大阪市内にある公立小学校の一年間に密着したドキュメンタリー映画『みんなの学校』が今、大きな話題となっています。普通の公立小学校でありながら、特別支援学級も設けず発達障害がある子どもも共に学び、不登校ゼロを実現しています。
2月21日(土)より東京・ユーロスペース、3月7日(土)より大阪・第七藝術劇場など、全国で順次公開される『みんなの学校』。今回は、本映画を製作した真鍋俊永監督に、映画が出来た経緯や大空小学校の様子についてインタビューしました。前編・後編の2つの記事でご紹介いたします。
学校現場を撮影できる貴重な機会。それは単純に面白そうだなと思いました。
「最初はそれほど深く知らずに取材を始めたんです。なかなか学校現場を撮れる機会はないので、どんな学校であってもおもしろそうだなという気持ちで引き受けました。
当初想定していた内容は、一緒に学ぶのは一体どういうことを子どもにもたらすのか、良いのか悪いのか、という何かしらの答えを見つけることでした。
統合教育を一般的に『迷惑だ』と感じるのは親ですよね。あとは先生とか。そういう人がいると、あまり広がらないのかなとは思うんですけど、とりあえず大空小はうまくいっている。それはなぜなのかということを一年間通して映し出せればいいと思って始めました。
取材を続けてみて、それがなぜできるのかは、学校内の取り組みだけじゃなく、実はもっと広く、地域にも広がっているからなんだというのが、一年間かけてわかってきました。私もここで一緒に学ばせてもらったと感じています。」
お蔵入りの映像は500時間。全部見たらすごく参考になると思う。
〔写真提供:(C)関西テレビ放送〕
先生でない限りなかなか内情を知ることが難しい学校現場。今回の映画は、先生の目線で見ても「こういうふうにやってるんだ」と参考になる場面がたくさんある。
「実は、500時間の出してない映像があって、それを見たらすごく勉強になると思います。ただ、個人情報の塊なのでそのままは見せることはできませんから、それをどう伝えていくのかというのは今後の僕の中での課題なんです。
例えば映画を見たのが先生達だと、感想として『授業の時間をもっと見たい』って言われるんですよ。でも、授業はそれほど変わらないです。大空小の校長先生は『うちの先生の授業は下手や!』とか言うし(笑)。
そこじゃなくて、子どもに対するふるまいとか姿勢とか、そういったところに見るべきところがあるんじゃないのかなと思います。この映画は、私が自分なりに考えて、自分が見た小学校の姿として、『ここが大事だろう』と思うところを厳選して、とりあえず2時間分の映像にしたという感じです。」
原則に沿った日々の子どもたちとの対話の積み重ねが、大きな文化を生み出す
〔写真提供:(C)関西テレビ放送〕
2時間の映画の中からも、大空小学校の一貫した空気感や文化の存在が伝わってくる。それはどうやって生まれていくのか。一年間見てきた真鍋監督はこう見る。
「やっている方針に沿ってどれだけ行動してるかだと思います。例えば、大空小の掲げる『たったひとつの約束』。自分がされていやなことは人にしない、いわない。見ていて、そのひとつがあるとどんなことにも対処できるんだなーと思いました。子どもが何かしたとき、『このルールをこう破ってるだろう』 といえば、それをきっかけにいろんな話ができるんです。
ケンカしたら『明らかにお互い相手がいやなことをしたよね』ということになって、なぜそんなことをしたのか、どうしたらそんなことにならないのかというのをひとつひとつ丁寧に聞き出して、子どもたち自身に考えさせています。
校長は『ジャッジするな』とよく言うんです。大人がどっちが悪いということを決めず、ただ事実関係を明らかにして、あとは自分たちで考えてもらうと いうことを日々繰り返しています。そういう事の積み重ねで考える力っていうのがついていくんじゃないのかな。そして、その積み重ねを繰り返すということ が、大空小の空気をつくっているひとつかなと思います。」
これがこうだからこう、というノウハウはなく、全て学校理念に沿って子どもたちを見つめることでそれを解決していこうというのが大筋だと真鍋さんは語る。
校長は「私は別に発達障害のこととかは医者じゃないから全然詳しくないし、でもその子がどう感じて何が嫌なのかとか、そういう『その子』のことは医者よりも私の方がわかってると思う」と言うそうだ。発達障害のことを知っているのが重要ではなくて、あくまでも『その子』を見ることが重要という考えだ。
「子どもが学校に来る」というのは最低限のこと
〔写真提供:(C)関西テレビ放送〕
子ども一人ひとりに向き合ってきた大空小学校は、不登校ゼロ。「すべての子どもの学習権を保障する」という理念を掲げて課題に取り組んできた結果だ。その理念は、現場の一つひとつの場面にまで徹底されている。理念の浸透はどこの組織でも課題となることが多いが、大空小学校ができているのはなぜか。
「どうなんでしょう。子どもと接する上で『何が原点か』みたいな話は必ずしてますね。言わんとしていることはみんな理解してると思うんですけど、でも、教職員全員が同じことを思っているかはわからないです。校長は少なくともそう思ってるし、そういう振る舞いをする。だから、それがわかっている先生は校長の近くでその通りの行動をする。
でも、わからない先生もいるかもしれない。本当の部分はわからないですね。ただ、理念ということで時折語られるので、 だんだんは浸透していくんじゃないのかなと思いますけどね。
ただ、この学校の理念は、校長に聞くと『最低のことやんか』と言われる。『学校に来て勉強するって最低のことやんか。その最低のことしか理念として掲げていない。それについて真鍋さんどう思う?』と校長に聞かれました。
『普通は、”仲良く過ごそう”とか”一生懸命”とかがその上にくっついて理念って 言ってる学校が多いけど、うちは最低のことしかしてない。ということはつまり、どこの学校でもうちが注目されているのと同じことができるんじゃないか。 きっとできるはずやで。』という話を校長はしていました。
結局は、そこをすっ飛ばしてやる学校が多いから、傷ついたりして学校に来れない子っていうのが出てくるんだろうと。それをいちいち拾おうとすると手間がかかるから放置される子どもが世の中にたくさんいるんだろうなということは考えてしまいますね。」
この映画は、公共材として、何かしたいと思ったときのツールとして使ってもらいたい
大空小学校の取り組みは校長の牽引によるところが大きい。例えばその校長がいなくなり、人が変わったらどうか。その問いに対して真鍋監督はこう答える。
「それはまったくわからないですね。これまでは校長がつくってきたところが大きいけど、いなくなれば残る先生や地域の人や保護者が決めていくだろうと思っています。学校の理念を変えるにしても、学校に関わる人が決めていくだけ。
僕たちは『この時代のこの瞬間の大空小学校という学校がこういう学校だった』と いうことを記録しただけで、それを見て参考にしようと思って行動する人がいるのならばそれでいいと思っています。
そういう意味で、色んな人に見てもらいたい、使ってもらいたいと思って映画を公開したんです。実はテレビ番組だと、もう一回観たいという場合に合法的な手続きが煩雑だし高額なんです。映画にするということは、公共材として、ツールとして使いやすくなるだろうと思ったんです。
参考にしようと思ったときにこの映画を見ただけでは、きっとわからないこともあると思うので、そういうところはご質問いただいたり、集まりの場に呼んでいただいて、やり取りしていきたいと思っています。
僕は、『この学校は素晴らしい』ということをただ伝えたいのではなくて、こんな学校を増やしたいと いうのが願いなので、この映画はそのためのひとつの形です。」
本記事は、石井敦子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報を毎月ご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。