民間企業で働きながら通信課程の大学に通い、教師を目指している方にお会いすることがあります。「社会人経験を積んでからの方が、子どもたちに色々な事を教えることができると思ったから」というのが理由だそうです。確かに、子どもたちにとって、色々な仕事を経験した教員に出会えることは、多様な価値観を育むうえで、大きなメリットになります。
しかし、筆者が実際に教員として勤務していたときに、「社会人採用」で教員になる方は、わずかだった実感があります。5年勤務した中でも、1~2人程度しか思い当たりません。本記事の中では、学校教育における「社会人採用」の現状と課題について、考えていきたいと思います。
「採用者数」の中の「民間企業勤務経験者」の割合
文部科学省が実施した「平成27年度公立学校教員採用選考試験の実施状況」という調査があります。(公立学校教員採用選考試験の実施状況)
この調査は、全68都道府県・指定都市・豊能地区(大阪府)教育委員会において平成26年度に実施された平成27年度採用選考を対象として、受験者数、採用者数、受験者及び採用者の経歴等採用選考の実施状況について調査したものです。この調査の中では、採用者の中の「新規学卒者」と「既卒者」の割合や、「既卒者」の中で、「教職経験者」と「民間企業経験者」の割合が示されています。
この調査によると平成27年度の採用者数(31,176人)の中で、「教職経験者」の割合は50.9%(15,689人)であり、「民間企業経験者」の割合は4.8 %(1,491人)でした。データとして記載があるのはここまでですが、恐らく残りは「新規学卒者」であると推察されます。
(「平成27年度公立学校教員採用選考試験の実施状況」より)
教員の中で、民間企業の経験者が5%にも満たない状況だということがわかりました。この割合が多いのか、少ないのか、他の業種と比べてみます。
2010年に「DODA」が25~39歳の正社員として就業する800人を対象に行った「転職経験に関するアンケート調査」によると、「転職をしたことがある」と答えた割合は、「介護・福祉系」が最も多く75%、次いで「クリエイティブ系」が70.6%でした。(2人に1人が「転職経験あり」〜転職活動の実態調査)全体の平均は52.5%ですが、「教員」の中で転職をしたことがある割合は35.4%で、全11業種の中で最も低い割合でした。
有効回答数800件の中で、教員の割合がどの程度なのかは定かではありませんが、他業種と比べたときに、転職経験者が少ない業種であることは確かなようです。
必要な職務経験と試験内容
「平成29年度東京都公立学校教員採用候補者選考」の実施要項によると、選考は「一般選考」「特例選考」「特別選考」「大学推薦」「障害に配慮した選考」と分かれており、民間企業経験者は「特例選考」の中の「社会人経験者」という枠で受験することができます。
一般選考は昭和53年4月2日以降の出生(受験時点で39歳以下であること)が対象であるのに対して、特例選考は昭和33年4月2日以降の出生(受験時点で59歳以下であること)が対象となり、幅広い年齢の受験が可能であることを示しています。職務経験は、以下のいずれかに当てはまっていることが条件となります。
1 | 同一の民間企業、官公庁、国公私立学校、日本人学校等において、常勤の職として、継続して3年以上の勤務経験がある者 |
2 | 民間企業、官公庁、国公私立学校、日本人学校等において、常勤の職として、通算して5年以上の勤務経験がある者 |
3 | 独立行政法人国際協力機構法(平成14年法律第136号)に基づく、「青年海外協力隊」、「日系社会青年ボランティア」、「シニア海外ボランティア」又は「日系社会シニア・ボランティア」として、派遣経験が2年以上ある者 |
「一般選考」では、一次試験に「教職教養」「専門教養」「論文」という科目があるのに対し、「特例選考」の「社会人経験者」の一次試験では「論文」と「適性検査」のみの試験です。「教職教養」は、「教育原理・教育法規・教育心理・教育史」の4分野について問われ、「専門教養」は、実際に担当する教科の知識と指導力について問われます。
「社会人経験者」は、それらの試験がない分、「論文」において、社会人としての考える力、表現する力が問われます。暗記が通用しない分、これまでの社会人としての経験や、自らの価値観を評価されるのではないかと推察されます。
ただし、これは東京都の採用試験の場合なので、都道府県によって試験内容は、若干異なってきます。筆記試験があり、論文がない場合もあり、一概には言えないようですが、「免除科目がある」ということは共通しています。
「民間企業勤務経験者」は、必要か?
新卒でそのまま教員になる、あるいは非常勤講師や補助教員で数年経験を積んでから教員になるのと、民間企業で数年勤務してから教員になるのとでは、どちらの方がいいのでしょうか?恐らく、どちらにもメリット・デメリットがあると思いますが、今後は、ますます民間企業経験者の存在が必要になってくると考えます。
なぜなら、2020年の大学入試改革に向けて、学校教育の役割が大きく変わり、それに伴い教師に求められる役割も大きく変化しようとしているからです。平成29年3月に学習指導要領が改訂され、学校教育においては、社会と連携・協働しながら、未来の創り手となるために必要な資質・能力を育む、「社会に開かれた教育課程」が重要であると示されています。
また、それを実現する手段として、主体的・対話的で深い学び(アクティブラーニング)が推奨されています。学校の中だけではなく、社会の資源を活用しながら授業を設計し、子どもたちの主体的な学びを引き出していくことが求められます。
新卒の先生や、教職の経験しかない先生は、良くも悪くも子どもの時から大人になるまで「学校」という世界しか知らないので、教えられることにどうしても限りがあります。
もちろん、一言に「民間企業」と言っても様々なので、「民間企業経験者を多く入れよ」とは一概には言えないですが、「社会に開かれた教育課程」が重要であると学習指導要領で言われている以上、学校教育そのものも外に開き、もっと様々な人材を活用していくことが必要ではないでしょうか?
「子どもと関わった経験」は、絶対に必要
民間企業経験者を含め、様々な人材を活用していく必要性を述べましたが、一方で、「民間企業経験者=幅広い経験を持っている=子どもたちにとって良い」と単純に考えることは危険だと考えます。
様々な経験を有していることは大きな強みだと思いますが、それに加えて「子ども」という存在に関わり、一定の責任を持ちながら物事を教えたことがある、という経験は絶対に必要だと考えます。
民間企業で勤務し、様々な他者と協働するスキルや、問題解決のスキルなどが身についていても、対大人と対子どもでは、接し方や関わり方、指導の仕方が全く異なってくるからです。新卒でも、民間企業経験者でも、子どもと関わる経験を積み重ねて置くことは不可欠です。
その経験がないまま教員になってしまうと、「あれもこれも教えたい」という独りよがりな教員になってしまう可能性があります。あくまで子どもの視点に立ち、子どものことを一番に理解しながら、これまでの経験を活かして、主体的な学びの環境を整えていくことが求められています。
Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。