みなさんは、「エラーレスラーニング」という言葉を知っていますか?日本語に訳すと、「無誤学習・誤りなし学習」。その名の通り、「誤りや失敗をさせない」学習方法です。
この方法は、発達障害のあるお子さんの療育や、記憶障害の患者さんなどへのリハビリテーション分野など、幅広く活用されてきました。この記事で伝えたいのは、「学び手は常に正しい」という、応用行動分析学という心理学の基本的なスタンスです。
この考え方を軸に、エラーレスラーニングの活用を通じて、「子どもの成功体験をデザインする」ノウハウをご紹介していきたいと思います。
「手助けフェーディング型」と「スモールステップ型」
これは、エラーレスラーニングを解説した動画です。子どもが上着を着る練習をしていますが、最初は上着から顔や手を通すところまで一通り手伝います。その後、子ども自身で顔や手を通せるように補助し、あたかも一人でできたかのように褒めます。徐々に、順を追って、手助けの量を減らしていきます。
他にも積み木や人形などで練習する例もありますが、ここでも最初は全てのステップを手伝い、徐々に手助けの量を減らしています。
エラーレスラーニングには大きく分けて、
1.手助けフェーディング型:最初から十分な手助けヒントをあたえ、成功体験に導きながら徐々に減らしていく
2.スモールステップ型:必ず達成できる課題設定から始め徐々に難易度をあげていく
の2つの方法があります。上記の具体例は、「手助けフェーディング型」と言えるでしょう。
「自分でやりたい!」という気持ちが芽生えてきているお子さんの場合は、手助けそのものを嫌がることもありますよね。
手助けなしでも頑張って取り組んで、「達成できた!」という経験につながればそれはパーフェクトですが、困るのは、「手助けはいや!でもうまくいかない!」という状況に陥り、自信を無くしてしまったり、怒ってしまったり、強い苦手意識をもってしまったりすることです。
そういう場合には、「スモールステップ型」の方法を試してみましょう。分かりやすい手助けをするのではなく、環境や教材そのものをエラーレスに設定するというイメージです。
ファスナーをあげる練習であれば、首くらいまでファスナーをあげた状態で、上からかぶせて着せ、あとは自分でファスナーをあげてもらう、などがあげられます。
色のマッチングであれば、例のように積み木と動物から始めるのではなく、色を塗った割りばしや紙コップを教材に使って、重なるものと重ならないものに分ける練習から始める、などです。
これらの手法をうまく活用すると、子どもは新しいことや苦手なことにチャレンジする場合もこまめに成功体験を積んで、達成感を感じることができる、という利点があります。ポイントは、一人で出来たかのようなさりげない手助けを行うこと、できた場合にはしっかりと褒めてあげることです。
いずれの場合も、お子さんがどの段階でつまずいていて、どの段階だったらできるのか、という点を最初によく観察しておくことが重要です。ファスナーの下部の金具をはめるところだけにつまずいているのであれば、その一歩手前から練習を始めましょう。すでにできているステップから練習を始めて褒めることで、達成感と自信をつけてもらうことが成功の秘訣です。
「失敗から学ぶ経験」は必要なのか?
「エラーレスラーニングが重要」というお話をすると、「失敗に弱いこどもになりませんか?」「困難を乗り越える力がつかないのでは?」「社会にでたらそうはいかないのでは?」といった疑問をよく耳にします。
エラーレスラーニングと対になる概念として、試行錯誤型の学習があげられるでしょう。「自分でトライ&エラーをして、その中で学びをつかんでいく」どちらかというと、こちらに理想的な学びを見出してしまう方も多いのではないでしょうか。
しかし、試行錯誤で学ぶためには、間違っても別の手段が選択できる行動レパートリーの広さ、そして学ぶことがらへの動機づけの高さ、成功体験に裏打ちされた自信や自己肯定感、などがとても重要になります。
この基盤がしっかりしているかを見極めないまま関わってしまうと、結果的にエラー&エラーの状態を作りだしてしまい、お子さんにとってしんどい状況になりかねません。以下に、授業中に立ち歩く中学生のお子さんの例をあげてみましょう。
このお子さんは、授業中にしょっちゅう立ち歩いては、先生に叱られています。友達にちょっかいを出しては、うっとおしがられています。席に座っていたとしてもぼーっとしていたり、消しゴムや鉛筆をいじったりしており、宿題や、授業中の課題にもほとんど手を付けません。
先生は、「座りなさい」「しっかり授業を聞きなさい」と繰り返し注意をしますが、10分もすると教室を出て行ってしまうこともあります。先生は叱ってつれ戻すため、授業を中断することもしょっちゅうで、口論のようになってしまうことも多いです。毎日、同じようなことが繰り返されており、周りの生徒も困っています。
