前回の記事では、イギリスから世界に広がる現代版の「アプレンティスシップ」について、そのメリットや可能性についてご紹介しました。今回は、この「アプレンティスシップ」を日本でどのように広げていけばよいかについて、日本のアプレンティスシップの歴史を踏まえ、私たちの提案と実践例を紹介します。
かつて全ての職業人は「アプレンティスシップ」で育成されていた
「アプレンティスシップ」を文字通りに訳すと「徒弟制度」になります。師匠に弟子入りし、食べさせてもらいながら一人前になるまで育ててもらう人材育成のことです。
わかる人にはわかる例ですが、映画「スターウォーズ」の世界で、ルークがマスター・ヨーダに出会って弟子入りする場面がありましたが、そのときヨーダは、オビワンの弟子という表現に「アプレンティス」という言葉を使っていました(後にはパダワンという言葉になりましたが)。
現在でも、宮大工や伝統的な職人、歌舞伎や人形浄瑠璃、落語や講談など、伝統芸能の世界は徒弟制度での人材育成が行われています。
「学校」が当たり前でなかった時代は、すべての職業人が徒弟制度で育成されることが普通でした。それが明治以降になると、義務教育が制度化されました。すべての子どもが学校に集められ教育されるようになってから、この徒弟制度は限定した世界でしか使われなくなってきています。
漫才などのお笑い芸人は、かつては徒弟制度で育成されていましたが、最近は芸人になりたい人が学費を払ってお笑い養成所に入り、そこから育成していく方法が主流に変わっています。
このような変化があらゆる職業人に起こったのが、明治以降の150年であったといえます。学校化が徒弟制度を崩壊させたともいえます。
学校化がもたらした職業選択の自由と副作用
この学校化は、商人は商人、農家は農家と生まれた家によって選べる職業が決まっていた時代から、学校に行ってからの学びによって職業を選択できる自由を生み出しました。
しかし、学校が小・中学校の義務教育だけでなく、高等学校までほぼ当たり前のものになったことでの副作用も生まれてきました。
それは学校の世界がリアルな社会・仕事と切り離されたことで、「何のために学ぶのか?」「自分は何になりたいのか?」などの学びの意味を、子どもたちが感じられにくい環境になったことです。
社会で働くことは、成果を出したり収入を増やすために学びと成長が必要であることが、直感的にわかる体験に満ちています。学校化は、こうした現場がもつ自然な教育力を失うことにもつながっています。
そのためキャリア教育が必要となり、インターンシップ等の社会体験を学校に導入していくのは、リアルな社会の教育力を取り戻していくこととも言えます。
また、学校化のもうひとつの問題は、学校を運営するためのコストです。義務教育段階は、国がそのコストを負担する形でよいと思います。しかし、一度学校に集められた子どもたちが様々な職業の世界に移行していくための学びについて、「そのコストを誰が負担するのか?」という問題が生じます。
学校での学びは、学費として「なりたい人」が負担するのが通例です。しかし徒弟制度においては、その世界で一人前になりたい人を、その職人の職場が教育コストを負担する代わりに、労働力を提供することで成り立っています。すなわち、若者たちの教育コストは社会が負担していたということです。
今、世界で大きな変化を起こしている「アプレンティスシップ」とは、現場がもつ教育力を生かしながら教育コストの問題を若者の負担にさせず、現代社会にマッチした形で「再発明」したと言えます。すなわち、これから必要とされる「アプレンティスシップ」とは、もはや「徒弟制度」とは似て非なるものであり、「学び」と「働く」ことをバランスよく組み合わせた人材育成の仕組みなのです。
学校化が行き過ぎたことの弊害を解決する
では、「アプレンティスシップ」を日本でどのように広げていくべきでしょうか?
