私は、久波孝典(くばたかのり)と申します。私は小学5年生から高校卒業するまでを児童養護施設で過ごし、現在は奨学金をいただいて夜間の大学に通っています。
育った環境によって、自分のように精神的・経済的に苦しい思いをしている子どもを1人でも少なくしたいと考え、2014年の春から公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンの学生インターンとして、事務局の仕事をしています。また、2015年6月からは一般財団法人子どもの貧困対策センターあすのばの理事も務めています。
「子どもの貧困」という言葉が広まり、社会問題として認識されていく昨今。精神的・経済的に困難を抱える子どもたちへの今後の支援の在り方について、自らの経験から皆さんにお願いしたいことがあります。
児童福祉法改正だけでは乗り越えられない「巨大な壁」
現在、児童福祉法に改正の動きがあることをご存知でしょうか?
児童養護施設や里親家庭で生活できる年齢を、現行の18歳未満から20歳あるいは22歳未満に引き上げるべきだとの意見が広がり、児童養護施設で思春期を過ごした私としてもこの動きを賛同しています。しかしその一方で、この年齢引き上げが児童一人ひとりの人生を豊かにするためのものであるならば、これだけではその有効性が低いように感じています。
複雑な家庭環境や経済的に厳しい状況にある児童は、日常の様々な場面でネガティブな影響を受け、あらゆる意欲が減退せざるを得ない状況にあります。
先ほど題材に挙げた児童養護施設の在籍児・退所児の大学や専門学校への進学率が、全国平均の76.9%に対して22.6%とおよそ半分以下となってしまうのは、進学にかかる学費やその間の生活費等の問題に対して自分では到底乗り越えることができない「巨大な壁」と認識してしまい、そこから意欲を出し難い状況が背景にあるのではないでしょうか?
他ならぬ私自身も大学進学を夢見ながら一度は進学を諦めた一人でありました。それは施設退所者が進学を志す際に必要な、奨学金集めも受験勉強も同時に行うために必要な「とてつもない意欲」がなかったことが原因に挙げられますが、それだけではありません。もう少し私の経験を記したいと思います。
将来の選択肢が存在しないという現実
前述の通り、私は小学5年生から高校卒業までの約7年間を児童養護施設で過ごしました。高校卒業の時期ともなれば、明確な進路や就職先が決まっていることが一般的かと思われます。しかし、私は進路未定のまま卒業し、さらにそれまで生活してきた施設も退所することになるというお先真っ暗の状態でした。
このような状況になった原因は、「巨大な壁」に対する無力感から、将来に対しての希望を持てなくなったからだと思っています。進路について周囲と同じように自分も考えたとしても、高卒でできる仕事はごく僅かで限られ、収入面に納得がいかなかったため、就職に対する意欲は湧きませんでした。
特にやりたいことも見つかっていないけれど「進学したい」という希望を叶えるには、経済的な面で「巨大な壁」を実感させられ、そして、それを乗り越えるためには「とてつもない意欲」が必要だと実感させられました。
私は「児童福祉に恩返しがしたい」という想いはありながらも、それは「巨大な壁」に立ち向かう原動力になるほどの動機にはなりませんでした。こういった時に一般家庭の子が選べる「何をしたいか考えるための進学」という選択肢は、自分には存在しないことを思い知らされました。
困っていることを人に相談し、協力を得るということ
自分自身が困難に直面した際の解決方法を知らずに諦める、あるいは努力することを辞めてしまうということは、複雑な家庭環境や経済的に厳しい環境に置かれている子どもたちに頻繁に起こっている状況だと思います。こうした環境下にいる子どもたちは、自分の可能性が限定されていることを最初から自分の運命として受け入れている子どももいるのではないでしょうか?
