教育格差

「学校外教育バウチャー」で教育格差は解決できるのか?-すべての子ども達の教育機会を保障する新しい仕組み③

一般社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事である今井悠介氏

昨今、大阪市や被災地で注目を集めている「学校外教育バウチャー」の仕掛け人でもある一般社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事である今井悠介氏をお招きし、「『学校外教育バウチャー』で教育格差は解決できるのか?~すべての子ども達の教育機会を保障する新しい仕組み~」と題した公開セミナーを実施いたしました。

今回のレポートでは、2012年11月3日に江東区亀戸文化センターで開かれた本セミナーの詳細について連載でご報告をいたします。今回は、第三回目(最終回)の連載になります。

「学校外教育バウチャー」とは?

 「学校外教育バウチャー」とは?

ここからメインの学校外教育バウチャーのお話になりますが、その前に注意点が二つあります。一つ目として「バウチャー」という言葉は、あまり耳慣れない言葉だと思いますが、いわゆる「クーポン券」と同義だと考えて大丈夫です。二つ目に「私立学校の教育バウチャー」とは全く別物です。手法はとても似ていますが、目的や趣旨は全く異なります。

学校外教育バウチャーの事業についてお話をしたいと思います。

仕組みはとてもシンプルなもので、子どもたちに対して現金ではなく学校外教育サービスに利用できるバウチャー券を配布します。子どもたちはこのバウチャー券を利用して自分が行きたい学習塾であったり、習い事教室に行くという仕組みです。

バウチャーを受け取った教育事業者は、チャンスフォーチルドレンの様なバウチャーを提供する団体に対してバウチャーを渡すことでサービスの代金を得ることができるという仕組みになります。

「単に現金がクーポン券になっただけではないか?」と感じられる方も多いと思います。なぜ、チャンスフォーチルドレンがこのバウチャーの仕組みにこだわって教育支援をしているのかということをお話したいと思います。

結論から言うと、今まで行われていた学校外教育機会の支援は様々にあったと思いますが、この全ての弱点を克服できる形がこの学校外教育バウチャーだと言えます。 特徴を大きく3点お伝えしたいと思います。

「学校外教育バウチャー」の3つの特徴

一つは「バウチャーの使途の限定」です。学校外教育バウチャーは、学校外教育サービスに使用を限定することが出来ます。これにより子どもたちは確実な教育機会を得ることができます。

例えば、多くの方々が震災の支援として被災者の方々に義援金を送っていますが、本来は生活の再建を目的とした義援金の一部がパチンコ屋に使われてしまっています。実際に被災地ではパチンコ屋が賑わっています。また、「子ども手当」では、最も多い使い道は「貯蓄」です。37%が貯蓄にまわっており、教育サービスに使われているのは約30%です。

このバウチャーの仕組みを使った場合、バウチャー券一枚一枚には有効期限を設けることが出来ます。これにより期限内に確実にバウチャーが消費されます。消費にまわっているということは、子どもたちの教育機会になっているということです。

バウチャーに関するエピソードですが、私たちチャンスフォーチルドレンは被災地でも活動しており、子どもたちにバウチャーを提供しています。ある中学三年生の男の子は受験勉強がしたくて、このバウチャー制度に申し込み、採用されました。

彼は、予想外に推薦で高校に合格することが出来ました。そのため、本来通うつもりであった学習塾に通いませんでした。この時、彼と保護者は、バウチャー券を返却してきました。恐らく現金だった場合、別の費用に使われていたかもしれません。

返却していただいた際にその保護者は、「本当に必要としている人他に居ると思いますので必要な方に渡してください」とおしゃってくださいました。これは非常に稀なケースですが、使途を限定することで子どもたちに確実に学校外教育の機会の提供に役立てることが出来ます。

二つ目の特徴をお話します。バウチャーの事業の前提として、「これが一番!」というものは存在しないと思います。なぜならば子どもたち一人一人によって必要なものが異なるためです。

以前、私が公文に勤めていた時に様々な指導者の先生にお会いしました。池袋におりましたが、池袋だけでも200の教室を担当していました。そういった中で、本当に素晴らしい指導をする先生方の共通している部分は、子どもたち一人一人の能力を見極めて、彼らに適した指導をしているところだと感じました。

ある意味ではこの学校外教育バウチャーという仕組み、これは一人一人の子どもたちが自分の受けたいサービスを選べる仕組みであり、一人一人に合ったサービスを支援する究極の仕組みではないかと思っています。

三つめの特徴として、「民間教育事業者の活用」という点が挙げられます。

先ほどご説明をした通り、日本の学校外教育が非常に盛んです。長年にわたってこの学校外教育に従事してきたすばらしい民間教育事業者はたくさんいらっしゃいます。これは日本にとって非常に大きな資産だと言えます。

