性教育に関心をもつ保護者や教育関係者は女性の割合が多く、男性の精通・マスターベーションについて、自身の身をもってわかるわけではないため、男子への性教育に難しさを感じる声を多く聞きます。当事者である思春期男子にとっても、性器の形・大きさと並んで、射精・マスターベーション・性欲は、性の悩みランキング上位の常連です。
高校生男女に行ったアンケート調査(※1)では、射精について「汚らわしいもの」「恥ずかしいもの」と答えた男子はそれぞれ14.3%、19.5%となり、この割合は女子生徒より多いものでした。さらに、「射精は気持ちいいもの」と答えた男子生徒が66.7%で、なんと3割を超える男子が「射精は気持ちいいものではない」と考えているのです。学校では精通が来るとは教えても、マスターベーションの仕方や性欲の向き合い方までは扱わないことがほとんどです。
一方で、インターネットのアダルトサイトや雑誌は、性の不安や悩みにこたえるものではなく、女性を性の道具のように扱うものが多く存在しており、ゆがんだ知識やイメージにつながってしまう危険性があります。さらに、自らの射精や性を肯定的にとらえられないことは、パートナーとの良好な関係性を築くことを阻害したり、自分自身へのコンプレックスや嫌悪感につながることもあるでしょう。
このような環境の中で、自然と性についての望ましい行動や判断力が身につくわけではありません。今回は、男子の性や性欲についての向き合い方をどう伝え、子どもたちに考えさせる機会を与えていくのかを取り上げていきたいと思います。
(※1)猪瀬優理「中学生・高校生の月経観・射精観とその文化的背景」『現代社会学研究』第23巻、2010年/調査対象は北海道の都市部の男子(高等専門学校生)162人と女子(高校生)133人。
性への疑問に対して、できるだけわかりやすく答えていくことが必要
男子は射精をきっかけとして、自らの性に否応なく向き合うこととなり、個人差はあるものの、性欲にも目覚めていきます。
長年、性教育に携わり、元一橋大学非常勤講師の村瀬幸浩氏著の「男子の性教育: 柔らかな関係づくりのために」によると、射精が肯定的にとらえられない要因として、「精液が汚いと思えてしまう」ことがあります。さらには、「射精や精液を否定的に思っているにも関わらず、欲望が湧いてきてマスターベーションをしてしまうことに嫌悪感が積み重なっていく」という声もあったそうです。
そして、射精についての疑問や性に肯定的になれないいくつかの理由に対し、できるだけわかりやすく答えていくことが、射精学習としてまず必要ではないか、としています。
性を肯定的に考えさせるポイントとは?
性器や性を不潔に思ってしまう意識に対して、科学的に答えていくことが大切です。白くてネバネバしている精液は、精巣でつくられる精子と、精子が運動できるための栄養分(果糖等)を含む分泌液が混じり合ってできており、その栄養分で白い色になっています。また、粘性が高いことにより、女性の酸性の膣内の環境でも少しでも多く精子が生き残って受精できるようになっているのです。
精液は尿と同じところから出ますが、尿自体も汚いものではないし(もともと尿は血液の中からこしとられたものであり、健康な人の排尿直後の尿には、細菌は存在しません)、射精の時には尿道の弁が閉じ、精液と尿と混じることはありません。
射精後の精液のにおいを不快に思う人もいるかもしれませんが、射精後に精液をふき取ったティッシュをビニール袋に入れて密封して捨てたり、水に流せるティッシュでふき取りトイレに流す、部屋用の消臭スプレーや部屋を換気する、などにおい対策の具体的な方法を伝えるとよいと思います。
マスターベーションはしないといけない?しすぎるといけない?
