2019年6月に改正児童虐待防止法と改正児童福祉法が参院本会議で可決され、成立しました。一部を除いて、2020年4月から施行される予定です。今回の改正では、親権者や里親、児童福祉施設長による「しつけ」としての体罰禁止を明文化しています。今回の法改正に伴い、従来、容認されてきた体罰に疑問や不安を持つ方もいるかもしれません。
2017年7月に公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが実施した全国2万人の大人に対する調査によれば、約6割の大人が子どもに対するしつけのための体罰を容認していることが示されました。以前から体罰をやむなしとする傾向が強いとされてきた日本の実態を裏付けるものとなりました。(報告書『子どもの体やこころを傷つける罰のない社会を目指して』発表-国内2万人のしつけにおける体罰等に関する意識・実態調査結果)
今回、2019年7月23日にさわかみ投信株式会社(東京都千代田区)において、公益財団法人お金をまわそう基金・特定非営利活動法人タイガーマスク基金が主催し、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンが協力し、「子ども虐待のない社会をつくるために~子どもの権利と体罰禁止」と題したセミナーが行われました。
2019年で「子どもの権利条約」が国連で採択されて30年目となり、日本が批准してから25年目の節目となることから、子どもの権利の普及・啓発を目的とした「広げよう!子どもの権利条約キャンペーン」に賛同する団体から3名が登壇しました。
セミナーでは、まず初めに川上園子氏による講演、後半は登壇者3名によるパネルディスカッションが実施されました。本記事では、セミナーの内容をレポートとしてご紹介いたします。前編では、公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの川上園子氏(国内事業部部長)の講演をお伝えします。
「人権」とは何か?
子どもの権利を考える前に、そもそも「人権とは何か?」について整理したいと思います。人権にはいくつか大切な要素がありますが、ここでは4つ紹介します。
1つ目は一人ひとりが人間らしく生きる、つまり尊厳をもって生きることができる条件、2つ目はすべての人に平等にあること(平等性)、3つ目は誰にも奪えないもの(不可侵性)、4つ目は、どこにいても、どんな状況でも、誰にでもあるもの(普遍性)。これらを示したものが、世界人権宣言です。
世界人権宣言は、1948年12月に採択されました。英語だとUniversal Declaration of Human Rights、「人権の普遍的な宣言」という意味です。
第二次世界大戦で多くの一般市民が殺され、人間の尊厳がここまで奪われるのか、という反省の中から、「人権は誰にも奪うことができない」「どこでもどんな状況でも誰にもでもある」ということが、宣言に盛り込まれました。人権とは、「人間らしく生きるために必要である」と社会で得られている、最低限の合意なんです。
「人権」は、発展し、前進する
1948年に制定された世界人権宣言を土台として、現在、主要な人権条約が9つあります。
それぞれの条約は、子ども、女性、民族的少数者、移住労働者、障害者など、社会的に弱い立場に置かれやすい人たちのために、彼らの人権を具体的に保障していくために必要な権利をまとめたものです。この主要な人権条約の中に、子どもの権利条約も含まれます。
人権を保障する義務は、国にあります。私たちは「人権を保障してください」「実現してください」と、国に要求することができるんです。それが人権です。
また、人権は発展し前進します。それは、人権を奪われ苦しんでいる人たちが、「これは私だけではなく、誰にでも起こりうる問題である」と声をあげ、社会の中で共通に守るべき権利として認められていく動きが、今でも起こっているためです。
子どもは「権利」の主体である
1924年に出されたジュネーブ宣言。
この宣言では、「人類は児童に対して最善のものを与えるべき義務がある」ということが明確に出されました。子どもの権利を保障していく上で、非常に重要な宣言でした。しかし、このジュネーブ宣言や1959年に出された子どもの権利宣言の時はまだ、子どもは大人によって守られる存在で、権利の主体ではありませんでした。
子どもは守られるだけの存在ではなく、意見を聴かれて、自ら声を出して、自己決定権を持つ、一人の人間として尊厳を持つ存在であると宣言されたのが、1989年の子どもの権利条約です。子どもを権利行使の主体と明確に打ち出した子どもの権利条約は、画期的でした。
子どもの権利条約には、4つの一般原則があります。
1つ目は、差別を受けない権利(差別禁止)、2つ目は子どもの最善の利益、3つ目は生命・生存・発達の権利、4つ目は意見表明権です。この中で特徴的なのが、子どもの最善の利益と意見表明権です。
子どもの最善の利益を守るためには、子どもの自己決定権を尊重することが重要で、そのために子どもの声を聴く必要がある。そういった考えが根っこにあります。
体罰は「暴力」である
今回のテーマである体罰について、子どもの権利から考えてみたいと思います。
体罰禁止の出発点は、「体罰や子どもの心を傷つける罰は、暴力である」という考えであり、「すべての人は差別なく法律上の保護を受ける権利があり、子どもも“すべての人”に含まれている」、という基本的人権の理念が土台となっています。子どもも大人と同じく、虐待や品位を傷つけるような扱いは、誰からも受けてはいけないのです。
子どもに対する暴力について、具体的には子どもの権利条約19条で親・養育者による虐待・ネグレクト、搾取から子どもを保護する義務が、37条で拷問・虐待の禁止が規定されています。
そうは言ってもなかなか体罰がなくならない。これは日本だけではなく、体罰禁止が進んでいるヨーロッパでも大きな問題でした。
国連子どもの権利委員会は、様々な国に対して、「体罰は子どもに対する暴力であり、法律で禁止しなければいけない」と求めていました。子どもの権利委員会は、条約に規定されている人権を各国で守るために、締約国の取り組みをモニタリングする役割を持っています。また、各条文を詳しく解釈し(「一般的意見」と言います)、それに基づいて各国が法律を整備することを促す役割も担っています。
2006年には、有形力を用いる「体」罰とそれ以外の子どもの品位を傷つける罰について定義を明確にする一般的意見を出しました。また、同じ2006年、国連事務総長の指示で実施された「子どもに対する暴力」の包括的な調査・研究の結果が発表され、すべての体罰を含むすべての暴力を法律で禁止することが各国に呼びかけられました。
「しつけに暴力は必要ない」という新しい社会規範を作る
法律で体罰を禁止している国は、2019年の現時点で56か国あります。特に2005~2006年頃から急増しており、2006年の国連事務総長の提言が一つの大きな契機だったと言えると思います。ここ1~2か月でも増えていますが、子どもの権利条約を批准している国が196か国あることを考えると、まだまだ少ないのが現状です。
体罰の全面禁止を早くに実現した北欧の国々は、最初に刑法から体罰に関する規定を削除しました。当時、子どもが軽微なケガをしても、親がしつけのためにやったなら許されるという風潮があり、刑法上も許されていました。
そこで、刑法でそのような規定を削除したのですが、それでも子どもへの体罰はなくならなかった。そこで民法を改正して「体罰は子どもへの暴力であり、しつけに暴力は必要ない」という新しい社会規範を作っていきました。
現在、客観的な調査や科学的な根拠が、体罰禁止の社会を作る上での追い風になっています。
例えば、過去60年間に行われた親の体罰と子どもの行動に関する300以上の研究調査のメタ分析を行ったアメリカのガーショフ氏は、体罰の頻度と子どもの反社会的な行動に強いつながりがあり、また、親子関係の低下、メンタルヘルスの低下などの影響があることを明らかにしました。
また、暴言や暴力によって脳が変形・委縮していくという、脳の発達への悪影響に関しても、研究結果が発表されるようになりました。
Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。