このケース、先生は、叱って、すべきことを繰り返し伝えていますが、お子さんは立ち歩きや教室から出ることをつづけ、叱られるばかりで成功体験を積む機会がありません。授業や学習そのものへの意欲も低下しているようです。ある意味、試行錯誤の結果、「エラー&エラー」を重ねている状態と言えます。
この事例について、「スモールステップ型」での支援をご紹介しましょう。ステップ1は、いつ出て行ってもよいが、「えんぴつを回す」という退出のサインを決め、出ていく際に行う、という目標です。
「出て行ってもいいの」と意外に思われるかもしれませんが、すでに出来ている一歩前のステップから支援を始める、というのはエラーレスラーニングの大原則です。さらにここで「先生に意思を伝え、認められた」という適切なコミュニケーションの成功体験がつめるという点も、その後の信頼関係において非常に重要です。
ここが安定したら、ステップ2では「10分教室にいれば退出OK」という目標に移行し、10分いられたら退出しても褒めます。ただ褒めるのではなく、目標を達成出来たら、ご褒美として、保健室や図書室など本人がいたい場所を選んでOKというルールを決めることも重要です。
安定して10分は教室にいられるようになったら、本人と相談して少しずつ時間を伸ばしてくことができるでしょう。
この事例でもう1つ気を付けなければいけないのは、授業に対する動機づけそのものを高めるために、お子さんが授業の内容を理解できているか、興味のあることは何か、などをきちんとリサーチして教え方に取り入れることです。
授業内容が分かるようにこまめに手助けを入れたり、難易度を下げたり、興味のあるものを題材に取り入れたりしながら、教室にいる時点からこまめに褒めて注目を与えてあげるとよいでしょう。
もし、他のお子さんから「ずるい!」という声があがったら・・・それはぜひ、良い教育の機会ととらえて、みんなにとって、自分にとってどんな社会がよいのか、ダイバーシティとは何か、議論して欲しいと思います。
学び手は、いつも正しい。変わるべきは教え手の方
さて、先ほどの事例のような状況、珍しくないだろうな・・・と思われた方。興味深い研究をご紹介しましょう。
White(1985)は、小学1年〜高校3年までの担任教師104名に対して、生徒への「是認(褒め言葉や励まし)」と「否認(批判や叱責)」の自然生起率を観察しました。その結果、
1.教師の褒め言葉の生起率は、学年進行とともに低下する
2.小学2年以上のすべての学年で、是認よりも否認の生起率が上回る
ということが分かったのです。
このように、批判や叱責という関わりは、「教える」場面においてデフォルトになりがちであると言えます。
デフォルトの関わりで、お子さんが自ら試行錯誤で学んでいける場合は、それでも良いでしょう。しかし、お子さんがうまく学べていない時や行動が変化しない時は、「学び手はいつも正しい」という言葉を思い出してください。
「何かを教えた」ということと、「学び手にそれが伝わり、学べたか」は全く別の次元の事実であり、教育や支援の結果としては常に後者が重視されるべきです。お子さんの成功体験をどう作り出し、学びをデザインするかを考え、変わるべきは教え手の方なのです。
最後に、まとめです。
◆エラーレスラーニングは「誤りや失敗をさせない」学習法
◆エラーレスラーニングには、「手助けフェーディング型」や「スモールステップ型」がある
◆「失敗から学ぶ」には、それまでの成功体験や行動レパートリーの蓄積が必要
◆学び手は常に正しい。教え手は、学び手に合わせて変わろう
キーワード:行動レパートリー、行動分析学、エラーレスラーニング、無誤学習
NPO法人ADDS共同代表、慶應義塾大学社会学研究科訪問研究員・博士(心理学)慶應義塾大学大学院心理学専攻博士課程修了。
専門領域:応用行動分析、前言語期コミュニケーション、発達心理学に基づく発達障害児の早期療育、ペアレントトレーニング、療育と育児ストレスとの関連、人材育成プログラム開発など
保護者が家庭でできる療育プログラムの研究開発と効果検証を進め、28年度科学技術振興機構研究開発成果実装支援プログラムに最年少で採択。「エビデンスに基づいて保護者とともに取り組む発達障害児の早期療育モデル」の責任者として全国で療育モデルの実装に取り組む。
著書:「できる」が増える!「困った行動」が減る! 発達障害の子への言葉かけ事典
「できる」が増える!「困った行動」が減る! 発達障害の子への言葉かけ事典
療育現場や親御さんの間で、絶大な効果があると今、大評判!画期的方法論ABA(応用行動分析学)をもとに、その子の特性に合わせた教え方、伝え方を大公開!
本書ではこのABAをもとに、様々な声かけやアイデアをご紹介していきます。著者の2人は、これまで約20年にわたり、現場で実際に取り組み培ってきたプロ中のプロ。あらゆる状況を想定した、そのノウハウはどれも説得力があるものであり、かつ、効果があるものばかりです。