過去最高のメダル獲得数で、8月末に華やかに幕を閉じたリオオリンピック。オリンピック選手の華々しい活躍に、テレビの前で興奮した方も多いのではないかと思います。プロ選手にとって、「順位」や「メダル」はなくてはならないものだと思いますが、一方、一般の私たちが行う運動の中で、「順位」や「メダル」という概念はどこまで必要なのでしょうか?
運動というのはそれ自体がそもそも楽しいもので、運動習慣は生涯を通して健康を維持するために不可欠なことです。現在の日本の教育の中で行われている「運動」は、子どもが「運動が好き」「運動って楽しい」と感じ、生涯を通して運動する習慣を身に着けられるものになっているのでしょうか?
幼児期に運動が苦手と感じると、その後も苦手意識を持ち続ける
文部科学省の調査(平成25年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査結果)では、小学校5年生に対して、小学校入学前、1~2年生時、5~6年生それぞれの時期において、運動に対する意識がどのように変化していくのかを調査しています。
その結果、女子生徒においては入学前に「苦手」と感じていたのは26.9%ですが、小学校5年生になった時に「ずっと苦手」と感じているのは14.9%と、初めに「苦手」と感じてしまうと、その約6割は、学年が上がっても「苦手」と感じてしまうことがわかります。「苦手だったが得意」に移った割合も14%いますが、「得意だったが今は苦手」が19.4%と、前者よりも割合が高くなっています。
この傾向は、男子よりも女子の方が顕著となっています。この調査から、運動能力の向上には、①就学前の時期にできるだけ運動への苦手意識をつけさせないこと、②小学校以降、運動が得意と感じていた子が苦手意識を感じないようにすること、という2つの視点が大事になってくると推察されます。
就学前に、「運動が好き」「運動が得意」と感じられるようになるためには?
2008年度、文部科学省の助成の基、「幼児運動能力研究会」が行った「運動能力調査」の結果が、「幼児の運動能力における時代推移と発達促進のための実践的介入」という報告書の中にまとめられています。
この調査は全国約100の幼稚園、保育園に通っている4~5歳の幼児、約1万2千人を対象に、「短距離走」「立ち幅跳び」「ボール投げ」「両足連続飛び越し」「体支持時間」「捕球」という6種目に関しての能力を測定しています。この調査で興味深いのは、体操やボール遊びなどの運動指導を「行っている」園よりも「行っていない」と答えた園の方が、運動能力が高いという結果が出たことです。
運営能力判定基準表(個人やクラスや園の運動能力を全国標準と比較判定するための幼児の運動能力判定表を作成)
評定点「5」(理論的出現率7%)発達が標準より非常に進んでいる
評定点「4」(理論的出現率24%)発達が標準より進んでいる
評定点「3」(理論的出現率38%)標準的な発達である
評定点「2」(理論的出現率24%)発達が標準より少し遅れている
評定点「1」(理論的出現率7%)発達が標準よりかなり遅れている
また、次のような結果も報告されていました。保育形態について、「一斉保育と自由保育が半々」の園が最も運動能力が高く、「一斉保育中心」の園が最も運動能力が低いという結果です。
ここで言う「一斉保育」は必ずしも運動のみを行っていることを指しているわけではありませんが、保育時間内に自由遊びの時間が確保されている園ほど、子どもの運動能力が高いことを示しています。ちなみに、「一斉保育」は「設定保育」とも呼ばれ、「明確な指導目標をもとに子どもに課題を与え、一斉に取り組ませる保育」を指します。
「自由保育」とは、「子どもの自発的な遊びや活動を尊重しながら進める保育」を指します。通常であれば、運動指導を行った方が運動能力は向上しそうに思えますが、なぜ、運動指導を行っていない園や、自由遊びの時間を確保している園の方が、子どもの運動能力が高いのでしょうか?
運動の指導を行うと、確かに特定の運動のスキルについては身につきやすくなります。
しかし、①特定の運動のみの繰り返しになる、②一斉に同じ運動を行うため、器具などが限られる場合は待ち時間が長くなる、というデメリットが考えられます。また、一斉に運動を行うために優劣がわかりやすく、苦手意識を感じてしまった子はその後自主的に体を動かすことが少なくなる、という悪循環に陥っているのではないか、ということも推察されます。
小学校以降、「運動が好き」「運動が得意」と感じるようになるためには?
文部科学省の同調査で、「運動やスポーツをもっとするようになるためには、どのようなことがあればよいか?」という質問をしたところ、最も回答が多かったのは「自分が好きな種目、できそうな種目があったら」であり、次いで「友達と一緒にできたら」「自分のペースで運動ができたら」「自由に使える場所があれば」の順に多くなっています。逆に「授業で丁寧に教えてもらえたら」の割合は下から2番目になっています。
この結果からは、授業で特定の運動を教えてもらうことよりも、自由に使える空間で、友達と一緒に楽しみながら、自分のペースで体を動かす機会を欲している子どもたちの姿が浮かんできます。
大人としては、つい「いろいろ教えてあげなければ」と思ってしまいがちですが、子ども達は自由に使える空間、時間、そして仲間がいれば、大人が何も教えなくても勝手に体を動かして遊ぶのかもしれませんね。
次月の後編では、運動の目的ってそもそも何なのか?という部分を考えた上で、幼児期、学童期の運動のあり方を考えていきたいと思っています。
Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。