実は日本でも、イギリス型のアプレンティスシップが、高校卒業後の高等教育の代替の選択肢として、中央教育審議会(中教審)で検討されたこともありました。(2018年9月18日:中央教育審議会 大学分科会 制度・教育改革ワーキンググループ)
NPO法人ETICの当時代表であった宮城治男氏が、大学などの高等教育と連携し、編入なども可能な「アプレンティスシップ」の導入について提言を行っていました。しかし、大学などの学びを代替・リンクしていく点に議論が集中し、当時はまだイギリスでも大きく広がる途中であったこともあり、意見が採用されるところまでは行きませんでした。
「アプレンティスシップ」の議論の本質は、「働くこと」の教育力を若者が育つプロセスに自然に組み込むことで、「学校化」が行き過ぎたことの弊害を解決していくことにあります。
その意味で、高校卒業後の代替としての「アプレンティスシップ」は実装のひとつの形でしかなく、それが大学等への編入できるかどうかも付随する論点でしかありません。
高校生の段階から「アプレンティスシップ」を導入することが重要
日本の特徴的な状況を解決する上での「アプレンティスシップ」の導入には、もう一つのポイントがあります。それが「高校生」の段階、すなわち16歳から18歳の段階における「アプレンティスシップ」です。
日本は、高校生のアルバイトを禁止していたり、許可制であっても、生活困窮などの特別な事情がなければ許可されない、世界的にも特殊な状況にあります。従って、OECD PISA 2015の調査でも、高校生のアルバイトは韓国に続いて低いランクにあります。
欧米は、高校生でのアルバイトは、社会性・自立心を身に付ける上で重要であると、成績が上位の学校でもむしろ推奨されています。履歴書上で、高校時代にアルバイトをひとつもしていないと、何か問題があった子ではないかと思われてしまうとも言います。
なぜ、高校においてアルバイトを禁止しているのでしょうか。明確な行政上の理由は述べられていないことが多いですが、学校での学びを大事にすべきでアルバイトは学びの害になること、ブラックバイト等の悪い就労の被害にあわせないこと、の2点におそらく集約されます。つまり、「学校での学び=善」「実社会で働く学び=悪」の単純な図式の理解にとどまっているのです。
すなわち、高校生の段階から「アプレンティスシップ」を導入することで、学びの目的がはっきりし、学業との両立が前提の働き方ができるようになります。高校卒業後の進路の代替としての「アプレンティスシップ」より導入の障壁は低く、高校卒業後の進路選択を具体的な体験に基づき決められるようにもなります。
折しも、不登校などの問題が広がり、それに伴い通信制高校を選択する高校生が大幅に増加している現在、昼間の時間を持て余している高校生も増加しています。単に時間を切り売りするアルバイトではなく、将来につながる学びと収入を両立させる「アプレンティスシップ」の機会が増えれば、とても貴重な経験と能力の向上が見込めます。
また、新たに将来の担い手・技術者・専門家につながる育成ができる仕組みになれば、担い手不足の業界などの企業のニーズも高いはずです。
実際に、2022年からスタートした介護福祉業界での「介拓奨学生プログラム」は、高校生から始まるアプレンティスシップとして注目が集まっています。高校生が初任者研修を無料で取得し、その後介護福祉業界で働いてキャリアを積んでいます。その経験を生かした進学をしたり、就職したりする生徒も生まれています。
(介拓奨学生プログラム:介護福祉の業界でのアプレンティスの取り組み)
日本版アプレンティスシップの導入に向けて
私たちの日本における「アプレンティスシップ」の提案をまとめると、高校の学びと並行して行うアプレンティスシップを「アプレンティスシップI」。高校卒業後の進路の代替として、イギリス等のように選択できるアプレンティスシップを「アプレンティスII」として、それぞれ議論と実践を積み重ねて導入すべき時と考えています。
私たちは、経済産業省の令和5年度「未来の教室」実証事業のひとつとして、この「アプレンティスシップ」の社会実装を試みています。そのなかでIT業界の高校生の「アプレンティスシップ」などの実践を行っています。
かつては日本も「養成工」として、高校に行きながら高校の資格を取得する制度によって、高度成長時代を担う人材育成を支えている時代がありました。少子化でひとりの若者が貴重な存在になっている今、現場の教育力を生かし、専門家になっていくための古くて新しい道を、学校と社会が連携して切り拓いていく時代なのです。