従来の知識偏重型の教育から多面的な能力を評価する大学入試改革が進んでいます。「もう数学や英語を勉強しなくて良い」ということではなく、いわゆる基礎教育・各教科の学習が不要になるということではありません。
今後、入試とは別に高校生が自らの学習到達度を確認するため、各段階の学力を測る「高等学校基礎学力テスト(仮称)」が行われることにもなっています。基礎学力がしっかり身についているかということに加えて、「思考力・判断力・表現力」や「主体性・多様性・協働性」を評価されるということです。
子ども達からすれば、「またやること増えるのかよ」という声が聞こえてきそうです。本当にその通りです。
中学受験、高校受験、大学受験のために、放課後や週末に塾や予備校で長時間残業のように学習させていることに疑問を感じるべきです。「長く勉強すれば良い」「頑張りが足りない」という精神論的な話で学力が伸びれば誰も苦労しません。
企業・行政では、効率化・合理化を進め、ワークライフバランスを大切にするという方向で進んでいますが、「授業時間の増加=学力向上」という全く根拠のない神話が未だに信じられ、子ども達の世界は逆行しているわけです。
不思議なことは、何十年も基礎教育・各教科の学習が行われているにも関わらず、効率化されることなく、昔と大差のない教育が行われていることです。「昔は10時間かけて学んでいたことが、今は1時間で効率的に学べるようになった」となっているべきなのです。
各教科の学習時間が短くなり、「アクティブラーニング」のような社会で生きていくために必要となる多面的な力を育むことに時間をかけられるようになる必要があります。
では、これからの時代は、それがどのように可能になっていくのでしょうか?また、今後、教師・講師の役割はどのように変わっていくのでしょうか?
ICTとビッグデータが可能とする「アダプティブ・ラーニング」
「英語は得意だけど数学は苦手」「化学はできるけど日本史は苦手」というよう に、得意不得意は人それぞれです。もっと言えば、「数学の計算問題は得意だけど証明問題は苦手」「英語の英訳は得意だけど英作文は苦手」というように、教 科の中でも得手不得手な箇所はそれぞれ違います。また、学習者にとってもいつどのような形で学ぶのが、一番身につきやすいのかもそれぞれ違います。
一人ひとりの得手不得手に適した形で学習することが一番効率的に学習でき、一斉授業・指導では習熟度別の対応が限界であり、個人に合わせた授業や指導というのは現実的には難しくなります。「個人に最適化した学習」をアダプティブ・ラーニングと言います。それぞれの学び手に応じて適切な内容、適切なスピードで進める学習モデルです。
こういったアダプティブ・ラーニングは、ICTの活用やビッグデータの分析から実現しています。「すらら」や「受験サプリ」などPCやスマートフォンからオンラインでいつでもどこでも授業が受けられる時代です。
単純にオンラインで動画が見られる時代から学習者のデータを分析しながら、最適な課題や動画などのコンテンツが提供される時代に進化しています。膨大な学習者のデータを分析することで、コツコツ型や一気集中型など 自分のタイプからいつどれくらいどのような勉強していけば良いかもアドバイスを得ることができます。
一見すると「既存の学校や教員には受け入れられないもの」のように思われてしまうかもしれませんが、こういったICTを活用したアダプティブ・ラーニングを推進している学校も増えています。
「受験サプリ」はすでに700の高校で導入されています。学校側の管理画面では、生徒一人ひとりの得意な箇所や苦手な箇所を詳細にグラフィックに見ること ができ、学習の進捗管理やアドバイスに役立っているそうです。
今後、行われる予定の学習到達度を確認するテストなどでは、各教科・各段階での理解度・定着度 を細かくチェックしていくことになり、こういったICTのシステムは生徒の状態を正確に把握するためにも有意義です。
オンラインで見ることができる授業の動画は、一度、撮影して終わりということはありません。生徒がどのタイミングで動画を止めたり、離脱したかも詳しくデータを得ることができるので、何度も繰り返し授業を改善して撮りなおしているそうです。
これからは、運営事業者が選定した講師以外にも、自薦・他薦で各学校の教師が動画を投稿できるようにもなり、プラットフォーム化させていくようです。この勢いは、今後、さらに加速していくと思われます。
次のステージに進む教員の役割
アダプティブ・ラーニングが発展するにつれて、学校教員の役割も変化します。「学校教員は要らなくなるんじゃないか?」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。
基礎教育・各教科の学習などの指導は、教員が少数精鋭化されていくでしょう。しかしながら、双方向的で複雑なコミュニケーションが必要となり、直接的な働きかけが必要となるアクティブ・ラーニングは、教員でないとできないことです。
世界一多忙な先生と言われる日本の学校教員ですが、教員として取り組む べきことを取捨選択し、ICTに任せるべきところは任せて、次の教育ステージへ進むべきだと思います。
そのため、教員自身も次の教育手法を新たに学んでいく必要がありますが、社会人経験のある教員が活躍できる内容でもあります。私は生徒にとっても教員にとっても理にかなった本質的なイノベーションだと思います。
何十年も前と同じような学習方法や教育指導をしているということは、ガラパゴス状態で進化していないということです。社会の変化に応じて学ぶべきことも多様化しており、旧来のやり方のうえに追加していっても長時間化や生産性の低下を招くだけです。新しいことを入れるのであれば、やめることも同時並行で増やしていくべきなのです。
今から5年、10年後の子ども達に「受験勉強って何?」「昔の子どもは大変だったんだね」と言われるような時代がくるのかもしれません。学校内外問わず社会で活躍できる本質的な力を身につけられる教育に変わっていくことを願ってやみません。
本記事は、岩切準が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報を毎月ご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。