自然体験

逼迫する現場の状況と乖離する文科省「子供の自然体験活動推進事業」-新型コロナ対応として内容が疑問視される補正予算

令和2年度文部科学関係補正予算(案) 事業別資料集「子供たちの心身の健全な発達のための子供の自然体験活動推進事業」令和2年度文部科学関係補正予算(案) 事業別資料集

新型コロナウィルス感染症対策を目的とした各省庁の補正予算について、事業内容や手続きに関して疑問を呈する報道が様々なメディアで行われています。文部科学省についても、補正予算で行われている「国立青少年教育施設改修事業」(12億円)について、新型コロナウィルスの対応が急がれる中で、必要性に疑問があるとされる報道がなされています。

今回の記事では、文部科学省が6月3日より企画公募を開始した2020年度(令和2年度)補正予算事業(4.5億円)として行う「子供たちの心身の健全な発達のための子供の自然体験活動推進事業」(以下、子供の自然体験活動推進事業)について、自然体験を行っている現場とかけ離れた内容になっている現状をお伝えします。

新型コロナ禍の子どもたちの成長を支えるために

「子供の自然体験活動推進事業」では、自然体験活動実施のノウハウや指導者等を有し、全国規模又は地域規模の取組を企画、実施できる団体(公益社団法人、公益財団法人、一般社団法人、一般財団法人、特定非営利活動法人、一定要件を満たした任意団体等)が担い手となり、全国の小学生・中学生を対象に、子供たちが参加しやすい時期(例:学校の長期休業期間、土・日曜日、祝日)に、近隣地域の自然(屋外)環境を有するエリア(例:山岳・山麓・河川・湖・海浜・公園(自然環境を有する)等)を中心としたプログラムを行うこととしています。

なお、多くの子どもたちが本事業に参加することができるように、複数回の開催を行うことを求めています。

新型コロナウィルス感染症対策のために組まれた補正予算で行われる本事業の趣旨は、以下の通り記載されています。

「今般の新型コロナウイルス感染症の影響による屋外での活動の減少や未知の感染症に対する不安感などは、子供たちの成長にとって良くない影響を及ぼす恐れがある。よって、本事業において、各地域の感染状況及び感染防止に十分留意した上で、自然の中での体験活動を充実する取組を全国的に展開することで、子供たちを取り巻く環境に生じている閉塞感を打破するとともに、子供たちの元気を取り戻し健やかな成長を図る。」

自然体験活動を推進するために、民間団体・青少年教育団体と連携する事業として4.5億円の予算が組まれたことは、極めて稀なことです。令和二年度の文部科学省の予算で自然体験に関するものは、民間と連携したもので3,200万円、学校や教育支援センター(適応指導教室)等に関連したもので9,900万円(2019年度も同様)となっています。

趣旨に記載されている通り、新型コロナウィルスの影響で、外出自粛要請期間が続いてきた中、また、学校の授業時間を確保するために、多くの行事が中止や延期となっている中、これまでの大規模災害時に官民問わずに行われてきた自然体験活動の効果から見ても、自然体験活動が子どもたちの心身の健康に寄与できる点は多いと考えられます。

文部科学省:被災地の子供たちに自然体験活動等の機会を提供する取組
ふくしまキッズの教育的効果

カヤックをする子ども

存続の危機に直面している自然学校、青少年教育団体

公益社団法人日本環境教育フォーラム(JEEF)が2020年4月に公表した調査結果によれば、新型コロナウィルスによる感染拡大による影響で、全国の自然学校では、プログラム・イベントの中止・延期が余儀なくされており、のべ約58万人・被害総額は約18億円にのぼるとされています。

調査を回答した団体の8割以上が年間の事業規模が5,000万円未満の団体となり、規模の小さい自然学校が多い中、組織の存続に関わる状況に直面している団体も少なくありません。

また、国立青少年教育振興機構が2020年6月に公表した全国の公立青少年教育施設を対象とした緊急調査の結果によれば、9割超の施設は受入れを停止し、キャンセルになった利用者数は約106万人になったとしています。これは、多くの民間団体・青少年教育団体が予定していた活動を中止していたことを表す数字でもあります。

※国立青少年教育振興機構:新型コロナウイルス感染症流行下における公立青少年教育施設の運営に関する現状調査

上記のことから今回、文部科学省が行う「子供の自然体験活動推進事業」の担い手となる各地の自然学校、民間団体・青少年教育団体等は、新型コロナウィルスの影響で、事業を行うことができず、財政的にも逼迫している現状が明らかになっています。

川遊びをする親子

団体をより一層逼迫させる持ち出し前提の委託スキーム

「子供の自然体験活動推進事業」では、1つの事業にかかる予算の上限について、日帰りのプログラムで20万円、宿泊を伴ったプログラムで45万円としています。担当課に確認したところ、参加者数や宿泊日数に関わらずの上限ですが、一団体から複数の事業を申請することはできるということでした。(それぞれの事業ごとに、企画提案書や予算書の提出が必要)