その後、私は人とのつながりに恵まれたおかげで意欲面での問題をクリアし、大学受験を目指しましたが、その時点で未だ残る経済面での課題は奨学金で賄えるかどうかわからないままでした。
私が当時入所していた自立援助ホームの職員さんや以前入所していた児童養護施設の職員さんにこの状況をお話すると、学費と生活費の試算やそこからいくらの奨学金を集める必要があるのか、施設退所者向けの奨学金制度は何があるかを徹底的に調べてくださいました。
おかげで勉強に集中し、申請書類を期限までに整えるだけで、「巨大な壁」を前に一度は諦めた進学を達成することができました。そして、卒業さえすれば返済義務の生じない給付型奨学金のみでやりくりできる状況にもなりました。
私は児童養護施設を退所する時、職員のみなさんに「助けてと言える人になれ!」と口うるさく言われていました。それは「助けて!」と言うことで、何に悩んでいるのかを吐き出させ、どういった協力ができるかということを把握しようとしてくれたからだと思います。それを理解することができて初めて、困っていることを人に相談し、協力を得ていくことが問題解決につながるということを学ぶことができました。
私はここで学んだ経験を現在でも大切にしており、自分の状況だけでなく身近な友人が困っている際にも、「自分に出来ることはもっと解決に繋がりそうな人を紹介すること」だと応用して行動することができるに至っています。
(国内の子どもの貧困問題に取り組んでいるチャンス・フォー・チルドレンで働く久波孝典さん)
自分だけで問題を抱えず、「助けて!」と言える人になれ
児童養護施設退所者に限れば、私のように給付型奨学金を借りるだけで、学費面だけは工面できる状況になっています。
もちろん、児童養護施設退所者に限らず他の「子どもの貧困」の壁に当たっている子どもたちも同様のサポートを受けられ、退所者からも自分の希望する進路選択ができた人が何人も出てくることが大きな理想であり、経済的な支援はこれまで以上に必要です。
しかしながら、それでも、支援制度ができていく一方で、困難を抱える子どもたちが意欲を持てないという状況はとてももったいないことです。
こうした子どもたちが、自らの人生を積極的に選択して生きるようになるには、「困っていることを人に相談して、解決のために人の協力を得ていく」ことをいち早く知り、自らが経験することが重要です。そうした体験の中で、自分が望む状況を作るための術を得ていくことが大切なのではないかと感じています。
このプロセス自体は当たり前のことだと考えられる方が多いと思います。それがそんなに重要なのかと思われるかもしれませんが、複雑な家庭環境や経済的に厳しい環境に置かれている中で、全てを自らの問題であると思い込んでしまいやすいのもそうした子どもたちの特徴です。
「困ったことがあったら頼っていいんだ」と認識することが、将来への積極的な選択につながっていくではないのでしょうか?
もちろん、これは児童福祉法改正の問題だけでなく、インターンをしているチャンス・フォー・チルドレンが取り組む「子どもの貧困」問題にも共通していると思います。
複雑な家庭環境や経済的に厳しい環境に置かれている子どもたちは、その後の人生に対して選択肢の少なさから閉塞的になり、現状では「とてつもない意欲」がないと自らの意志で選択して歩む人生を送ることができないのだと思います。
私は、社会でこうした子どもたちに対して、少しでも力になろうとしている支援者の方々に対して、ぜひ、「助けてと言える人になれ」と言い続けてほしいと強く感じています。こうした子どもたちは、自分ではどうしようもない原因が絡んでいようとも自分の問題を吐き出さずに内在化させてしまいやすいのです。
「どんなことに困っているのか」、「どんな人にどんな協力を求めれば解決に近づくのか」という当たり前の「困っている時の解決法」を知らずに、閉塞感に歯止めが利かなくなる子ども達がたくさんいます。
そこで「助けてと言える人になれ」と言い続け、人に頼る経験をすることで自身の課題を解決し、少ない選択肢から嫌々決める消極的な人生ではなく、様々な選択肢からやりたいことを選択していく積極的な人生を歩むことができるようになるのではないでしょうか?
私自身もそうした子どもたちを増やしていくことができるように、頑張っていきたいと思います。
公益財団法人子どもの貧困対策センターあすのば・理事、公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン・学生インターン