島根県隠岐島前。日本で最も過疎が進んでいる島根県の、さらに離島であるこの地域は、少子化・過疎化・高齢化など、日本の多くの地域がこれから直面していく課題を先取りしている地域、いわゆる「課題先進地」です。しかし今、この地域は、教育を魅力化することで島の再興を図る取り組みによって、全国から注目を集めています。
去る2月6日~8日の3日間、「EDUTRIP in 島根・隠岐」という教育視察ツアーが催行されました。Demoが企画している「EDUTRIP」は、国内外の多種多様な教育現場を訪れる旅(視察・宿泊型の研修)です。
現場にお邪魔し、直接その空気に触れ、さらに現地の子どもたちや教育関係者の皆さんと交流します。その場所に根ざした独自の教育のかたちに触れ、さらに参加者同士で対話を重ねることで、「自分自身の教育観」をつくっていく機会をつくることが主要なコンセプトです。
この記事では「EDUTRIP in 島根・隠岐」の様子をレポートしながら、隠岐・海士町の教育魅力化の取り組みを紹介したいと思います。
地域総がかりで支援する学びの場「隠岐國学習センター」へ
今回の参加者は12名。現役の学校の先生や、教育関係の仕事を志す学生、NPOで活動している方など、主に20~30代のメンバーです。朝早くに集合し、本土の七類港から4時間かけて隠岐島前の海士町(あまちょう)へ向かいます。出発した時は曇っていた空も、だんだんと晴れ間が見えてきました。風も強くなく、フェリーの上はとても快適。海と空が青く、最高に気持ちいい。
海士町に到着後、まずは「隠岐國学習センター」へ。ここは、隠岐島前高校と連携している公立塾で、生徒たちそれぞれの自己実現を地域総がかりで支援する学びの場として設立された機関です。まずは、隠岐島前で10年前から取り組みが始まり、今では全国から注目を浴びている「教育魅力化プロジェクト」について、魅力化コーディネーターの大野佳祐さんにお話を伺います。
全国から注目を集める「教育魅力化プロジェクト」とは?
生徒数の減少・教員数の減少・学校の魅力減少という負の連鎖が起こり、隠岐島前高校は廃校の危機に瀕していました。
「島には本土から来たくない先生が来て、3年経ったらいなくなる」「島の子は満足な教育は受けられん。進学できん」。そんなことが当たり前に語られてしまう状況で、平成20年時点の入学者は28名。21名を切ると、統廃合の検討対象になってしまう、という状況でした。
地方で高校がなくなることの持つ意味は、単純ではありません。高校がなくなれば、中学を卒業した子たちは島外へ出て行ってしまいます。そうなると15歳以上の子どもたちが島からいなくなってしまう。ひいては、子どもがいる世帯が島から流出する。そして、遠くない将来、島から人がいなくなる・・・。
つまり高校の存続問題は、島そのものの存続問題に直結するのです。
そこで、負の連鎖を断ち切り、「学校の存続ではなく、学校の魅力化」を掲げて、プロジェクトがスタートします。プロジェクトの中心になったのは、ゲストティーチャーとしてこの島に来た際に島の担当者に口説かれ、当時はソニーで人材育成に関わっていた岩本悠さん。
目指したのは、単なる進学実績の向上ではなく、その先の社会で活躍できる、島に戻って来て地域を元気にできる人づくり。
そのためにも、地域資源を生かし、地域とともにある学校をつくること。地域との協働による推進母体をつくり、『魅力化コーディネーター』を校内に配置。ベースとなる基礎学力だけでなく、多文化協働する力、主体性・挑戦心、キャリア形成意識の育成など、いわゆる21世紀型の学力・スキルを伸ばす教育を、地域をフィールドに行なっていきます。
スタートから10年経った今、生徒数・クラス数はV字回復
お話をしてくださった大野さんは、県全体の教育魅力化を担うようになった岩本さんの後を引き継ぎ、地域・社会に開かれたカリキュラム、取り組みづくりを進められています。最近では、シンガポールやブータンなど、海外とも積極的に交流しています。
移住者の増加、人口減少、少子高齢化・・・世界の課題と島前の課題には共通点も多く、だからこそ地域の課題解決に実践的に取り組むPBL(プレイス/プロブレム/プロジェクト・ベースド・ラーニング:実践的に課題解決に取り組む過程で学ぶ)の中で、グローバル感覚を育んでいくこともできるということです。
大野さんは、「その地域でしかできないことをブランド化する」というふうに表現されました。まさに、隠岐島前地域が日本有数の課題先進地であることを逆手に取った教育の特色化と言えるのではないでしょうか。
プロジェクトスタートから10年経った今、生徒数・クラス数はV字回復。島外からの島留学生も含めて、全校生徒は180人まで持ち直しました。
