現在、臨時国会で「外国人労働者受入れ拡大」を巡って議論が紛糾しています。人手不足にあえぐ経済産業界の声を受け、政府が来年4月に単純労働分野で外国人人材が雇用できるよう、新たな在留資格(いわゆる、ビザ)の創設を目指し法案の可決を急いでいるからです。
これに対して、野党だけでなく与党内部からも、関連する課題が多岐にわたるにも係らず、法案の中身が「生煮え」であり、拙速だという声が上がっています。
日本はすでに事実上の移民社会
現在、すでに日本国内には250万人を超える定住外国人が暮らしています。その内の半数以上が定住・永住が可能な在留資格を持っており、事実上の移民とも言える存在です。
こうした定住外国人の方々に対する生活支援や日本語教育などは、これまで主に国が自治体に一任(まるなげ)しており、自治体の規模や意識によって体制整備の地域間格差が課題となっています。
特に、規模が小さく、これまであまりたくさんの外国人住民がいなかった地域では受入れ体制がない場合も少なくありません。もし、今の体制のまま、外国人の数だけが増えれば地域に混乱を招きかねない状況です。
(海外にルーツを持つ子どもと若者を支援するYSCグローバル・スクールでの一コマ)
急増する海外にルーツをもつ子ども達の教育問題
こうした外国人人材受入れをめぐる重要課題の一つとして、現在、日本で働く外国人保護者と共に暮らす海外にルーツをもつ子ども達の教育問題が取り上げられる機会が急増しています。
これまで筆者の発信でも言及してきたとおり、海外にルーツを持つ子どもの教育に関連する様々な課題は、子ども達の心身の健全な発達を阻害するだけでなく、彼らがいずれ成長し、日本社会で自立して行こうとする際にもそれを阻む壁となり、日本社会全体にとって影響を及ぼします。
今後の外国人人材とその家族の増加を控え文部科学省は、次年度に対策を拡充する予定で、2019年度の概算要求では初めてとなる「海外にルーツをもつ高校生」のキャリア教育等の支援を行うこととなり、2億円規模の予算を盛り込みました。海外にルーツをもつ高校生に対する対応は、小中学生以上に手薄な状況で、ボランティアやNPOによる支援もごく限られた事例しかありません。
筆者の運営するスクールで高校受検をサポートし、公立学校へと送り出した子どもたちはこれまでに200人以上に上りますが、2010年から2015年までの間、内部で調べた中退率は18%を超えていました。その多くが、高校に入ったものの勉強の日本語が難しくついていけなくなったり、同級生から日本語が「ヘタ」だと馬鹿にされ、学校から足が遠のいたりと言った言葉の壁やいじめが原因でした。
加えて、一時「先生、赤ちゃんができたから学校やめることにした」と報告にやってくる女の子が後を絶たなかったことがあり、どうしたものかと頭を抱えたこともありました。
(海外にルーツを持つ子どもと若者を支援するYSCグローバル・スクールでの一コマ)
高校中退、10代での妊娠出産、シングルマザーへ
先日、朝日新聞が日本語力の十分でない高校生の場合、それ以外の生徒と比べた中退率は7倍以上の9%を超えどと報じ、深刻な現状が明らかとなったばかりです。
小学校高学年の時にフィリピンから来日したユイさん(仮名)は、日本の公立小学校に通い、中学卒業までの数年間、学校やNPOによる日本語と教科の学習支援を受けてきました。しかし、日本語の力が伸び悩み、勉強にほとんどついていけなかったことや、複雑な家庭環境から中学校時代には不登校状態に陥り、知人や友人の家を転々とする日々が続きました。
その後、なんとか公立の定時制高校に進学したものの、勉強の日本語が難しく、1年で中退しました。その後は近隣にある工場でアルバイトをしながら過ごしてきましたが、同じくフィリピンにルーツをもつ男性との恋愛にのめり込むようになり、10代で妊娠。未婚の母として赤ちゃんを産みました。
ユイさんと同様に、高校に進学したものの勉強についていけなかったり、日本での生活自体に馴染めないなどの理由から、同じような境遇にある海外ルーツの男性と付き合い、10代で妊娠し、シングルマザーとして高校を辞めて赤ちゃんを育てているケースは珍しくありません。
中には、働きながら子育てをすることに限界を感じ、自らが幼少期にそうであったように、わが子を海外の親戚の元へ預けてキャバクラなどで働き、仕送りを続けている女性もいます。