上限額の参考として、毎年度、同様の助成を行っている「子どもゆめ基金」(国立青少年教育振興機構)では、参加者を募集する範囲によって限度額が設定されており、24都道府県以上で参加者を募集する活動で600万円、都道府県全域またはそれを越えて参加者を募集する活動で200万円、市区町村規模で募集する活動で100万円としています。

人件費については、担い手となる団体の役職員に使用することはできず、この事業のためだけに雇用された補助業務を行う者(パートやアルバイト等)のみに限って計上することができます。適切な安全管理対策が求められている中、継続的に自然体験の業務を携わり、安全管理等に関しても専門性を有する正職員の人件費は、計上することができません。

今回の事業は、省庁側が事業主体となる「委託」であり、団体が事業主体となる「助成・補助」ではありません。通常の委託事業であれば、正職員も含めて雇用形態などに関わらず、当該事業に従事した者の直接作業時間数で人件費を計上でき、一般管理費も一定割合で認められています。

また、この予算を使用して事業を行なう場合の参加費については、基本的に参加者の飲食費、集合場所までに係る交通費、宿泊代などの実費分しか徴収することができません。参加費の収支の差は、基本的に0円になることが求められます。

つまり、「子供の自然体験活動推進事業」では、自然体験活動実施のノウハウや指導者等を有している団体であっても、外部の団体に講師依頼をするか(外部への諸謝金は計上可能)、指導者の人件費は持ち出しでやらざるを得ないということです。このような形で、安全対策の徹底が求められる野外での自然体験において、十分な対応が図れるか疑問を感じます。

この委託事業は、担い手となる団体の人的・財政的な持ち出しを前提としたものであり、「子供の自然体験活動推進事業」に積極的に取り組むほど、団体がより一層逼迫することになります。これは「子どもゆめ基金」も同様のスキームですが、このような事業のあり方は、現在の現場の状況とあまりにかけ離れたものだと言えます。

「緊急性」が考慮されていない手続き

新型コロナウイルス感染症の影響で生じた子どもたちへのケアは急がれるべきものであり、補正予算として行われている事業ということであれば「緊急性」が求められ、手続き・審査の簡略化や、予算の内容や支払いに対しても柔軟な対応が必要となります。

しかしながら、公募書類を見る限り、通常時の事業と同様の手続き・審査が行われます。事業後は、成果の把握として参加者に対して所定のアンケート調査及び聞き取り調査を実施し、委託事業完了報告書を提出し、調査等を受けた後に委託費が支払われることになっています。(別途申請をすることで、全額または一部の事前の概算払いにも応じるとしている)

新型コロナウィルスに対する補正予算として組まれている性質や、事業の趣旨から考えれば、各団体での手続きをできる限り簡便化し、地域の状況に応じて計画を柔軟に変更できるようにする必要があります。

ハイキングをする子ども

新型コロナ禍のモデルづくりと利用者助成

このような緊急の措置において、できるだけ早く子どもたちに活動を届け、担い手となる団体の維持・発展につなげていくために、以下の2点の取り組みが有益だと考えます。

第一に、新型コロナウィルスへの感染が懸念される中、参加する子どもや保護者が安心して参加することのできる新たな自然体験のモデルづくりが必要です。

多くの実績や専門性の有する団体が短期間で様々な形式のモデルを生み出し、良い事例を共有していくことができるように、正職員への人件費も含めて計上ができるようにする必要があります。コロナ禍での自然体験を推進していくために、こういった研究開発を国がサポートしていくことは、全国の団体にとって有益です。

第二に、本事業が新型コロナウィルス感染症対策のために組まれた補正予算としての性質を考えれば、団体に対する助成だけではなく、利用する家庭へのプログラム参加費を補助するバウチャー(利用券・クーポン)の提供することも有益だと考えます。

新型コロナウィルスの影響によって、家庭の経済状況が悪化し、子どもの教育格差・体験格差を生み出しやすい状況になっており、一定の条件を設けて経済的に厳しい家庭に提供することで「子どもの貧困」対策にもつなげることができます。

同様の仕組みは、学校外教育(塾など)で利用できるクーポン提供事業として、各地で行われています。現在であれば、バウチャーは、印刷紙ではなく、電子化されたシステムとして提供することも可能です。一定の実績を有する団体を提供事業者として審査・登録をしてもらい、その事業者のみでの利用に使途を限定することで、別の用途に使用されることもありません。

バウチャーを提供する際に、利用できる事業者を紹介することで自然体験の認知を高め、事業者としても通常の団体助成よりも手続きが簡便となり、事業の質量を向上させていくことに集中できます。

新型コロナウィルス感染症対策を目的とした補正予算の中で、「子供たちの心身の健全な発達のための子供の自然体験活動推進事業」が行われることは、とても価値があることだと思いますが、実際の中身が伴っていない状況は早急の改善が必要と考えます。

Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、岩切準が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報を毎月ご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。
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