今の課題としては、人口減少により島前三町村の中学生数が減少し、島留学生(島外からの生徒)が、地元の生徒数を上回りそうな状況を、どう考え、今後どうしていくのか、ということ。それでいいのか、という問いもあるのだそうです。
「魅力化プロジェクトには正解もなければゴールもない。ずっと続いていくこと、続けていくことに意味がある」という大野さんの言葉が印象に残りました。
地域の学校や教育現場で働いている方々との交流も
大野さんのお話の後は、参加者同士で、それぞれ「今回の旅の目標設定」を確認し合ったうえで、お話を聞いての振り返りを、グループになって共有。
夜は、魅力化コーディネーターの方々・隠岐島前高校の先生方にお越しいただき、夕食をいただきながら交流会。さすが港町、海鮮がとっても美味しいのです。Iターン移住してきた方々の話や、実際この地域の学校や教育現場で働いている方々の生の声を聞き、議論できてとても貴重な時間になりました。
交流会の最後は、「ふるさと」を歌い気合いを入れる(!)という海士流での締め方で、楽しい夜を終えました。宿に戻る頃には、町にはほとんど明かりがなく、星が本当に綺麗に見えます。都会ではなかなか味わえない静けさ・明かりのない暗さの中にいると、心が落ち着きました。
隠岐諸島の島前地域・知夫村の小中学校へ
EDUTRIP in 島根、2日目。
隠岐諸島の島前地域とは、今回主に滞在している海士町はじめ、知夫村、西ノ島町と3つを指しています。この日は約20分ほどフェリーに乗って、知夫村へ移動。
知夫村は人口638人に対し牛が650頭いるという村で、山の方を登って行くと、放牧されている牛との遭遇が日常。知夫村から毎朝内航船に乗って、海士町にある島前高校に通う生徒さんもいるということです。
まずは、知夫村立知夫小中学校(小中一貫校:小学生20人・中学生23人。うち小6〜中3の島留学生が6人となり、寮から通っている。)にお邪魔し、総合学習の取り組みについて話を伺いました。
知夫村では、近年の取り組みによって村民全体では人口が増加しつつも、現在小学部は過去最少人数となっており、島を担う子どもの育成のためにも、魅力と感じる島づくりに取り組んでいます。その一貫としてこの学校では総合学習として『ふるさと教育』に取り組み、「地域の大人と協働し、知夫のために行動する」をテーマにチームでプロジェクトを動かしています。
「ごっこ」ではなく「リアル」!総合学習『ふるさと教育』とは?
小学校高学年時点から、地域で体験したことをまとめて発表したり、調べ学習をしたり、今年度からは子ども議会として村づくりのアイデアを考える、などの取り組みも始めたそうですが、その集大成である中学校3年生ともなれば、活動はかなり本格的。
3年生は、3つのグループに分かれて、それぞれプロジェクト学習に取り組みます。
1つは、島の、年配の人たちに出会い、人生の話を聞いてそれを「人生ブック」としてまとめるグループ。知夫の食材で、レシピメニューをつくり、ホテルに採用してもらうことを目指すグループ。そして「野だいこん祭り」という伝統的な祭りを、運営側になって盛り上げる、「今までにない野だいこん祭り」をつくるグループ。
それぞれのプロジェクトに、副担任、栄養士、教頭がつき、また地域の人が1人入り、担任の先生は全体をコーディネートする役割を担います。
特筆すべきは、取り組みが「ごっこ」ではなく「リアル」であることだと感じました。
例えば、野だいこん祭りにスペシャルゲストとしてとある有名人を招こう!というアイデアが出た際には、実際にその人の事務所に連絡をし、多額の費用がかかることを返事で聞き愕然としたり。知夫の食材でレシピを開発し、自信を持ってホテルに提案に行ったところ「その食材は通年では採れないから看板メニューにはできないよ」と言われて却下されたり。
地域の大人も本気なので、中学生の提案だから「採用してあげよう」「よいしょしてあげよう」というようなスタンスではありません。「ガチ」でやるからこそ、学びがあるし、中学生も本気になっていく。そして、中学生の本気が大人を刺激する。
地域に根ざした総合的な学習の、本当の可能性を感じたお話でした。
(レポート:石原光夏・中谷さつき、編集:武田緑)
人権教育・シティズンシップ教育・民主的な学びの場づくりをテーマに、企画や研修、執筆、現場サポート、教育運動づくりに取り組む。主な取り組みは、全国各地での教職員研修や国内外の教育現場を訪ねる視察ツアー「EDUTRIP」、多様な教育のあり方を体感できる教育の博覧会「エデュコレ」、立場を越えて教育について学び合うオンラインコミュニティ「エデュコレonline」、学校現場の声を世の中に届ける「School Voice Project」など。
著書に「読んで旅する、日本と世界の色とりどりの教育」