学校教員

現場の納得感が第一!学校教員・教師の働き方改革(前編)-横浜市のリアルなデータから読み解く現状とは?

近年、学校教員・教師の過剰な長時間労働が報じられるようになり、文部科学省や各教育委員会でも勤務実態調査が行われ、具体的な対策が検討されるようになりました。

今まさに全国で試行錯誤がはじまっていますが、どこの業界の働き方改革でも「これをすれば万事OK!」というような特効薬はありません。ベテランや専門家のノウハウだけではなく、教育現場の最前線で働く学校教員・教師の実態データに基づいた課題と改善策を考える必要があります。

辻和洋さん、町支大祐さん

今回は、横浜市教育委員会と連携して先駆的な研究を行い、「データから考える教師の働き方入門」を出版された辻和洋さん、町支大祐さんにお話を伺いました。

辻和洋さん・写真左
立教大学大学院経営学研究科博士課程(中原淳研究室)在籍。武蔵野大学グローバル学部非常勤講師。公益社団法人Chance for Children運営webメディア「スタディ通信」編集長。東京大学大学院学際情報学府修士(学際情報学)。
1984年京都府京都市生まれ。関西学院大学総合政策学部を卒業後、読売新聞社に入社。その後、産業能率大学総合研究所を経て、2018年より独立。
専門は人的資源開発論、ジャーナリズム論。主な著書・論文(共著含む)に『人材開発研究大全』(東京大学出版会)、「調査報道のニュース生産過程に関する事例研究」(『社会情報学』Vol.7 No.1)など。
町支大祐さん・写真右
帝京大学大学院教職研究科講師。法政大学通信教育部兼任講師。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了、 博士課程単位取得満期退学、修士(教育学)。
1980年広島県呉市生まれ。東京大学経済学部卒業後、筑波大学附属駒場中高等学校講師、横浜市立中学校教諭を経て、研究の道へ。青山学院大学助手、東京大学特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、2019年より現職。
専門は教師教育、教育経営学。主な著書(共著含む) に『教師の学びを科学する』(北大路書房)、『人材開発研究大全』(東京大学出版会)など。

実際のデータから「学校教員・教師の働き方の実態」と「改善案」を解説

本書は、学校の先生たちの働き方を学校ぐるみで見直すための1冊です。長年、悩まされて来た長時間労働の問題に真正面から向き合い、「データの力を持って変革のお手伝いをしたい!」という思いで書きました。

2017年4月、横浜市教育委員会と立教大学経営学部中原淳研究室の共同研究「持続可能な働き方プロジェクト」が発足しました。学校教員の多忙化解消を図るための実態調査とそこで明らかになったデータに基づいて学校現場で働き方の改善を促す研修開発などを行っています。中原淳研究室は、人材マネジメント・人材開発・組織開発を専門にする研究室です。

これまで学校だけでなく様々な業界で働き方の改善に取り組んで来ました。今回は、全国の自治体のなかで最も規模の大きい横浜市の小中学校の教員の働き方について詳細な調査を行いました。そこで明らかになったことを、本書を一部紹介しながら解説します。

「自分たちの働き方を、自分たちで決める」

まず、データを見ていく前に私たちが働き方を見直す上で大切にしていることがあります。それは「自分たちの働き方を、自分たちで決める」ということです。なぜなら、働き方改革は、学校の先生方が納得感を持って取り組まなければ、職場に混乱をもたらすだけだからです。

働き方改革という言葉を聞いて「モヤモヤ」する人もいるかと思います。それは、今、世間で取り組まれている働き方改革が、現場で働く人々の思いをないがしろにして、一方的に対策を押し付けてしまっている側面があるからではないでしょうか?

多様な価値観を持った職場のメンバーが同じテーブルについて議論し、納得して改善策を実践していく。働き方を変えていく上では、その状態をつくることが欠かせません。ですから、先生たちがこれまで大切にしてきた仕事観や情熱もきちんとすくいとっていく必要があります。調査に際しては、何度も学校を訪れ、50人以上の先生たちにヒアリングを行いました。

こうしたことを踏まえた上で、議論の土台となるのがデータだと考えています。長時間労働の背景に何があるのか、データの背景に潜む先生たちの「リアル」を最大限想像し、分析を行ってきました。

左:編著者の町支大祐さん、右:編著者の辻和洋さん(左:編著者の町支大祐さん、右:編著者の辻和洋さん)

長時間働いているのに、十分な教育活動に取り組めていない

今回の調査では、小中学校約500人の先生の回答データを分析しました。質問項目は、「時間」「意識」「職場の状況」など、様々な観点から構成されています。今回の調査では、先生たちの1日の平均在校時間は11時間42分でした。

いわゆる「過労死ライン」の基準となっている月80時間以上を1日に換算すると12時間ですが、12時間を超えている先生は42.0%に上りました。また、休日出勤している人は78.7%と、普段から長時間労働の状態が続いているのに、休日も休めていません。

データから考える教師の働き方入門

これだけ仕事の時間が長いので、先生たちは十分な教育活動に取り組めていると感じているかというと、そうではありません。例えば、教材研究の時間が足りているかという質問に対しては「足りていない」と感じている人が75.7%でした。自己啓発のための読書は、1ヶ月あたり「0冊」と答えた人が32.4%でした。

