教育格差

渋谷スタディクーポンは、教育格差の解消につながったのか?(前編)-低所得世帯の子どもへの学習支援として有効な施策

2009年から子どもの貧困・教育格差の課題解決のために、東北や関西で「スタディクーポン」を提供する事業を行っている、公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(以下、CFC)。

CFCは、企業・NPO・行政と連携・協働し、スタディクーポンの仕組みを政策として全国に広げていくため、2017年に「スタディクーポン・イニシアティブ」を結成しました。

初年度は、クラウドファンディングで集めた資金(約1,400万円)を原資に、翌年には渋谷区の公費による「渋谷スタディクーポン」事業を実施し、東京都渋谷区の中学生への支援が実現しました。この「渋谷スタディクーポン」についての事業報告会が、2020年2月13日(木)に国立オリンピックセンターにて実施されました。

本報告会の第一部では、「渋谷スタディクーポン」の事業報告、および岩田千亜紀氏(東洋大学社会学部社会福祉学科助教)による外部評価結果が発表されました。また、第二部では、渋谷区生活福祉課長、大学生ボランティア、スタディクーポン利用者OGなどの方々がご登壇され、スタディクーポンの効果や今後の課題等についての議論が行われました。

前編の記事では、第一部の概要をお伝えします。

渋谷スタディクーポンの事業報告(今井悠介氏:スタディクーポン・イニシアティブ代表/公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事)

今井悠介氏:スタディクーポン・イニシアティブ代表/公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事

日本における「相対的貧困」の現状

一人親家庭で2人の子どもを育てており、手取りは17万円。

これが、日本における3人世帯の相対的貧困ラインにある家庭の状況です。家賃や食費、光熱費、交通費など、生きていくためにはいろいろな費用がかかり、その費用を17万円の中から捻出します。

そのようなご家庭で、もし、子どもが塾や習い事に行きたいと言った時、取れる選択肢は二つ。一つ目は、生活に必要な支出を切り詰めて、費用を捻出する。二つ目は、子どもを説得し、やりたいことを諦めてもらう。

当然、生活費を削ればぎりぎりの生活となり、体を壊すことにつながります。また、子どもにやりたいことをやらせてあげられない、親の罪悪感は大きくなります。

子どもの側からすると、「みんなが習い事に言っているのに、自分だけ行けない」「みんなにあるものが、自分にだけない」「自分だけ、放課後の予定がまっしろだ」という相対的剥奪感につながり、ストレスを感じてしまう。

さらに長期的なスパンで見ると、そういった機会の格差は、結果として進路選択の不平等につながります。今の日本においては、学校外での学びが得られるかどうかが、進路選択に大きく関わってきます。これは家庭の中だけの問題ではなく、社会全体で解決すべき課題です。

支援を届けるための政策化に向けて

私たちは解決策として「スタディクーポン」という仕組みを作り、これまで運営してきました。このクーポンは寄付金が原資となっており、特徴としては使途が子どもの教育プログラムに限定できること、多様な教育機関の中から、自分にあった内容を子どもが選択できること、などが挙げられます。

スタディクーポンの仕組み

これまで主として、東日本大震災で被災した子どもたちへ向けて、スタディクーポンを配布し、支援を行ってきましたが、毎年、多数の応募があり、すべての子どもに届けることは非常に難しい現状がありました。

一つの民間NPOだけでは十分な支援を届けることができない。であれば、自治体の政策、ひいては国の制度にすることができれば、安定した支援を届けられるのではないか。そう考え、行政への働きかけを行い、2018年から渋谷区との協働事業をスタートさせました。

渋谷区としても、いきなり公費を使って実施することは難しかったため、初年度はクラウドファンディングにより1,400万円を集め、渋谷区の中学3年生54名に提供することができました。

2019年には、渋谷区のモデル的な協働事業として、渋谷区福祉課での政策化が決定し、中学2~3年生に対して、公費を使ったクーポンの配布が可能となりました。2009年に団体を発足させてから約10年間で、民間寄付から公的資金で実施されるような形に変化してきています。

今井悠介氏:スタディクーポン・イニシアティブ代表/公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン代表理事

スタディクーポンの今後の方向性と目標

スタディクーポンは渋谷区以外にも、2018年から佐賀県上峰町、2019年から千葉市において、自治体の政策として実施されています。2020年度からは、沖縄県那覇市で政策化される見込みが立っています。

