スウェーデン

生涯学習社会スウェーデンを支える北欧の伝統「スタディーサークル」とは?(後編)-学びへの意欲には自由な時間が不可欠

ヨーロッパの中でも高い生涯学習への参加率を誇るスウェーデン。5歳から64歳の成人のうち、過去4週間以内に何かしらの教育や職業訓練をした人の割合は30.1%で、調査に参加したEU加盟国の中でトップです。

近年、日本でも推進している「リカレント教育」ですが、スウェーデンの経済学者の提唱した概念です。「リカレント教育」は、基礎教育を終えた後、社会人になってからも必要に応じて自発的に学ぶことを指す言葉ですが、なかなか日本では広がっていないのが実情です。

前回の記事(前編・中編)では、「スタディサークル」の社会的な位置づけや、運営していくための財源などについて伺いました。今回の後編では、なぜ、スウェーデン社会は学びへの意欲が高いのか、学びの場にいつも民主主義があるのかなどについて、スタディーサークルを支えている「スウェーデン成人教育協会」のヨーラン・ヘルマン氏から伺います。

ストックホルム市立図書館(ストックホルム市立図書館)

生涯学習社会、スウェーデンの学びへの渇望はどこから湧いてくるのか?

YECのみなさん(視察参加者):そもそもスウェーデン社会においては、人々はどこから学びたいという意欲がきているのでしょうか?

ヨーラン:学びたいという欲求は、スウェーデンの歴史の中でずっとあったのではないかと考えます。スウェーデンの昔の歴史の話をすると、王政だった時に、1600年に(カトリック教徒を粛清して)ルター派を国教化しました。それは2000年まで続いたんですが、それまでは王と教会が手を組んで、市民に読み書きを教えるということをしていたということです。そうすれば聖書を読めるようになりますよね。

その甲斐もあって1500~1600年代に市民の識字率はどんどん上がっていきました。1842年になって、政府と王が初めて義務教育を導入しました。そもそも義務教育には長い歴史があります。その時から、学びたいという欲求というのは始まったのではないか、と思います。

夜23時に帰宅して、よしこれから学ぼう!とはならないでしょう?

YECのみなさん(視察参加者):自発的に義務教育は受けるということになっているけど、それ以前に自分で学びたい・・・日本だと、義務教育は行かないといけないからやっていることが多いのかな、と思うのですが、学びたいという欲求が日本ではそんなに無いのではないかと思うのです。

ヨーラン:もしかしたら「スタディーサークル」みたいなものって、必要無いのかもしれません。

スウェーデンは人口も少ないし、人口密度も低くて、人がこの広い面積の国土に広がっていて、20%の人口がストックホルムに住んでいますが、更に冬は寒いし…という国で生きていくには、人々は「創造的(Inventive・creative)」でならないとやっていけないというのがあるのかもしれません。それこそ、今では、イノベーティブなスウェーデンの会社が世界的に有名になっているように。

スウェーデンは、「buildning」という言葉があって、これは”education”、つまり「教育」とは違う意味なんです。

この言葉には3つの意味が含まれていて、educationの意味もあるし、あとenpowermentの意味もあるし、更にLife-long learning、つまり「生涯学習」の意味が含まれたものが「buildning」なのです。このbuildningがあることによって、市民が成長していくことで社会も一緒に成長してく、社会が新しいフェーズへ行くのです。

スウェーデンでは労働者階級で生まれたとしても、そこから大学教授になるということも全然あるし、そういうキャリアステップを踏むなら一番良い大学に行かなきゃいけないというのが一般的な考え方ですが、スウェーデンだと今の首相の社会民主党の党首は、元々は工場で働いていたんです。今じゃ、党首になっていることがまさにそのことを象徴しています。

ヨーラン:スウェーデンが学習社会になっていることについて、もう1つあるのは、この100年間をかけて政治的な改革をずっとしてきたからではないでしょうか。その中であるのは、日本と比べてスウェーデン人はそんなに働きません。そんなに働かないで生活できるような制度になっています。

育児休暇もいっぱい取れるし、女性も出産して育児をしてから会社に戻ってきてもポジションがありますし、それを可能とする制度が整っています。

そういう政治的な改革をしてきたということによって、自由な時間を人々が享受できるようにしてきた歴史があります。やはりそれこそ自由な時間が無いと、人々が余暇活動や、何かを学びたいとはならないでしょう。夜23時に帰宅して、よしこれから学ぼう!とはならないでしょう?

YECのみなさん(視察参加者):スタディーサークルが無くても良いのかもしれないと言いましたが、無くてはならない存在となっているのはなぜでしょうか?

