「アプレンティスシップ」という言葉をご存知ですか?まだ日本では「聞いたことない」という方がほとんどかと思います。
「アプレンティス」(apprentice)は、「見習い」「訓練生」「徒弟」を意味します。実際に現場で働いて収入を得ながら、技術や知識、経験を積み、その分野の専門家や職人になっていく道を指しています。
これまでは徒弟制度として、製造業や建設業などの伝統的な分野に特化した人材育成の方法でしたが、「アプレンティスシップ」は、現代版アプレンティスとして、デジタル技術や医療などの様々な分野の仕事にも使える人材育成制度で、2017年よりイギリス政府が主導して広げています。
簡単にいえば「なりたい分野の仕事に見習いとして入り、収入を得ながら教育を受けて専門家をめざせる、学費を必要としない教育プログラム」といったところです。最近は、医師や弁護士などの高度な専門職に就けるアプレンティスシップ(degree apprentice)までつくられ、約600種類のアプレンティスシップが、若者たちに提供されています。
イギリスの若者の進路選択に革命を起こした「アプレンティスシップ」
イギリスの若者の進路を支援する非営利組織、UCASの新しい研究によれば(※)、2021年に高校レベルを卒業する若者の56%が、アプレンティスシップを進路先として選択肢にいれており、約22%がアプレンティスシップを選択すると答えています。
イギリスでもまだアプレンティスシップは新しく、社会的な地位が比較的低く見られたりすることもあります。
しかし、大学進学のように高い学費を必要としないので、教育ローンを借りる必要がありません。また、仕事で役立つ実践的な教育が現場と並行して学べるため、移民や労働者階級などで社会的に弱い立場におかれていた若者にも、高い専門性が必要とされる仕事につける道として人気が高まっています。
政府が大企業に課した負担金制度(ASA levy funds)も後押しし、大企業も積極的にアプレンティスシップを採用しています。
(イギリスで若者にキャリア教育を提供している「unlock」とのウェブミーティングの様子)
そしてこのアプレンティスシップは、EUやカナダ、アメリカなどにも広がっています。私はこの「アプレンティスシップ」を2021年のキャリア教育学会で知り、ピンとくるものがあり、2023年2月にイギリスを視察してきました。そして今、この「アプレンティスシップ」を日本にあわせて導入していくことが、日本の教育を変えていく方法だと考えています。
実際に働くと学びたくなるのはなぜなのか?
高校生や大学生のときは授業や講義へなかなか身が入らなかったのに、実際に卒業して働き始めると「あのときもっと学ぶべきだった」と後悔する人は多いのではないでしょうか。
私もその一人です。実際、働く中で興味をもったテーマで、大学等に入り直して学ぶ人も増えています。これはなぜでしょうか?
これは、大学や高校などで扱う抽象度が高い理論や知識、概念的な学びは、実際の社会の文脈(コンテキスト)から紡ぎ上げられたものであるからです。
実際に社会で働く経験や、その分野のナマの現実を感じたこともない若者には、どれだけわかりやすく解説してもいまいち具体的に伝わりません。それはスキーを滑ったことはおろか、雪山にのぼったこともない人にスキーを教えるようなものです。
より効果が上がる学習方法とは、「学びて時にこれを習う」の言葉通り、その教える知識や技術、理論が使われている現場で実際に働きながら、学ぶことにつきます。
「インターンシップ」と「アプレンティスシップ」の違いとは?
日本の大学や高校でもインターンシップが積極的に取り入れられるようになってきました。中には2ヶ月程度のインターン期間をカリキュラムに取り入れる大学も出てきました。
(介拓奨学生プログラム:介護福祉の業界でのアプレンティスの取り組み)
インターンシップは、学校等の学びが主であり、その補強のため現場体験(work experience)として通常は「無給」の条件にて行われるのに対し、アプレンティスシップは、現場に入って「有給」での働く(On-the-Job-training)ことに、学び(Off-the-job-training) を補強するという違いがあります。
言葉の意味としても、学校のカリキュラムから「intern」するということで「プログラム名」のことを指していますが、「apprentice」は職場のなかでの「訓練生」という立ち位置の人を指す言葉です。
いずれにしても、学校での学びと、現場での学びをよりバランスを整えていく動きとしては近しいものではあります。
大学授業料無償化に偏る政策が問題な3つの理由
政府は「多子世帯の大学授業料無償化」を打ち出しました。2025年度から所得制限を設けず、大学や専門学校等の高等教育の授業料と入学金を無償化するとしています。この政策は好意的に受け取られていますが、3つの問題をはらんでいます。
1)社会的不公平感を増大させる
がんばって支払って返している、または返した若者と、無償化の対象となったこれからの若者。多子世帯とそうでない世帯。多子世帯でも、第一子が扶養から外れたとたんに対象から外れるなど、社会的不公平感を増大させ、それが政府へのさらなる枠の拡大の要求へとつながったり、わざと留年や扶養にするなどのモラルハザードを起こしかねません。
2)政府の財政負担を増大させる
一人の無償化に、4年間で400万円程度の財政負担が政府に生じます。年間70万人ほどいる大学や専門学校進学者のどれぐらいを無償化できるのでしょうか?現在でも財政逼迫の中、高等教育の無償化は増税などの社会負担を増大させるものになります。貧困世帯の子どもの支援など、もっとバランスのよい施策が必要です。
3)高等教育が専門性や技術の獲得につながらず、社会的自立を遅らせるだけの負の影響も
政府の負担が高くても、高等教育に進めば社会的に自立し、技術的、専門性の高い若者の育成に成功するのであればよいのですが、目的意識が明確とはいえない進学者も多く、そのコストを社会的に負担することが、結果的に若者の社会的自立を遅らせるだけになる恐れもあります。
イギリスでは、高等教育のコストの問題、人材育成の問題に向き合った時に、現場の中で「働きながら学ぶ」というキャリアの整備に至ったそうです。アプレンティスとして働き、職に就いたイギリスの若者たちからも「働いて収入を得ながら、専門性を獲得していくアプレンティスの方がむしろ自然な気がする」という声が寄せられています。
少子高齢社会の日本は「超人手不足社会」に突入し、現場の技術の担い手不足が成長の足かせになっています。また、不登校や子どもの貧困の問題も深刻化しており、イギリスよりもこのアプレンティスシップの必要性は高いと考えています。
次回は、日本で「どうアプレンティスシップを導入していくか」について、日本における「働きながら学ぶ」キャリアの歴史も踏まえ、ご紹介します。