私は、子どもの貧困対策に取り組む一般財団法人「あすのば」で、事業運営に子どもの声を届ける役割を担う学生理事の高橋遼平と申します。
子どもの貧困対策に取り組むきっかけになったのは、中学1年生の時に父が会社の借金を自分の生命保険金で支払おうと自殺し、しかし、自殺の免責期間で保険金がおりず、母が自己破産して困窮状態を経験したことでした。
(「山手線一周街頭募金」で支援金を募る一般財団法人「あすのば」理事の高橋遼平さん)
この記事で、お伝えしたいことは、進学の意欲を持っている子どもたちが、貧困の状態にあるときに、立ち向かうことになる「壁」についてです。①中学から高校へ進学する時の「壁」と、②高校から大学へ進学する時の「壁」の2回に分けて説明します。
「進学の意欲を持つことができる」という子どもたちは、「将来のことを考える余力がある」という点で、貧困状態にある子どもたちの中では、比較的まだ生活が安定している方に当てはまると思います。本記事が念頭に置いているのは、厚労省の調査で約300万人とされている貧困状態の子どもたちの中でも、かなり「まし」な子どもたちが経験する「進学での不利」となります。
「結果的になんとかなる人もいるかもしれないが、やはり、競争の条件としては不利だ」ということを議論していく上で、また、そもそも進学を考える余力すらない子どもたちに対し、自助努力を求めることは全くのナンセンスだと思います。
中学から高校への進学の「壁」
「どの高校に通うか」ということは、卒業後に大学などへの進学を希望するかどうかを基礎づけます。「進学することが当たり前」と考える同級生たちに囲まれて生活し、進学することをサポートするための体制が整っている高校へ通うことになれば、進学しようと考えることが自然になるはずです。
ただ、多くの場合、そのような高校は、倍率が高く、高校入試で高い成績を取ることが求められます。そして、入試で高い成績を取るためには、試験の出題範囲を記憶し、問題に答える応用力を身につける必要があります。
そのためには、一定の勉強時間を確保し、実際に勉強することが必要ですが、勉強に当てることのできる時間や気力などには限界があるため、試験の傾向を理解し、より出題される可能性の高い分野に取り組んで、勉強の効率を高める必要があります。
勉強時間と効率が、高校受験において重要な中で、その2つを確保するためには、生活の安定に加えて、塾などの学校外教育と、勉強に割くことのできる時間や気力などが必要です。まず、「大学などへの進学意欲を持てるか」を左右する高校選びの段階で、中学生が経験する進学の「壁」を説明します。
(1)「学校外教育」の壁
私は、北海道の帯広市という人口16万人の町で、高校卒業まで育ちました。小学6年生のとき、「いま勉強したって、意味がない」と言う父親の反対を押し切り、地元で有名な学習塾に通い始めました。
その学習塾の本校は、赤レンガ風の5階建ての建物で、その前に立っている掲示板には、その年の進学実績が掲示されています。それを見て、帯広で一番の進学校の定員の6、7割が、その学習塾に通っていた生徒で占められていることを知り、驚きました。
「進学校」といえば、東京では、お金がかかる私立の高校を想像する方が多いと思います。ですが、帯広のような地方では、公立の高校の人気が高く、「進学校」の多くは、公立校です。
就学支援金制度によって、私立高校においても授業料負担は減りました。それでも平成24年の文科省の調査で、授業料などの1年間の学校教育費の平均は、私立校では72.2万円で、公立校に比べて、約49万円、高い結果となりました(文部科学省・平成24年度「子供の学習費調査について」)。
塾の掲示板を見て、小学校高学年の私の感覚でも、経済的負担の少ない公立の「進学校」へ進むためには、学校外教育が必要なのだと、思い知らされました。
だからこそ、中学1年生の秋、父親が亡くなって、母親から、生活のために塾をやめてほしい、と言われたときには、自分の進路が閉ざされてしまった、と感じました。ただ、幸いなことに、祖母が塾の月謝を支払ってくれることになり、塾通いを続けることができました。
(高橋さんは、あしなが育英会の大学奨学生など子どもの貧困の当事者・支援者らで組織する「STOP!子どもの貧困ユースミーティング」の実行委員長としても尽力されていた)
