この日本でも今でも実際に行われているのです。

「試験による選抜は縁故や家柄などよりも客観的で公平なもの」という思想の問題点については次の回で触れたいと思います。

日本

試験という制度が歴史に与えた影響

最後に、ここでこんなことを考えてみます。幕末から明治維新期に欧米列強の侵略に直面して、危機に瀕した日本を指導したのは、子どもの頃から野原を駆け巡り、貧しい中で助け合って育った、試験制度などない教育を受けた下級武士階級出身者たちでした。

その指導者たちが何とかその植民地化の波を押し返して独立を維持しました。それと比較すると、科挙という絶対的な試験制度によって育成された指導層が率いた近代開化期の中国や朝鮮は西洋列強に植民地化され、試験制度のない教育を受けた下級武士階級出身者たちが指導した近代開化期の日本は植民地化されなかったということになります。

日本では1900年に入って強固な試験制度が確立され、1900年代以後に日本社会を指導したのは「試験制度で育成された高級官僚たち」でした。そうすると、その育成された官僚や政治家たちと、最も試験制度が力を持った軍事官僚たちがその後の日本を指導し、その人々によって1930年代に、日本は破滅への道を歩むことになります。

これからの時代、日本だけでなく世界の歩む道はかなり困難な状況が予想されます。その時代に必要な人材の育成を考える時、上記のような試験という制度が歴史に与えた影響を踏まえる必要があるのではないでしょうか。その上で、現在、進んでいる大学入試という試験制度の改革のあり方を考えることが大切だと思います。

Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、岩切準が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報を毎月ご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。

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