こうした女性たちの「恋人」や赤ちゃんの「父親」自身も、同じように海外にルーツを持ち、日本語の力が十分でなかったり、いじめを受けて学校に居場所がなくなるなどの理由から高校を中退しているような場合も多く、課題の根本的な解決を急ぐ必要があります。
日本語がわからなければ、支援を受けられない
現在、高校を中退した若者に対しては厚生労働省が認定し、NPOなどが運営する「地域若者サポートステーション」(全国173箇所設置)がキャリアカウンセリングをはじめとする働くためのサポートを提供したり、行政や民間団体が“学びなおし”や、高校再受験などの支援を実施しているケースが少なくありません。
一方で、日本語の力が十分でない海外にルーツを持つ子ども達の場合は、その保護者も含めてそうした支援があるという情報自体が手に入りづらい状況です。
また、運よく支援の場につながったとしても、もともと「日本語ネイティブの日本人」を対象として運営されている支援の場では、こうした海外ルーツの若者はこれまで「想定外」の存在であり、日本語がわからないことを理由に「まずは日本語を勉強してからもう一度きてほしい」と、利用を断られてしまうこともあります。
前述の文部科学省による2019年度概算要求では、新たな取組として高校生の中退予防や高校卒業後の進路に対する支援を行う事が盛り込まれています。しかし、ユイさんのように、一旦教育のレールからドロップアウトしてしまったり、次の支援(就労支援など)につながりづらい海外ルーツの若者に対するセーフティネットは、現時点では不在と言える状況です。
(海外にルーツを持つ子どもと若者を支援するYSCグローバル・スクールでの一コマ)
夜間中学校などがそのような役割を担って行く可能性はありますが、現在の時点で全国に設置されている夜間中学校はわずか8都府県に31校(平成29年度時点)のみです。文部科学省は各都道府県に最低限1校は設置を推進するとしていますが、実現までにはまだ長い時間を要すると見られています。
今後、子どものころに日本にやってきて日本国内で成長し、働き、子どもを産み育てて行く海外ルーツの若者は増加が見込まれています。彼らが安心して日本社会の中で学び、自立し、世代を継承してゆくためにも、教育の場につながっている時期に適切な支援を行い、中退や進路未決定での卒業などを可能な限り予防する事が大切です。
さらに、高校中退などにより教育からドロップアウトしたり、いったん就職した後に仕事をやめるなどした際でも、スムーズに必要な支援につながることができるようなセーフティネットの構築が今、喫緊の課題となっています。全国の子ども・若者支援機関には積極的に「主たる対象者の一員」として海外にルーツを持つ子ども・若者にも目を向けて頂きたいと思います。
Author:田中宝紀
NPO法人「青少年自立援助センター」定住外国人支援事業部責任者。1979年東京都生まれ。16才で単身フィリピンのハイスクールに留学。フィリピンの子ども支援NGOを経て、2010年より現職。「多様性が豊かさとなる未来」を目指して、海外にルーツを持つ子どもたちの専門的日本語教育を支援する「YSCグローバル・スクール」を運営する他、日本語を母語としない若者の自立就労支援に取り組む。現在までに35カ国、750名を超える子ども・若者を支援。日本語や文化の壁、いじめ、貧困などこうした子どもや若者が直面する課題を社会化するために、積極的な情報発信を行っている。2019年度、文科省「外国人児童生徒等の教育の充実に関する有識者会議」委員。
著書:海外ルーツの子ども支援 言葉・文化・制度を超えて共生へ
外国にルーツを持つ子どもたちをご支援ください!
YSCグローバル・スクールは原則として保護者の方よりいただく受講料で運営されていますが、スクールでのサポートを必要とする外国にルーツを持つ子どもたちのうち、約30%が困窮・外国人ひとり親世帯に暮らしており、経済的な負担が難しい状況です。こうした子どもたちが経済的な格差により日本語教育や学習支援機会へのアクセスが閉ざされてしまうことを防ぐために、「学内奨学金制度」を設置しております。
ぜひ、日本に生きるすべての海外ルーツの子ども達が安心して学び、日本社会へ巣立つことができるよう、プロジェクトへのご協力をお願いいたします!