今の学校現場には、様々な課題が山積しています。
英語やプログラミングなど増え続ける教育内容への対応や、虐待や不登校などケアが必要な子どもへの対応、家庭や地域との連携、さらに現在は新型コロナウイルスの感染対策にも意識を向けねばなりません。教員の長時間労働の問題は解決されないまま、ゆとりのない状態が続いています。
「もっと学校をよりよくしたい」
そう考えている現場の教職員たちは多いはず。でも余裕がなくて声をあげられない。声のあげ方がわからない。そんな教職員たちの声を集め、見える化し、社会に向けて伝えていくための取り組み「School Voice Project」が発足しました。
このプロジェクトの発起人は武田緑さん。普段は教育ファシリテーターとして活動され、これまで学校での教職員研修や、多様な教育のあり方を学べるイベント・国内外の教育機関の視察ツアーの企画などに取り組まれてきました。
本プロジェクト発足にあたって武田さんにインタビューを行ない、立ち上げるに至った経緯や想い、課題や今後の展望などについてお話を伺いました。前編、中編、後編と分けてお伝えします。
民主的な学び・教育=デモクラティックエデュケーションを教育ファシリテーター/Demo代表。人権教育・シティズンシップ教育・民主的な学びの場づくりをテーマに、企画や研修、執筆、現場サポート、教育運動づくりに取り組む。主な取り組みは、全国各地での教職員研修や国内外の教育現場を訪ねる視察ツアー「EDUTRIP」、多様な教育のあり方を体感できる教育の博覧会「エデュコレ」、立場を越えて教育について学び合うオンラインコミュニティ「エデュコレonline」、学校現場の声を世の中に届ける「School Voice Project」など。
著書:読んで旅する、日本と世界の色とりどりの教育(教育開発研究所)
タイムリーに声を聴き、社会へ伝えるプラットフォーム
-「School Voice Project」の概要について教えてください。
主にはWebアンケートサイト「フキダシ」の運営です。現役の教職員のみのユーザー登録制で、登録していただいた方にいろんな種類のアンケートを取っていく、という取り組みになります。
場合によっては教育現場で起きている問題に合わせる形で、タイムリーに声を聴き、反映して、メディアなどにプレスリリースしていきたいなと。現場の教職員たちの声が、政策やメディアを通して一般の市民の人たちに伝わってゆくようなプラットフォームにしたいと思っています。
-教職員というのは、どのあたりまでの校種を対象としているのでしょうか。
今のところ、ユーザー登録できるのは小学校~高校年齢の児童生徒が通う、学校教育法第一条に位置づいている学校の教職員、としています。つまり、幼稚園や大学は含まれず、高等専門学校や特別支援学校は入ります。また、フリースクールやオルタナティブスクールは含んでいません。
ここの線引きはとても難しかったのですが、年齢が離れすぎると組織内の仕組みが根本的に違う点や、学校制度内外の校種が混ざると実態や課題が異なりすぎてしまう点を踏まえ、このように対象を定めました。
-ちなみに教職員ということは、担任や教科指導の先生だけではなく、学校に関わりのある職員を全般的に含む、という認識で合っていますか。
はい、そうです。教員だけでなく、事務職員、用務員、給食調理員、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカー、ICT支援員、ALT(外国人英語講師)なども対象です。正規職員だけでなく、講師や非常勤の人も対象です。
のちのち登録者数の母数が増えてきたら、たとえばスクールソーシャルワーカーだけに聞くとか、ICT支援員だけに聞くとか、セグメントの細かいアンケートもできるようになると活用の幅が広がるかな、と考えています。
(「フキダシ」のユーザー登録フォーム)
声はあげたい、でも署名はハードルが高い
-このプロジェクトを武田さんが立ち上げるに至った経緯を教えていただけますか。
この10年来、学校の先生と関わることがたくさんありました。オルタナティブ教育や多様な教育の形を学びつつ、既存の学校教育の中で「民主的な学び」が広がっていくといいなと、エデュコレ(多様な教育の博覧会)で紹介したり、先生たちと学び合いのコミュニティを作ってきたりしました。
イベントやコミュニティを通して、先生たちが刺激を受けたり、元気になったりする姿をたくさん見てきました。ただ学校現場に戻った時に、それを持続するのが難しい。言いたいことが言えなかったり、やりたいことがやれなかったりする中で、どうしてもまた疲弊してしまう。現場の風通しがよくなり、対話的な空間になっていくことの必要性を感じていました。
-現場で声をあげようとしてもなかなか難しい、という現状があるのですね。
