「授業時間の増加=学力向上」という論理は本当か?
完全学校週五日制が平成一四年からスタートし、12年が経ちました。段階的に第二土曜日が休みとなり、次に第四土曜日も休みとなり、完全に土曜日が休みとなりました。この頃から「ゆとり教育」という言葉も広がりました。今の子はそれが当たり前となりましたが、「子どもの頃は、土曜日に学校があった」という方も多くいらっしゃると思います。
昨今、子どもの学力向上のために、土曜日の授業を復活させ、授業時間数を増やせば良いという話をよく伺います。「授業時間の増加=学力向上」という論理は、本当なのでしょうか?
結論から言うと全くのデタラメです。
「授業時間の増加=学力向上」という公式は、実に主観的な神話だと言えます。
この議論に関しては、平成15年に文部科学省・国立教育政策研究所の研究チームによって行われた「学校の授業時間に関する国際比較調査」で、すでに検証されています。
確かに上記の表の国際比較を見ると、日本の授業時間は少ないのですが、OECD「生徒の学習到達度調査」(PISA)やIEA(国際教育到達度評価学会)の国際学力調査で成績トップグループに入っている韓国、シンガポールも同様に少ないのです。
また、小学校段階では、フィンランドや韓国も日本とそう大きく変わりません。研究グループで は、国際学力調査(PISA)の結果と授業時間の多寡に関連性は認められないとし、高い学習効果をあげている国は、教員やカリキュラムなど様々な要因によ り、効果的・効率的な授業が行われていると考えられると結論付けています。
土曜日の教育活動の種類
(土曜日に学校で行われているウィークエンドスクールでの活動の様子)
文部科学省では、「特別の必要がある場合」は土曜日に授業ができることになっていましたが、昨年に学校教育法施行規則が改正となり、より要件が緩和され、市区町村や都道府県の教育委員会などの判断で実施できることが明確化されました。
以前からすでに色々な形で土曜日に学校を使った取組みを行っている市区町村・学校もあります。私の団体でも2005年から学校・保護者・NPO連携する形で月1回程度の土曜日の学習を実施してきました。土曜日の学校といっても単に平日の授業をそのまま行うということではなく、いくつかのタイプがあります。
①土曜授業(学校が主体)
児童生徒の代休日を設けずに、土曜日を活用して教員が教育課程内の学校教育活動を行うものです。平日と同様の授業を実施するのがこのケースとなります。
②土曜の課外授業(学校が主体)
各学校が主体となった教育活動ではあるものの、希望者を対象として学習等の機会の提供を行うなど、教員が教育課程外の学校教育を行うものです。いわゆる、クラブ活動・部活動、学校行事などがこれにあたります。
③土曜学習(学校以外が主体)
教育委員会など学校以外の者が主体となって、希望者に対して学習等の機会の行うものです。PTAやおやじの会、地域団体、NPOなど多様な団体が主体となって行っている行事やイベントなどがこれにあたります。
①は、学校として強制力が働くことになりますが、②、③は参加任意であることも大きな違いにもなります。学校=勉強というイメージが強いのですが、文部科学省でも「社会総掛かりによる土曜日の豊かな教育環境の実現」ということを掲げ、企業やNPO、地域団体が担い手と参画し、土曜日ならではの多様なプログラムの充実させていくことを目指しています。
子どもの学力は、努力だけの問題ではない
(土曜日に学校で行われている土曜学習の様子)
先に述べた通り「授業時間の増加=学力向上」というほど単純なものではありません。先日、「平成25年度全国学力・学習状況調査」の結果を活用した学力に影響を与える要因分析に関する調査研究の結果が発表されました。 [平成25年度全国学力・学習状況調査(きめ細かい調査)の結果を活用した学力に影響を与える要因分析に関する調査研究]
この中では、学校外・家庭での学習時間が子どもの学力に影響しているものの効果は限定的であり、家庭の社会経済状況(家庭所得、父親学歴、母親学歴など)が 子どもの学力に大きく影響しているということが明らかになりました。これは、学力は子どもの努力によってのみ決まるものではなく、教育問題というよりも社会問題として考えるべきだということを示唆しています。
学習の効率化・合理化を図るべき
社会の中では、仕事の効率化やワークライフバランスを進める流れが主流になっています。長時間労働や残業によって業績を上げるのではなく、より短い業務時間でより高い付加価値を生み出すことができるように企業努力をしています。
子どもの世界はどうでしょうか?学校での授業をより効率化し、より短い時間でより高い学力を身につけられるようにする必要はないのでしょうか?「学力が下がったら授業時間を増やせ」という論理は、「業績が下がったら労働時間を増やせ」という論理と変わらないのです。そんな単純思考の取組みをしている会社は、事業を継続することはできないでしょう。
厚労省の基準では、過労死ライン残業時間1ヶ月45時間以上は要注意80時間以上は危険水域としています。しかしながら、全日本教職員組合(全教)の調査によると、教員は小学校の残業時間が月94時間21分、部活動が増える中学は 114時間25分、全日制高校は100時間47分となっています。しかも10年前よりも約10時間も増加傾向にあります。
労働時間が長ければ、それだけ授業時間は長いのかというとそうではなく、国際的にみても労働時間のうち授業時間が占める割合は低いのです。このような中では、子ども達に効率的に充実した授業を行っていくための工夫をすることはとても困難です。
単純な土曜日の授業の復活は、誰にとってもけして有意義なものではありません。土曜日に学校という場所を活用しても、その担い手は多様であり、勉強だけでなくスポーツや体験活動、キャリア教育など多様な選択肢から子ども達の自主的に学べる内容であるべきだと考えます。
本記事は、岩切準が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報を毎月ご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。