バウチャーの仕組みというのは自分たちで彼らに対して支援をしていくのではなく、それぞれの地域にもともといる教育事業者の方々が子どもたちに支援していくという手法であり、それを民間の事業者ではなく、子どもたち自身が選んでいくという仕組みです。既存の民間の教育の力を子どもたちに生かすことができます。

塾というと頭の良い子だけ通うイメージがありますが、実際は補習塾であったり、勉強がとても苦手な子のための塾であったり、様々なものが存在しており、学校外教育のキャパシティは非常に広いものだと実感しています。

学校外教育といものは高所得者向けに作られている部分はありますが、実際のところ低所得の方々が彼ら(民間事業者)の顧客層に入っていった場合、これまで事業者が培ってきた指導のノウハウがあり、彼ら(低所得者)に適切な支援ができるのではないかと私自身は考えています。

「学校外教育バウチャー」を有効化するための仕組み

「学校外教育バウチャー」を有効化するための仕組み

バウチャー制度のこの三つの特徴を可能にする仕組みについてご紹介をします。大事なのは「子どもがどこでサービスを受けるのか」ということです。

これは決して学習塾だけではなくて、キャンプのような体験活動であったり、サッカースイミング等のスポーツ教室、ピアノ教室等の文化活動であったり、いろいろな稽古事に対して子どもたちはバウチャーを使用する仕組みになっています。子どもたちに「100の事業者があります。この中から選んでください」という様な仕組みではありません。

まず「あなたはどこでサービスを受けたいですか?」と聞きます。その事業者が登録してある場合は、「そこでバウチャーを利用してください」と伝え、まだ登録されていない事業者に関しては「今から交渉してきます」と伝えています。

子どもたちの要望に応じて、随時、バウチャーの利用できる事業者を増やしています。これを「リクエスト制度」と呼んでいます。そのため、子どもたちは自分の通いたいところに行くことができ、意欲をもって学習やスポーツに取り組むことができます。

チャンスフォーチルドレンでは、現在、1300ほど事業者に登録いただいており、大手の事業者さんだけではなく、個人でやっている地域の事業者さんなど様々にいらっしゃいます。ちなみにこのバウチャー券の使い道は、一つの事業に偏ることはありませんでした。 みんなが行きたいところに行くので、いかに子どもたちのニーズが広いかがわかりました。

このようにいろんな支援の方法を比較してみると、「学校外教育機会の保証」という観点では従来行われていた現金給付であったり、無償の支援よりもおそらくメリットの多い活動だと思います。

もちろん現金給付がだめだと言っているわけでも、無償の支援がだめだと言っているわけでもありません。あくまでも「学校外教育機会を保障する」、「質の高いものを保障する」という観点ではやはりメリットが多いと考えています。

現金で言うと、「教育サービス以外に使うことも重要ですよね」という考え方も聞こえてきます。もちろんその通りだと思いますが、「子どもたちに学校外教育の機会を保障したい」ということであれば、バウチャーの仕組みが一番良いだろうと私は考えています。

「学校外教育バウチャー」の懸念点とは?

これまでバウチャーの良いところばかりをお伝えしました。もちろん、バウチャーの仕組みは良い点だけでなく、懸念点もありますのでそちらについてお話したいと思います。

懸念点の一つ目は、「バウチャーが利用されなければ無意味である」ということです。バウチャー券は使われて意味の発するものなので、使われなければただの紙切れになってしまいます。

私たちは、これに対してどのように取り組んでいるかと言うと、研修を受けた大学生ボランティアが月に一回の電話や面談を通して、バウチャー利用に関するアドバイスを行い、進路や学習に関する相談に乗るというような活動を並行して行なっています。

実際、大学生のボランティアなので彼ら(バウチャー利用者)と、とても年齢が近く打ちとけやすいので、彼らの日常の相談に乗りながら、バウチャーの促進を行っているという面もあります。こういった対策が功を奏して、現在、関西では99%のバウチャーが消費されています。

また、現在被災地で利用されている分に関しては、バウチャーの有効期限のうち半分が過ぎている状況ですが、すでに半分が使われているので最終的には100%に近い割合で消費されるのだろうと考えています。

二つ目の懸念点としては「バウチャーの偽造印刷や不正に利用されるのではないか」という点についてお話したいと思います。

特にバウチャーの利用者と事業者が結託し、それを現金化するというリスクは考えられます。このようなことに対する対策として、利用者の顔写真付きのIDカードを発行し、バウチャーのIDの管理をしながら「いつ・どこで・誰が・どの事業者を」利用したのか随時確認しています。