性教育講演でのアンケートで、男子からの質問に特出して多いのは、マスターベーションの頻度についてです。「長い間、射精をしないと精液がたまって身体に悪いのではないか」もしくは、「インターネットで見たマスターベーションによって死んでしまう『テクノブレイク』は本当なのか?」という疑問も多くの学校で聞かれます。
精子は一日につき数千万程度つくられているといわれていますが、射精されるまでずっとたまり続けているわけではなく、古くなった射精前の精子は、体の中で分解・吸収され、新しい精子は休みなくつくられます。そのため、射精を定期的にしなければ体に悪い影響があるというわけではなく、したいと思わない時に無理にする必要はありません。また、逆にたくさんしても死ぬことはありませんし、頭が悪くなったりも体に悪いこともありません。
性的快感に背徳感を覚えたり、射精後すっと性欲がさめてむなしく思えてしまうことが男性にはあるようです。しかし、性的な行為に快感がなければ人間は子孫を残していくことは難しかったでしょう。生きていく上での「ご褒美」と位置付けては、とする考え方もあります。また、長い人生の中でパートナーがいつもいるわけではないし、パートナーをもたない生き方もあります。マスターベーションは、「セルフプレジャー」とも言い、自分で自分の性欲を解消する方法の一つです。
性的な欲求を感じるのは自然なことであり、相手との合意のない性行為は相手を傷つけます。他者を傷つけることなく自分で自分の欲求を満たせるようになることは、性的に自立した大人への一歩としてとても大切なことであり、前向きにとらえるとよいでしょう。
マスターベーションで気を付けるポイント
そのうえで、マスターベーションで気を付けるポイントとしては、
1.硬いものや床に押し付けたり、強く握るなど、強すぎる刺激は避け(相手のある性行為で快感を得られなくなることもあるため)、手で性器を軽く握り上下に優しくこすること。その際、不潔な手ではしないこと。
2.人に強制することは犯罪であること
3.ほかの人に見られない環境ですること
をマナーとして伝えています。また、性的合意について、「女性のNOはポーズであり、嫌がっていても性行為をしているうちに気持ちよくなるもの」という描写のAVや漫画が本当に多いです。
最近の海外の性教育では、相手が嫌がることはしないのはもちろん、付き合っているカップルで起こったデートレイプなどの事例を題材に性的合意について話し合ってもらったり、「相手がNOと言わなくても、YESと言わなければ合意とは言えない」という指導方針が主流になってきているようです。
個人差があるものの、性欲や性的快感は本能的なもので、一般的には男性の方が男性ホルモンが多く、性的欲求が強い傾向があります。ただし、人間は行動をホルモンではなく、大脳で考えて行動し、コントロールできます。例えば、いくら性欲があっても交番の前で性暴力をする人はいないでしょう。性行為について、相手の意志をきちんと確認すること、自分で自分の欲求を管理することを特に強調して伝えていきたいですね。
「危ないことは、危ないと教えて」
さて、伝えるべきポイントはわかったものの、どう伝えるかを悩む方も多いのではないでしょうか。高校生を対象に行った予防教育のニーズ調査(※2)では、次のような希望があるとわかっています。
1.「危ないことは危ない」と言ってほしい(男子94%、女子93%)
2.堂々と話してほしい(男子81%、女子81%)
3.ふざけ半分の言い方はよくない(男子80%、女子79%)
4.心配時の具体的な連絡先を教えてほしい(男子71%、女子69%)
5.身近な話を聞きたい(男子67%、女子63%)
(※2)厚生労働省 HIV感染症の動向と予防モデルの開発・普及に関する社会疫学研究班 2003年度 地方高校生性行動調査 /調査対象は地方高校2年生男女約5,000人。
つまり、はっきりと毅然とした態度で何が危ないことなのか、望ましい行動なのか、困ったときはどうしたらいいのかを身近なエピソードも踏まえて伝えるのがよいのです。
それでも自分から伝えるのは難しいという方は、拙著「マンガでわかるオトコの子の『性 』―思春期男子へ13のレッスン」や、性教育の書籍や外部講師による講演をぜひ利用してほしいと思います。
講演を聞いた男子中高生からは「色々と悩みがあったけど、悩んでいたことが解決し、不安がなくなりました」「性についてよく知らなかったけれど、ネットや友達から間違った知識として知っていたものもあって、本当にためになりました。これから年齢を重ねるごとに性にふれあう機会があると思うので、将来この講演で聞いたことを生かしたいです」といった感想をいただいています。
健やかで豊かな性生活、人生を送る上での学習機会を、これからの未来を担う思春期の子どもたちにつくるのは、大人の責任であると考えています。
NPO法人ピルコン理事長。慶應義塾大学環境情報学部卒業。民間企業のマーケティング職を経て、性の健康啓発を行うNPO法人「ピルコン」を2013年に起業・現職。若者向けのセクシュアルセミナーやイベントの企画・出展の他、中高生向け、保護者向けの性教育講演や性教育コンテンツの開発・普及を行う。大学生ボランティアを中心に身近な目線で性の健康を伝えるLILYプログラムをのべ200回以上、2万名以上の中高生に届け、思春期からの正しい性知識の向上と対等なパートナーシップの意識醸成に貢献している。
著書:マンガでわかるオトコの子の「性 」、はじめてまなぶ「こころ」・「からだ」・「性」のだいじ ここからかるた
監修:10代の不安・悩みにこたえる「性」の本