スタディクーポンの政策導入自治体

また、東京都福祉保健局で政策化される見込みも立ち、都から区市に対して10分の10で公費が出されると、予算案に盛り込まれました。各市区町村に対して近々に連絡がいくと思いますので、ぜひ手をあげていただきたいです。

今後の方向性としては、引き続き全国の自治体での政策化を進めていくこと、運営ノウハウを移転させていくこと、そして、効果検証・調査研究データの蓄積を行なっていくことを目指します。各地域でスタディクーポンの取り組みを進めていくにあたり、「果たしてこの取り組みは効果があるのか?」を明らかにすることは、非常に重要なことだと考えています。

最終的には、放課後の多様な学びをすべての子どもたちが得られるように、国の政策化にすることを目指し、今後も取り組んでいきたいと思います。

スタディクーポンの今後の方向性と目標

参照:発表資料(PDF/28頁)

外部評価報告(岩田千亜紀氏:東洋大学社会学部社会福祉学科助教)

岩田千亜紀氏:東洋大学社会学部社会福祉学科助教

スタディクーポンの最終評価結果

2017年12月に、CFCから外部評価の依頼を受け、評価に携わることとなりました。今回の評価は、スタディクーポンを使用することでどのような変化があったのかを見ることができるように、ある一時点においてではなく、全部で3回のアンケート調査と1回のインタビュー調査を実施いたしました。評価項目は、「活動」「ニーズへの適切性」「アウトプット」「短期アウトカム」「中期アウトカム」「長期アウトカム」の6つです。

スタディクーポンのロジックモデル

最終的な評価の結果としては、渋谷区内の低所得世帯の子どもおよび保護者のニーズを的確に捉えていること、そして子どもの学習習慣の確立や、学習意欲の向上等に関して、一定の効果が示されたこと、などが明らかになりました。

いずれの項目の結果から見ても、スタディクーポンは低所得世帯の子どもへの学習支援として有効な施策であると判断でき、渋谷区としては今後もクーポンを通じた教育支援を継続するべきであると考えます。

スタディクーポン事業の成功要因とは?

この事業がなぜうまくいったのか?成功要因の1つ目は「スティグマへの配慮、柔軟な制度による多様な教育機関との連携」です。

こういった事業は、必要としている子どもたちに適切な支援が届くようにする、いわば入り口の部分が課題で難しいのですが、このスタディクーポンは、生活保護世帯の捕捉率が8割以上と、必要な子どもに支援が届いていることがわかります。

なぜ、実現できたのか。それはクーポンの利用先に81もの教室が参画しており、子どもが多様な選択肢の中から選べた、ということが挙げられます。

「貧しい子ばかり集められている」と感じると、自分もそう見られるのは嫌だと、行くことを躊躇してしまう。そういったスティグマに配慮し、友達と同じ場所に通うことができるようにしたのは、子どもにとって非常に安心感につながったんですね。

スタディクーポンのアウトプット

2つ目は、「学校及び福祉課との連携を通じた対象の子ども・保護者への情報周知」です。本事業の情報周知は、学校関係者、および福祉課の職員らが行いました。子どもや保護者にとって信頼度の高い学校でお知らせを配布することができたことで、事業への安心感や信頼感、事業の応募につながったと考えます。

3つ目は「利用者・家庭の情報把握と利用者へのケア」です。これは「ブラザー・シスター制度」でのサポートがしっかりできているということです。一人ひとりのニーズにあった学習支援の方法をヒアリングして提案したり、継続に関してもサポートすることができていたことが、成功要因につながったのではないかと。

スタディクーポンの短期アウトカム

学習に対する気持ちが前向きに

最終評価結果の詳細として、特徴的なのは「学習時間が伸びた」という点が挙げられます。クーポンの利用前後で、子どもの一週間の学習時間は90.2%増加しており、これは全国平均以上の数値です。

定性的な部分も見てみると、学習に対する気持ちが「前向きになった」「どちらかというと前向きになった」という回答を合わせると、86%の子どもが、学習に対する気持ちが前向きになったという結果になりました。

スタディクーポンの中期アウトカム

そもそも学習する習慣がなかった子が、クーポンを利用することで、学習することが楽しくなる、という効果があるといえると思います。

今後に向けた改善点、検討すべき事項はいくつかありますが、「福祉・教育部門による多様な問題を抱えた家庭へのさらなるケア」に特に焦点を当てていくべきかと。一人親家庭の半数以上は貧困状態にあるので、学習支援はあくまで入り口と捉え、世帯全体への支援の展開が望まれます。

参照1:報告書全文(PDF/75頁)
参照2:報告書ダイジェスト(PDF/28頁)

Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。

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