また、教育事業者自身に審査項目を設けて訪問調査を行いながら、健全な事業運営を行っているかチェックしています。バウチャーの印刷に関しては、凸版印刷さんという会社にお願いをしており、ホログラム加工をしていたり、マイクロ文字加工をすることで偽造が出来ないように対応しています。

チャンス・フォー・チルドレン(CFC)の活動状況

実際にチャンス・フォー・チルドレンはどのような活動をしているのかについてご説明したいと思います。現在、チャンス・フォー・チルドレンでは、「関西地域に住んでいる生活保護世帯の子どもたち」と「被災地で被災したことによって経済的に困難な状況になった子どもたち」の計204名に対して学校外教育バウチャーを提供しています。

バウチャーの利用者とは次のように審査基準を設けています。一般公募して、基準の中で選ばれた子どもたちがバウチャーを利用しています。関西と被災地では若干制度が違っていますが、基本的には公募で選考するというような形をとっています。ここでバウチャーの利用者の声を動画でご紹介したいと思います。

今のお子さんは宮城県で被災され、ご自宅は全壊。ご両親も失業されたという状況で非常に厳し家庭環境にあります。バウチャーを利用し、現在は石巻市にあるピアノ教室に通っています

。チャンス・フォー・チルドレンは、もともと私が学生時代活動していたNPO法人ブレーン・ヒューマニティーという団体が被災地の支援を行っており、そこからスピンアウトした形で生まれ、被災地の方々の支援をしています。

先ほどのお子さんも含めて、204人が利用していますが、実際のバウチャーの応募者は1700人いました。我々の運営というのは寄付で運営をしているので200人にしか提供できていない状態です。1500人の子どもたちが現在も支援を待っているという非常に厳しい状況にあり、継続的な活動を行うために私は関東に来ています。

行政がバウチャーを取り入れるメリット

この活動自体は、子どもたちの教育格差の問題を解決するために有効な仕組みだということが本拠地の関西で認めて頂きつつあります。大阪市西成区において学校外教育バウチャーという仕組みが取り入れられるようになりました。実際に、2012年9月から事業を開始しており、子どもたちの教育の機会を得ています。

なぜ、自治体で学校外教育バウチャーの仕組みが取り入れられたのかというと、それはもちろん先ほどもお伝えしたバウチャーの強みが有るわけですが、実は行政では多くの所が無料の学習支援教室を作っています。そのような所の非常に大きな課題が二つあります。

一つは「教えるボランティアの教師が居ない」ということです。もう一つは「教える拠点が少なすぎて子どもが通えない」という以上の二つの課題をどの自治体も抱えています。

しかし、バウチャーという仕組みを使った場合を想定してください。もともと存在する社会資源である学習塾や学校外教育機関を使って子どもたちに支援していくことになるので、教え手であるボランティア教師の設置が不要となります。また、新しい拠点を作るという必要もなくなります。このような自治体が今まで抱えていた課題を一気に解決できる仕組みでもあります。

さらに言えば、無料の学習支援教室を作るとなった場合に700~800万のお金をかけて支援するお子さんが15~20人程ということになると1人あたり40万から50万をかけていることになります。

ただバウチャーの仕組みを使った場合、バウチャー券を発行する管理費はかかりますが、子どもたちに対してバウチャーを発行して使った分だけ支出する形式なので予算を組む上でも非常に効率的です。

さらに協力する教育サービスの事業者の方々も、元々は事業をやっておられる方々なので非常に高いクオリティのサービスを受けることも可能です。そういった点で自治体で行っていく上でも学校外教育バウチャーという仕組みはメリットの高い活動になっています。

「親の所得」、「子どもの意欲」という観点で4つに分類

学校外教育バウチャーで教育格差の問題は解決できるのか?

最後に本日のお話をまとめる前に支援対象者の分類を行いたいと思います。「親の所得」、「子どもの意欲」という観点で4つに分類してみました。

(A)の方々は親の所得も高いし、子どもの意欲も高い

(B)の方々は親の所得は高いが子どもの意欲が低い

(C)の方々は子どもの意欲は高いが経済的な状況で教育を受けることができない。

(D)の方々は所得も低いし、学習の意欲も無いとバウチャー自体使わないのであまり有効な仕組みではない。

大きく私たちが支援しなければならないのはC、D層であり、低所得者向けのサービスなのでこういった方々に対して事業を行っていきます。ただその中でも正直な話をするとDの子どもたちに対してこの学校外教育バウチャーという仕組みはあまり有効ではありません。なぜなら元々学習意欲がないからです。

Cの層を見て欲しいですが、子どもの意欲が高いけれども親の経済事情によりそういったサービスを受けられません。学校外教育バウチャーは、こういった方々に対して非常に有効にまわっていく仕組みです。