ヨーラン:インフラを整えることをスタディーサークルはやっていて、それ自体が必要だということ認識しているから、今でもこれだけ重視されているんじゃないかと考えます。インフラを整えることで、人々が自発的に何かに貢献するという環境を作ることになるのではないでしょうか。

それこそ場所の提供、財源の支援、組織運営の中間支援ということをやってこのようになっています。学習内容というのは、その時々で変わっていくというのはありますけどね。

YECのみなさん(視察参加者):聞いていくうちに、色んなところまでカバーしているすごく包括的な活動だな、と感じました。それならば逆に、スタディーサークルをしている人が成人人口の5分の1くらいではなくて、もっといてもよいのかな、と思いました。

残りの5分の4の人々は、どこにいるのか、もしかしてリーチできていない人がいるのか、別のことをしているのでしょうか?

ヨーラン:答えにくいのですが、自分自身もこの地域の政治的な活動もやっていることもありますし、みんな色々なボランティア活動をやりながらスタディーサークルをやっていることもあるから何とも言えませんが、やはりボランティア活動の人口もすごく多いです。

ボランティア活動とスタディーサークルの関係は、スタディーサークルのインフラがあるからボランティア活動ができるということになっていますし、逆にボランティア団体がスタディーサークルになることもあります。そのような「共同」が起きています。

今は、世界的なトレンドでちょっと伝統的なボランティア団体が転換している時期にあるんじゃないかと思います。

それこそ、何かキャンペーンをしたりムーブメントを起こしたいとなった時、これまでのスウェーデンだったら、人を集めてみんなでFIKA (スウェーデン語でお茶をするの意)をしながら話し合って、という感じでしたが、今ではFacebookグループを立ち上げてパッとやり、だけどすぐパッと消えるという風になったりしていますよね。

スウェーデン・ストックホルムのレストラン(スウェーデン・ストックホルムのレストラン)

学びの場にいつも民主主義があるのはなぜか?

YECのみなさん(視察参加者):民主主義について聞きたいのですが、民主主義をどういう風に捉えていますか?学びの場にいつも民主主義があるのはなぜでしょう。民主主義的にスタディーサークルの運営を教える、というのはどんなことをしているのでしょうか?

ヨーラン:スタディーサークル自体がそもそもオーガニック(手作り、地に足着いたもの)なのです。それこそ今、ここで私たちがスウェーデンのスタディーサークルについて学ぼうとしている、この状態が良い例ですし、ここに1人スタディーサークルにとても詳しい人がいて、それについて質問する人がいる、この質問者がいることによって自分も考える、このやりとりが起きる中で異なる意見が皆の中から出てきて、その1つ1つの意見が尊重されて大事だという風にスタディーサークルは考えているから、それによって新しい考え方が出てきます。

普通の人はそのようにあまり考えないのではないでしょうか。自分の意見なんてそんなに大事では無い、と考えているけど、スタディーサークルでは自分の意見、考え方ということ自体が尊重されるし、それが意見を言わなきゃいけないという風にもなっています。だから、スタディーサークルは民主主義の方法で、できているのではないでしょうか。

まとめ:人は自由な時間にこそ人と成る

この訪問を経て、スウェーデンのスタディーサークルの全体像が見えたような気がしました。公教育(学校)との違いとそこで大事にされている人々をエンパワメントするという本質的な価値観、そして民主主義の価値と方法そのものを体現しているもの、それがスタディーサークルなんだということがわかりました。

もう一つわかったことは、スウェーデンでこのスタディーサークルが可能で多くの人が参加しているのは、社会に圧倒的な「余暇の時間」があるからということです。

日本では真逆で、そもそも働きすぎという問題もありますが、子どもも学校教育で忙しい、という事態が常態化しています。投票をしない理由が、「仕事で忙しい」社会では政治参加どころではないということがまさにこのことを象徴しています。 エンンパワメント概念の基礎を築いたのはジョン・フリードマンですが、その8つの条件の1つに「余暇時間」が含まれていることを忘れてはいけません。

自由な時間にこそ、人が本来的に何かを作り出したい、学びたいという欲求が出てくるのではないでしょうか。

※元の記事:生涯学習社会スウェーデンを支える北欧の伝統「スタディーサークル」とは何か?

Author:両角達平
88年、長野県出身。研究者。ストックホルム大学院教育学研究科 (国際比較教育専攻)修士。国立青少年教育振興機構青少年教育研究センター (研究員)、文教大学・駒澤大学・東京女子大学(非常勤講師)、静岡県立大学国際関係学研究科 CEGLOS客員共同研究員。2012年からスウェーデンの首都ストックホルムに留学。以降、視察コーディネートや翻訳、記事執筆、独自調査に携わる。ヨーロッパで訪問した団体の数は100以上。新卒でドイツの若者政策の国際NGO Youth Policy Press(ベルリン)に勤務。その後ストックホルム大学教育学部 (国際比較教育専攻)修士課程を修了。現在は、関東の研究機関と大学で勤めながら、通訳、講演、執筆活動などにも従事。著書に「若者からはじまる民主主義-スウェーデンの若者政策」。
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