「ゲームは子どもに悪影響?」「子どもは誉めて育てるべき?」「子どもに勉強させるためにご褒美で釣るのはダメ?」そんな問いに対して、テレビのコメンテーターが自分自身や子育て経験を基に語っている場面を多くの人は目にしているのではないだろうか?「一億総なんちゃって教育評論家」と言われるほど、教育を評論する人は多い。
教育を全く受けたことがない人はいないので、誰でもある程度、自分の経験則に基づいて教育の良し悪しを語ることができる。
しかしながら、その良し悪しの判断がその他の大勢の子どもや若者にも当てはまるのかというとなんとも怪しい話である。多くの人が受ける教育政策が決定者の経験則や思い込みで決められているとしたらこれほど怖いことはない。
経済協力開発機構(OECD)の調査では、日本の教育への公的支出は、比較できる加盟32カ国中最下位レベル。
もっと子どもや若者の教育に税金を投じていくべきだという意見は多く聞かれる一方で、1,000兆円を超える借金のある日本で教育に関する予算が飛躍的に増加する可能性は低い。家計の中でも「教育費は聖域」と呼ばれた時代があったが、そうも言ってられないというのが多くの家庭の現状ではないだろうか?
国としても家庭としても子どもや若者の教育により多くのお金をかけていける越したことはない。しかし、まず限られた費用の中で、最大限の価値があるものは何かという費用対効果を考えていく方が先である。
費用対効果の高い教育政策や方法を見出すことは、後で教育費をよりかけられるようになった時もプラスになることは間違いない。
本当に効果があるのか教育を科学する!
正にそういったなんとなくの教育から科学的な根拠に基づいて教育を行っていくべきだと切り込んだ幼児教育の経済学や「学力」の経済学の二冊が今、大変な評判となっている。
教育関係者はもちろんこと、子育て中の親世代やビジネスマンなど広く受け入れられているようだ。この二冊の本がほぼ同時期に発刊されていることは偶然ではなく、それだけ今の社会に求められている内容だということだ。
幼児教育の経済学は、ノーベル賞学者であるジェームズ・J・ヘックマンが40年以上に渡って子どもにどのような影響があったのか追跡調査を中心に幼児期における教育の重要性を説いている。
各分野の10人の専門家が著者の論文の賛否について、多様な視点で評論している内容もとても興味深い。また、「学力」の経済学では、慶應義塾大学の教育経済学者である中室牧子氏が様々な教育に関する疑問に対して、これまで得られている最新の科学的な研究データを用いて答えている。特に専門的な知識がなくてもわかりやすいように、とても平易な文章で説明している。
まず、「学力」の経済学で全般的な知識を得て、より専門的に知りたいと思ったら幼児教育の経済学を読まれると良い。
日本でも社会実験を推進するべき
私自身、大学・大学院と社会心理学を専攻し、多くの調査や実験を目にしてきた。特に調査は、因果関係を示す内容ではないにも関わらず、あたかも原因と結果を明らかにしたように多々述べられているのには驚くばかりだ。
因果関係を明らかにするためには、必ず実験が必要となる。それができなければ、いくら相関関係を示す調査研究を重ねたところで机上の空論でしかない。
日本は、社会科学の研究においては、明らかに後進国である。なぜならば、社会実験がほとんど許容されず、研究が進まないのである。
私自身も大学院時代の研究では、欧米の研究環境と日本の研究環境の違いに苦悩した。特に教育分野となれば、「人体実験ではないか?」という批判も多く寄せられる。実験というのは、倫理的に問題が起きないように、対応策も一緒に講ずることが当たり前なのでそんなことはない。どうしたらより効率的で公平な政策や方法を見いだせるか関係機関が一丸となるべきだ。
こういった研究の実状もあり、「学力」の経済学の知見のほとんどが海外の研究である。もちろん、「この結果が日本でも当てはまるのか?」という問いは当然だと思うが、その是非すらわからないのが現状だ。
欧米と日本の文化差は必ずあり、教育全般のインフラが他国よりも優れていと言われる日本で、同様の結果が示せるのかとても興味深い。いずれにしても、これからの日本での社会実験の推進は、不可欠であることは間違いない。
「学力」の経済学:中室牧子
「データ」に基づき教育を経済学的な手法で分析する教育経済学は、「成功する教育・子育て」についてさまざまな貴重な知見を積み上げてきた。そしてその知見は、「教育評論家」や「子育てに成功した親」が個人の経験から述べる主観的な意見よりも、よっぽど価値がある―むしろ、「知っておかないともったいないこと」ですらあるだろう。本書は、「ゲームが子どもに与える影響」から「少人数学級の効果」まで、今まで「思い込み」で語られてきた教育の効果を、科学的根拠から解き明かした画期的な一冊である。
幼児教育の経済学:ジェームズ・J・ヘックマン
なぜ、幼少期に積極的に教育すべきなのか?幼少期に適切な働きかけがないと、どうなるのか?早い時期からの教育で、人生がどう変わるのか?子供の人生を豊かにし、効率性と公平性を同時に達成できる教育を、経済学の世界的権威が徹底的に議論する。
成功する子 失敗する子―何が「その後の人生」を決めるのか : ポール・タフ
人生における「成功」とは何か?好奇心に満ち、どんな困難にも負けず、なによりも「幸せ」をつかむために、子供たちはどんな力を身につければいいのだろう?神経科学、経済学、心理学…最新科学から導き出された一つの「答え」とは―?アメリカ最新教育理論。
本記事は、岩切準が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報を毎月ご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。