2020年2月15日にタワーホール船堀(東京都江戸川区)において、NPO法人ダイバーシティ工房が主催し、「地域に多様な学びの場を〜これからの学びのあり方をさぐる〜」と題したセミナーを実施いたしました。
セミナーでは、一般社団法人子ども・青少年育成支援協会の理事で臨床心理士の村中直人氏による講演、後半は4団体のパネリストによるパネルディスカッションを行ないました。
今回の記事では、一般社団法人子ども・青少年育成支援協会理事で臨床心理士の村中直人氏の講演「学びの多様性を尊重出来る社会とは〜ラーニングダイバーシティという新視点〜」をお伝えします。
一般社団法人子ども・青少年育成支援協会 理事
臨床心理士として公的機関での心理相談員やスクールカウンセラーなど、主に教育分野で勤務し、発達障害、聴覚障害、不登校など特別なニーズを持つ子どもたち、保護者の支援を行う。
支援を行う中でニーズに対する支援の少なさを実感し、一般社団法人 子ども・青少年育成支援協会の設立に参画。あすはな先生事業の立ち上げにも従事し、特別なニーズを持つ子どもたちや保護者への支援を多数実践する。
現在は発達障害学習支援サポーター資格制度を通じ、全国に正しい知識を持った理解のある支援者を増やすべく支援者養成に取り組んでいる。
スクールカウンセラーとして無力感を感じた原点
私の心理士としての仕事は教育分野でスタートし、スクールカウンセラーや地域の教育センターで相談業務に就いていました。15年前というと、ちょうど発達障害者支援法が出来るタイミングで、発達障害という言葉自体が世の中に急速に広がる頃でした。そこでたくさんの親御さんが、「自分の子どもは発達障害ではないか」と相談に来られていました。
その中で、ある親子に会いました。お母さんの話では、親子でいつも泣きながら宿題をしているとのことでした。他の子は30分くらいで終わっているはずの宿題を、毎日2、3時間かけないとできない。私はその時「ただ大変ですね」としかいう事ができず、無力感に打ちひしがれていました。
そういった経緯もあり、仲間と一緒に「あすはな先生」という民間のサービスを立ち上げ、発達障害をもつ子どもたちに対しての学習支援を行ってきました。この10数年で、知的発達の遅れがない発達障害というものが急に注目されてきており、「あすはな先生」はじめ、発達障害の子どもたちへの学習支援へのニーズは非常に高まってきました。
しかし、段々と支援者の養成が追いつかなくなっている現状もありました。私たちは支援者の養成を行うために、「発達障害サポーター’sスクール」を立ち上げ、現在は支援者の養成にも力を注いでいます。
(日本初の心理認知配慮型学習支援&社会性発達支援サービス「あすはな先生」)
ラーニングダイバーシティとは?
ラーニングダイバーシティ(学びの多様性)という言葉は、Learning(学び) とdiversity (多様性)を組み合わせた私の造語ですが、この言葉には「その人なりの学びや学び方」を社会全体としてより尊重し、促進していきたいとういう意味を込めています。
ラーニングダイバーシティという概念には、「いつ」「どこで」「誰と」「何を」「どのように」という学びを構成する5つの要素があり、これらの要素は、学びの「機会」と「方法」の2つの多様性の問題に分けられます。
この100年の教育システムをみると、誰がいつどこで誰と何をどのように学ぶのかは、どの地域に、いつ生まれたのかによって決まってしまっています。そして、この”決まりごと”に沿って学ばなければならない時代が長く続いています。
ラーニングダイバーシティの概念は、「同一年齢集団全員が、同一の基準や方法によって画一的な教育を受けるという方法が、もう時代に合わなくなっているのではないか」という視点からの問いかけです。そして、この問いかけは、発達障害の子どもたちに限ったことではなく、全ての子どもたちがこれからを生きる上で必要なことなのです。
(「発達障害サポーター’sスクール」の講座の様子)
時代に合わなくなってきている日本の教育システム
最新のデータによると、不登校の子どもの数が、人数と割合両方において過去最高記録を更新しました。子どもの数が減っているにも関わらず、人数が過去最高となったのです。(平成30年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について)