つまり、教師の専門性を発揮する授業に関わる業務以外の部分で、かなり時間がとられてしまっていることがうかがえます。パソコンのシステム管理、学校外からのチラシ配付、教室のワックスがけ、校外の見回り……。教師は授業をする仕事というイメージが強いですが、それ以外の業務に膨大な時間が割かれています。

データから考える教師の働き方入門

時間削減に対する「ためらい」や「罪悪感」

こうした働き方のなかで、先生たちはどのような意識を持っているのかも分析しました。その中でわかってきたのは、教育という仕事に携わる職業ならではの意識でした。

例えば、業務時間を減らしたいと思っている教員は82.9%に上ったのですが、時間削減に対して罪悪感やためらいを感じると回答した人が36.6%、児童・生徒に申し訳ないと思うと感じている人が22.9%いました。

「子どもたちにできるだけ時間をかけて向き合う方が教育の質は高まる」と感じている教員が一定数いることがうかがえました。長時間労働を招く一要因である一方で、子どもたちに対する情熱の現れでもあります。こうした心理状態を把握しなければ、働き方の改善は難しいでしょう。

データから考える教師の働き方入門

長時間労働の先生の「3つのタイプ」

今回の調査では、労働時間ごとに3つのグループに分け、最も長時間労働をしているグループの特徴を分析しました。その結果、主に3つのタイプがあることがわかりました。

一つは、「完全燃焼タイプ」です。時間外業務の意識がなく、時間や労力は惜しみなくかけようとする先生です。このタイプの先生は、日本の学校教育を支えてきた先生でもあります。自己の生活を顧みず、子どもたちのためにとことん頑張ってしまう。しかし、こうした働き方は果たして持続可能なのかを今一度見直す必要があります。

次に「不安憂慮タイプ」です。自らの仕事ぶりに不安や自信のなさを抱いている先生です。不安や自信のなさを背景に、業務時間削減に対して児童・生徒に申し訳ないと感じている人の割合が高いです。こうした心理状況の中で、「すべてが無駄だとは思えない」と思ってしまう先生が多くいます。

最後に「何でも屋タイプ」です。多様な業務を数多くこなしている先生です。一つの業務を長くやっているというより、たくさんの業務を受け持っています。学年・学級経営に関することだけでなく、地域や行政の対応、保護者・PTAの対応などにも取り組んでいる人の割合が高いです。

このように、長時間働く先生にも様々なタイプがいます。こうしたことを踏まえて、職場で働き方の改善を考えていく必要があると思います。

データから考える教師の働き方入門(毎日新聞出版『データから考える教師の働き方入門』より イラスト/高田真弓 )

長時間労働に陥りがちな職場の特徴

先生たちの働き方は個人だけではなく、職場が影響を与えている可能性もあります。長時間労働に陥りがちな先生の職場の特徴について調査を行いました。すると、さまざまな傾向があることがわかりました。

例えば、職場に定時退勤しにくい雰囲気があると感じている先生は、そうでない先生に比べて在校時間が1日11分長いことがわかりました。1日11分といっても、1ヶ月20日働いたとしても220分、1年で2,640分の差が生まれます。皆さんの職場には、帰りにくい空気はないですか?

仮に上司が「早く帰るように」と言葉で伝えていたとしても、本当にそれがきちんと認められている雰囲気がなければなかなか帰りづらい。ある学校の校長先生が「うちの先生は遅くまで残って、熱心なんですよ」と話されていました。この発言は何気ないものかもしれませんが、ともすれば、「職場に遅くまで残って働かなければ熱心ではない」という空気を生んでいる可能性があります。

働き方を改善するには、こうした職場全体に潜む風土まで見ていく必要があります。そのほかにも、特定の人に業務が集中していたり、ノウハウが蓄積・共有されていなかったりする職場の先生は長時間働く傾向があることがわかりました。

データから考える教師の働き方入門

本当に改善策はないのか?

このように見ていくと、学校の先生の働き方を改善するには、働き方そのものだけでなく、先生や職場の意識も合わせて考えていく必要があると考えられます。

「うちはもう手を尽くしている。人員を増やしてくれないと、これ以上は無理だ」と半ば諦めておられる学校もあります。確かに人手が足りず、教員や事務職員を増やすことも大きな政策としては必要でしょう。しかし、本当に現場で取り組むべき改善策はないのか、このようなデータを元にして再考していくこともとても大切だと思います。

次回は、データからどのようなアプローチで改善策を考えていけばよいのかを解説します。

Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、岩切準が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報を毎月ご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。

データから考える教師の働き方入門

データから考える教師の働き方入門

横浜市教育委員会と立教大学の中原淳研究室の共同研究「持続可能な働き方プロジェクト」による教員調査であきらかになったさまざまなデータをひも解き、近年話題の教員の働き方改革について、具体的な改善策までを提案。

教育現場の最前線で働く先生方が、明日の働き方を見直すための議論の出発点となるような素材を提供します。

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