全ての物事を一つの仕組みで解決するようなものは無いと思っています。ただ重要なのは一つ一つの課題を分類してそれを一つ一つ解決していくしか「子どもの貧困」を解決する手段は無いのではないかと考えています。

なのでバウチャーという仕組みは非常にCの方々にとっては有効だが、Dの方々には有効ではない。ただDに対して支援が出来ないということは、Dに対して支援する必要が無いのかという理由には全くなりません。

子どもたちに教育の機会を提供して、教育の機会を是正するにはCへの支援は十分に必要と考えており、同時にDの層の方々を支援する団体と今後連携をしながらDの層をどうやってCに上げるのかを考えることも今後の大きな課題になるだろうと考えています。

最後まとめますと、今回のテーマである「学校外教育バウチャーで教育格差の問題は解決できるのか?」という問題ですが、これに対する私の結論としましては、学校外教育バウチャーだけでは、この問題は解決できません。

しかしながら、学校外教育バウチャーという仕組みが無ければおそらく教育格差の問題、子どもの貧困の問題は解決されないだろうと思っています。ですので、今私たちに必要なことは様々な団体さんと連携しながらこの貧困問題に対して取り組んでいくこと。更にその仲間を増やしていくことが非常に重要ではないかと考えています。

「どうにかしなければいけない」と思ったときに行動に移す

現在、私たちは、寄付というものを原資にしているので活動自体は地道なものが多いです。

今日、実際にこの問題や仕組みを見ていただいたことで様々な支援が必要だと思った方どれくらいいらっしゃいますか?私がこの活動に取り組むようになったきっかけもそうですがが、「どうにかしなければいけない」と思ったときに行動に移さなければ、その想いというものは消えていってしまうのではないでしょうか?

実際、私は震災が起こった時にすごい映像を見て「どうにかしなければいけない」と思いました。でも、驚くことに一カ月を過ぎた頃には案外普通になっている自分がいました。このような自分が偽善者のような感じがして嫌になってしまったがこれは当たり前のことです。

その時、「どうにかしなければいけない」と思った問題でも、その後、時間が過ぎればその問題に関する関心は薄れていくものです。今、「どうにかしなければ!」と思ってくださった皆さんも行動しなければ一週間でその想いはなくなってしまうのだろうと思います。なので想いがあるうちに次のような行動を起こして欲しいなと思っています。

ご支援のお願い

具体的にはここに挙げているような様々な教育格差是正の方法があります。

例えば、企業や団体の社会貢献担当の方を紹介して頂くことや、今回のようなお話ができる場を設けてもらったり、あるいは時間的な制約がある方に関してはご寄付を頂くことも一つの支援の方法だと考えています。

様々な形で皆さんが協力することができますので、ぜひ、みなさんの力をお貸しいただければと思います。今、私が関東にいる理由は、多くの人々に協力して欲しいからです。多くの方々にご協力を頂いて、多くの子どもたちに教育の機会を提供出来たら良いと考えております。

少しお時間があるので今後のお話をしたいと思います。

現在、チャンス・フォー・チルドレンでは寄付を募って子どもたちに対してバウチャーの提供をしています。先ほど申し上げました通り、200人の子どもたちに支援を提供したところで、現在でも1500人以上の子どもたちが支援を待っている状況です。これを解決するのはチャンス・フォー・チルドレンだけでは無理だということは十分に承知しています。

私たちの役割というのは良いモデルがあるならば、このモデルをやって頂ける方を探す事や、あるいは自治体の事業に取り組んでもらうことなど、今後はそういった形で仕組みを動かすことに特化していきたいと考えています。様々な形で連携を図りこの仕組みを用いてより多くの子どもたちが教育機会を得る事が出来るように頑張って参りますのでどうかご協力をよろしくお願いします。

Editor:今井悠介
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事。大学在学中に、不登校児童等の支援に携わる。卒業後、株式会社公文教育研究会(KUMON)に入社し、子どもの学習指導や学習教室のコンサルティング業務に従事。東日本大震災後、チャンス・フォー・チルドレンを設立し、代表理事に就任。子どもの貧困対策センター・公益財団法人あすのば アドバイザー、学校法人軽井沢風越学園評議員。著書「体験格差」、共著「東日本大震災被災地・子ども教育白書2015」。

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チャンス・フォー・チルドレン

公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(CFC)は、日本の子どもの貧困・教育格差という深刻な社会課題に対して「スタディクーポン」という新しい課題解決の手法で挑んでいます。経済的困難を抱えた子どもに、塾や習い事等で利用できる「教育クーポン」を給付することで、子どもたちが未来の展望を描き、夢に向かって学ぶ環境を提供しています。

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