この異常事態について、海外からも注目されており、昨年、BBCが不登校という言葉をそのままアルファベット表記の”futoko”として取り上げています。(Why so many Japanese children refuse to go to school)そこでは、日本の子どもたちが学校へいく事を拒んでいて、”futoko”と呼ばれていること、そしてあまりの人数の増加に、これはもはや生徒たち自身の問題ではなく、「学校システムの問題ではないか」と問いかけています。
文部科学省が定義するいわゆる不登校とは、「30日以上学校に行けない」というお子さんたちを指しており、その数は約10万人にのぼります。しかし、2019年に日本財団が行った不登校に関する調査によると、「教室で過ごすが授業に参加することができない」「学校には行くけれども教室には行けていない」といった、「不登校傾向にある子ども」は、30万人を超えると発表されています。
また、日本財団の調査では、不登校傾向の中学生が学校に行きたくない理由として、「授業がよくわからない、ついていけない」や、「良い成績が取れない」など、学習面での理由が見られたことを指摘しています。
従来、不登校は、いじめや、クラスの中の友人関係の問題、教師との関係性など、対人関係上のトラブルが要因として指摘されてきました。もちろん、それらは未だに大きな要因ではありますが、学びの問題で学校に行けなくなっている子どもたちが相当数いるという事実は、注目すべき点です。
(日本財団:2018年12月不登校傾向にある子どもの実態調査)
さらに、2019年度版の政府の自殺白書において、10代における自殺の数は過去最悪であったと報告されています。子どもたちの自殺の最大の要因は、同じく「学校問題」であり、そのうち最も多かったのが「学業不振」であったのです。(自殺対策白書平成30年度厚生労働省)
日本の教育の基本的なシステムは100年以上大きく変わっていません。学校を代表とする、「学ぶ」という行為にまつわる仕組みやシステム自体が、さすがに時代に合わなくなってきていると考えても無理はないはずです。
これらの問題を「先生の理解がない」など、個人の属性の問題として取り上げていたのでは、解決に向けて前進していきません。システム自体を大きく変えていかなければならない時代に突入していると言えると思っています。
何を学ぶべきか、予測がつかない時代
今から20年前、1990年代の日本には存在しなかったものをみなさん思い出してみてください。Amazon、Youtube、 iPhone,、Facebook、 twitter、android、LINE、どれも、今では当たり前のものですが、20年前の日本には存在しませんでした。
アメリカでは、「2011年に小学校に入学した子どもたちの約65%は、大学卒業時に今は存在していない職業につくだろう」と言われています。(ニューヨーク市立大学教授のキャシーデビッドソン氏の予測)日本もあまり変わりないのではないかと私は思っています。今、皆さんが育てているその子たちが就職をするときに選ぶ職業は、この2020年代の今、この瞬間、影も形もない職業である可能性が高いということです。
変化が大きな時代とは、簡単に言うと「何を学んでおけば良いのかの予測が難しい」時代です。20年前になかった職業の代表例として、youtuber が挙げられますが、今、活躍する彼らが小学生の時に動画編集技術を学んでいたかというと、決してそうではありません。何を学んでおいたら将来有利になるということは、今の時代、誰にも言えないはずなのです。
これまで、学んだ結果得た知識や技能をたくさん蓄えている人が、学力が高い人とみなされていました。しかしこれからの時代に求められる学力の意味は、「学ぶ力そのもの」なのです。何を学んだか、というよりも、学び方を学んだか、ということがより重要になり、学力という言葉の再定義が必要となっています。生涯にわたって学び続けるということ自体の力を身につけられるようにしていくことが、求められています。
2012年に設立した千葉県市川市のNPO法人。ひとり親家庭や不登校の子どもたち、発達障がいを持つ子どもたちとその家族に寄り添った学習環境づくり、さらに地域や行政、学校と連携し、大人も子どもも安心して暮らせるまちづくりに取り組んでいます。