教育格差

渋谷スタディクーポンは、教育格差の解消につながったのか?(中編)-無料塾とは異なる役割。支援の入り口として有効的。

2020年2月13日(木)に国立オリンピックセンターで「渋谷スタディクーポン事業報告会」が実施されました。「渋谷スタディクーポン」は、東京都渋谷区内の経済的な理由で塾に通えない高校受験生・中学3年生に対して、登録された学習塾等で利用できる20万円分のクーポンを提供するものです。また、大学生等ボランティアによる定期的な面談支援も行いました。

金子剛雄氏:渋谷区生活福祉課長、安田祐輔氏:スタディクーポン・イニシアティブ代表/キズキグループ代表

本報告会の第一部では、「渋谷スタディクーポン」の事業報告、および岩田千亜紀氏(東洋大学社会学部社会福祉学科助教)による外部評価結果が発表されました。(前編:低所得世帯の子どもへの学習支援として有効な施策)また、第二部では、渋谷区生活福祉課長、大学生ボランティア、スタディクーポン利用者OGなどの方々がご登壇され、スタディクーポンの効果や今後の課題等についての議論が行われました。

スタディクーポンは、無料学習支援を置き換えていくものではない(安田祐輔氏:スタディクーポン・イニシアティブ代表/キズキグループ代表)

安田祐輔氏:スタディクーポン・イニシアティブ代表/キズキグループ代表

今井:キズキの簡単な紹介と、「スタディクーポン・イニシアティブ」発足のきっかけを教えてください。

安田:キズキでは8年ほど前から、学校を中退したり、不登校になってしまった人向けの塾を立ち上げ、今では全国で9校舎を運営しています。様々な事情を抱えた方が通っているのですが、中には、お金がなく通えなくなってしまう方もいて、課題を感じていました。

今井さんたちが東北でスタディクーポン事業を行なっていたことは知っていたのですが、「東京ではなぜやらないんだろう?」と思い、声をかけさせてもらったんですね。求めている人が、たくさんいることはわかっていたので。それが「スタディクーポン・イニシアティブ」発足のきっかけでした。

今井:当時をふりかえって、何が大変でしたか?

安田:クラウドファンディングでお金を集めることは、とても大変でしたが、それと同じくらい大変だったのが、「生活困窮世帯にどのように情報を届けるのか」という点です。

やはり、困難を抱えている方はいろいろな挫折経験を持っている。そのため、外に出ていくこと自体ハードルが高かったり、そもそも情報をキャッチして申し込む、ということも難しかったりする。

利用者の募集が始まっても、なかなか集まらなかったので、渋谷区の全中学校に行き、周知をさせてもらいました。学校は塾をあまり良く思っていないだろう…と思っていたので、初めはびくびくしていたのですが(笑)

心配をよそに、校長先生初め学校の先生は、この取り組みに好意的で、連携をさせていただくことができました。学校の先生方に信頼していただくことの大切さを、大変実感しましたね。

今井:安田さんは、渋谷区で取り組む意義はどのような点にあるとお考えですか?

安田:どんなエリアであっても、所得が高い家庭、低い家庭はあるわけですが、相対的に貧しい家庭が多いエリアの貧困と、相対的に裕福な家庭が多いエリアの貧困では、意味合いが違うと思っています。

渋谷区というのは、とりわけ所得が高い方が住んでいるエリアなんですが、「周りの友だちはみんな習い事や塾に行っているのに、自分は行けない」ということを、まざまざと見せつけられてしまうことも、多いと思うんですね。

そういった状況を踏まえると、渋谷区でスタディクーポンをやる意義が、よりあるなと感じていました。

今井:キズキではさまざまな形の支援事業を運営していると思うのですが、事業の特性や、誰にどのような支援が適しているのか、教えてもらうことはできますか?

安田:例外はあるので、一概に言うのは難しいという前提ですが。たとえば、家庭訪問型支援。アウトリーチ型と呼んでいますが、これは自分から支援を求めることが難しい家庭に適しています。居場所型支援は、いわゆる無料塾みたいなイメージですが、その場所に出てきてもらう形になるので、学習支援を受けたいという意思があることが前提となります。

スタディクーポンは、「“自分の家は塾に行けないんだ”という想いを生まない」という特徴があり、無料塾と同様に、支援を受けたいという意思がある子どもが対象になります。このクーポンは学習以外の分野でも使える、という点が強みかと思います。

今井:「無料の学習支援をクーポンに置きかえていく」というわけではなく、「それぞれの支援の形が役割分担しながら、地域に存在すること」が大切ですよね。

スタディクーポンは、支援の入り口(金子剛雄氏:渋谷区生活福祉課長)

金子剛雄氏:渋谷区生活福祉課長

今井:渋谷区でスタディクーポンを取り入れてみて、どんな印象をお持ちになりましたか?

金子:お子さんの状況を見ていて感じたことは、中学3年生から手をつけ始めても遅いということです。もっと早い段階から外へ出ていかないと、学習が習慣化されないなと。

スタディクーポンは、支援の入り口としてはとてもいい形だと思っています。東京都の次世代育成支援という取り組みで、小学1年生~中学3年生に対して、塾代を支援することができるのですが、領収書で後払いになるので、一旦はご家庭の負担になるんですね。その負担ができない家庭は、制度を利用できない。その点クーポンは、クーポン券での清算になるので、どんな家庭でも利用ができる。

今井:2019年からは、クーポンを利用できる先を習い事の分野まで広げましたね。

金子:そうですね。習い事は外に出るいいきっかけになると思います。経済的な困難を抱えている家庭は、親の他に子どもの様子をみる人がいない家庭が多く、外に出るきっかけがなかなかないので。

今井:具体的にどのような連携体制で事業を進めているのですか?

金子:いきなり委託事業者が対象者と直接話すわけではなく、担当のケースワーカーや学習支援をしている非常勤の職員が窓口になり、対象のお子さんやその世帯にアプローチをしていきます。

事業の説明をしたうえで、やってみる意思があるかどうかを確認する。この時に、どのようにクーポンを使っていきたいかも聞いています。申し込みをもらった時点で、委託事業者に渡す形となります。

今井:民間としてこのような事業を運営していくことの難しさは、情報を対象の世帯にどうやって届けていくかという点なので、こうして自治体と協力することで、支援を必要とする人にアプローチができると感じています。

Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。

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