職場レベルでも、教育行政のレベルでも、そうだと思います。声をあげたとしても聞かれなかったり、現場の実情にマッチしない政策などが降りてくることはたくさんあり、先生たちの不満がつのったり、やる気が奪われることは日々起きています。
たとえば2018年の夏に、大阪市長が「全国学力テストの結果を、教員の評価やボーナス・学校予算の増減に反映させる」という方針を出しましたよね。さすがにひどいなと、現場の先生たちの誇りを傷つけるものだと思い、反対の署名活動をしたんですね。その活動を進める中で、「私たちの声をちゃんと聞いてほしい」「そのやり方で進んでいかれると現場の元気なくなるよ」という、切実な声がたくさん聞かれて。
ただ、「署名」って、私自身はとても重要なツールだと思っているのですが、特に若い人たちにとっては、政治的に手垢のついたイメージがあるんじゃないかとも感じていました。もちろん特定の政党に抗議するような形にならないように配慮しながら発信はしていたのですが、「署名」という形だとどうしても参加できない、参加しにくいと感じてた人もいたんじゃないか、と思います。
(「change.org」を使用して行ったオンライン署名)
-署名は名前が残りますし、少しハードルが高い感じがしますよね。
批判をすることは生産的じゃない、と思ってる人もいるんじゃないかなと思います。いろいろなことに反発することへエネルギーを使うよりも、今の立場で、目の前の子どものためにできることを粛々とやろう、という流れの方が強いというか。
もちろん、それはとても大切なことなんですけれど、構造的な問題に関しては、与えられた枠の中で努力するだけだと先細ってしかいかない部分もあると思っています。
「反対!」と明確に表明することに抵抗がある人にとっては、アンケートであれば「どちらとも言えない」という”もやもや”を表明できるのかなと。実際に、賛成や反対を明確に言える問題ばかりだったらもっと簡単だと思うんですよ。
例えば、昨今、話題になっているブラック校則のことなんかも、文科省が通知を出すなどある意味トップダウンで解決していくような動きもあるように見えますが、「人権侵害的な校則はなくしていくべきだけど、例えば頭髪や服装の問題などは地域や就職先からの学校イメージにも影響する…ひいては生徒の利益を損なう可能性も…」というように、複雑な思いを抱えている現場の人もいます。本当は現場の教職員たちが腑に落ちて、ボトムアップのかたちで変えていってこそ、現場に根付くはずだと思っています。
(「フキダシ」のウェブサイト画面例)
アンケートの自由回答やコミュニティ化で、グラデーション部分の声を拾う
-賛成と反対だけじゃなく、間のグラデーション部分に重要な要素がたくさんある、ということですね。
そうですね。署名よりもアンケートの方が自由回答も作れますし、グラデーション部分は拾いやすいのかなと思っています。とはいえアンケートだけでは限界があるのも事実。
ユーザー登録していただいた教職員の方々とは、アンケート結果をもとにした対話の場なども持ち、コミュニケーションの中で、学校現場の実情を解像度高く拾っていけたらいいなと考えています。
-WebサイトのシステムにはSNS的な機能は搭載されているんでしょうか。
現状のシステムには搭載されていないんですよ。「みんなに聞きたいこと」というコンテンツはあるので、「これについてどう思いますか?」とか「こういったアンケートを立ててほしいです」という意見は書き込めるようになっています。ただ、相互コミュニケーションはできなくて。
まずは限られたリソースをアンケートを中心にした「現場の声を社会に届ける」という部分の活動に使いたいという判断で、今のところはそうしているのですが、ゆくゆくはSNS的な活用の仕方も検討するべきかなとは考えています。
-「School Voice Project」は、これまで武田さんがいろいろな声を集めてきたからこそ感じたことを、仕組化していくような取り組みですね。
そうですね。昨年コロナで一斉休校がありましたよね。あのとき現場はものすごく大変なことになっていました。現場でどれだけ話し合っても、数時間後に上から違う方針が降りてきて、全部無駄になる、というようなことを毎日していた学校もいっぱいあったと思います。
こうやって先生たちは疲弊していくんだな、話し合っても意味はないんだと諦めて手放していくんだな…ということを間近で見ていて感じました。もちろん方針を下ろす人たちにも事情があることは理解しているのですが。
職員室でフラットに喧々諤々議論することがとても難しい状況を見て、現場を民主化していかないといけないと強く思って。それが「School Voice Project」立ち上げにつながりましたね。
Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。