ぎりぎりまで家計を切り詰めていくことで、なんとか生活を続けている家庭では、子どもを中学校に通わせることができても、それに加えて、1、2万円の塾の月謝を支払うことは困難です。なぜなら、常に本来ならば買い換えなければならない家電や修理しなければならない設備などがあり、それを先延ばしにして生活を維持しているので、生活費は、いつも実質的に不足しているからです。
また、中学生はアルバイトをすることができず、自分で塾の費用を稼ぐこともできません(もちろん、たとえ可能であっても、中学生にまでアルバイトを強いるべきではありませんが・・・)。
結果的に、学校外教育を受けることのできない中学生たちは、入試の傾向に基づいた効率的な勉強ができず、入試で進学校に合格するために、より多くの勉強時間が必要になります。また、地方の中学生たちは、受験に失敗したときには、経済的な負担が大きい私立校に進むことになるため、強い精神的なプレッシャーを受けることになります。
(2)勉強に割くことのできる「時間」や「気力」の壁
中学2年生の冬。サッカー部の練習が終わり、家に帰ると、真っ暗で、朝、家を出たときのままの部屋が待っています。カーテンを閉じて、明かりとテレビの電源をつけると、にぎやかなテレビ番組に、心が少しほっとします。
帰り道に感じていた空腹を満たすため、米をとぎ、炊飯器の早炊きのスイッチを押します。炊き上がりを知らせるアラームが鳴ると、フライパンにサラダ油をひき、生卵を2つ、割り入れ、白飯を加えて、チャーハンを作ります。できあがると、布の鍋敷きにフライパンを置き、直接、チャーハンをかき込みます。使った道具を洗い終えると、シャーペンで手の甲を刺すことで、眠気をこらえながら、塾のテキストに取り組みました。
(高橋さんは、自身の過去の体験をもとに、同じ境遇の子ども達を支援しようと大学生活と並行して一般財団法人「あすのば」の活動に取り組んでいる)
日本の貧困の特徴は、ワーキングプアです。貧困率が50%を超えているひとり親家庭においても、親の就労率は、8割を超えています。仕事と家事を両立しなければならないひとり親の多くは、最低賃金ぎりぎりの時給であるために、長時間労働によって、家計を支えています。だからこそ、貧困の状況にある中学生の多くは、親よりも早い時間帯に帰宅することになります。
そして、貧困の状況にある中学生は、仕事と家事の両立で限界まで力を使い尽くした親に代わって、一定の時間と労力を家事に振り向けることになります。そうして、必然的に、勉強に割くことのできる時間や気力が少なくなってしまいます。
平成23年の総務省の調査では、1日に家事にあてる時間の平均は、10~14歳で16分、15~19歳で21分でした(総務省統計局「平成23年度社会生活基本調査結果」)。この平均より1時間多く、家事に時間を使ったとすると、1週間に7時間、勉強できたかもしれない時間が、平均的な中学生より少なくなることになります。7時間の勉強時間は、私の肌感覚ですが、高校受験生の約1~2日分の自習時間に匹敵するのではないでしょうか。また、家事をするために気力や体力なども割り当てるため、実質的な勉強時間は、さらに、少なくなるはずです。
もちろん、中学生が進んで家事を手伝うこと自体は、悪いことではないと思います。ただ、高校受験という競争に焦点を当てるならば、やはり不利といえるのではないでしょうか?
自助努力だけでどうにかしろというのはおかしい
「子どもの貧困」という問題に対して、「子どもの努力次第で、なんとかなるのではないか」、「甘えではないか」という反応があります。「貧困の当事者」としては、「アマチュア」レベルの私の実体験では、この反応に対する納得感のある反論は、難しいです。
ですが、それでも、「努力次第だ」、「甘えだ」といわれて、まるで、全くその影響がゼロのように認識されるのも問題だと思い、今回の記事で、その一端をお伝えさせていただければと考えました。
「子どもの貧困」の経験者の中で、かなり恵まれていた私の経験を踏まえても「不利だ」ということを、少しでも実感していただけるならば、今、まさに「子どもの貧困」の渦中にある、数百万人の子どもたちの多くが、本人の努力でなんとかできる状況にないことを感じていただけたかと思います。
次回は、大学などの受験料・初年度納入金の負担や、高校生のアルバイトなどの側面から、進学の意欲を持つ子どもの「高校から大学への進学の壁」を報告させていただきます。
「STOP! 子どもの貧困東京ユースミーティング」実行委員長、「子どもの貧困対策センター・一般財団法人あすのば」理事、中央大学4年