初等教育中等教育

学力テストの結果を校長や教員のボーナス、学校予算に反映する危険-3名の識者が語るリスクと公教育として取るべき施策とは?

鈴木大裕さん(NPO法人SOMA・副代表理事)、苫野一徳さん(教育哲学者)、武田信子さん(武蔵大学・教授)

大阪市の吉村洋文市長は、全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)が政令指定都市で最下位という結果を受けて、2018年8月2日に「学力テストの結果を校長や教員のボーナス、学校予算に反映させる制度の導入を目指す」という方針をメディアに語りました。9月にも総合教育会議で、議論が始まろうとしています。

私は大阪を拠点に学校の先生たちと関わる仕事をする中で、今回の方針には問題が多いと考え、撤回を求める署名キャンペーンを行なっています。

この記事では、そのキャンペーンに賛同してくださっている研究者の方の中から鈴木大裕さん(NPO法人SOMA・副代表理事)、苫野一徳さん(教育哲学者)、武田信子さん(武蔵大学・教授)の3名の方にお話を伺いました。

鈴木大裕さん:学校教育の市場化が起こり、競争が激化して格差が広がる

「学力テストのボーナス反映は、その施策単体ではなく、一連の流れの中で見ていく必要がある」と指摘するのは『崩壊するアメリカの公教育――日本への警告』の著者である鈴木大裕さんです。

鈴木大裕(すずき だいゆう)
NPO法人SOMA副代表理事として、高知県土佐町で教育を通した町おこしに取り組んでいる。16歳で米国に留学。修士号取得後に帰国、公立中学校で6年半教える。後にフルブライト奨学生としてニューヨークの大学院博士課程へ。著書に『崩壊するアメリカの公教育ーー日本への警告』(岩波書店)。

鈴木大裕さん(NPO法人SOMA・副代表理事)

インタビュアー:一連の流れで、というのはどういうことでしょうか?

鈴木さん:今回、大阪市は、全国学力調査の結果に基づく教員のメリットペイ方式の導入検討に入ったわけですが、その制度の先進例がアメリカです。

アメリカでは、2002年に「落ちこぼれ防止法」という法律が制定されて、学校教育の市場化が起こり、競争が激化して格差が広がりました。テストの点数という狭い学力観で、地域、学校、先生がランク付けされて情報が開示され、義務教育における序列化が正当化されてしまいました。

学力に課題を抱える貧困地域では、テスト対策中心の授業がどんどん行われます。その一方で、もともと点数のとれる裕福な地域では、アクティブラーニングで批判的思考を育む、のびのびとした全人教育やグローバルエリートの育成教育が行われていきます。

これによって、多くのベテラン教師が離職したり、全人的な教育ができる裕福な地域に移り、教員不足が深刻化しました。正規教員が足りないので非常勤講師が増加し、教育者としての経験も知識も浅い臨時免許の教員が最も教育的ニーズの高い貧困地域の子ども達を任されるという不幸な現象が起きました。

また、「早く、安く、効率的に学力テストの点数をあげる」ということを使命とするならば、求められるのは塾講師であり、教育学の知識は要りません。そうなると、教員免許制度の規制緩和の議論も出てきますし、学校は全人教育の場ではなく、塾化していきます。

「学校のランクが下がるから」と、ゼロトレランスなどの制度を悪用して障害のある子や低学力の子を排除する流れも強まるでしょう。

そういう、学校教育の市場化の流れの中にあると考えた方がいいということです。

インタビュアー:アメリカと同じ轍を踏まないように…ということですね。

鈴木さん:能力給は、現場の結果責任を追求した結果です。よく知られているように、子どもの学力には家庭と地域の教育力が大きく影響します。

大阪のように貧困率が非常に高く、シングル家庭も多い地域においては特に、現場の結果責任を政治家が叫ぶほど、社会保障を担うべき行政の投資責任を追及する声がかき消されていくのです。

苫野一徳さん:教育の本質を歪ませる危険性も持っている

私自身、今回の方策について考えていくと、「エビデンスに根ざした教育政策が必要である」というのはもちろんのこと、それだけでは不十分で、「公教育の役割とは何か」「学力とは何か」といった哲学的な問いに答える必要が出てくると感じています。教育哲学者の苫野一徳さんにお話を伺いました。

苫野一徳(とまの いっとく)
哲学者・教育学者。熊本大学教育学部准教授。早稲田大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。著書に、『どのような教育が「よい」教育か』(講談社)、『勉強するのは何のため?』(日本評論社)、『教育の力』(講談社)など多数。

苫野一徳さん(教育哲学者)

インタビュアー:苫野さんの、教育哲学者としての立場から、学力保障・向上の問題を整理するとどうなるでしょうか?

苫野さん:私は、「自由と自由の相互承認の実質化」が公教育の本質、という話をいつもするのですが、本来であれば、「そのための学力とは、一体何なのか?」から考えなければなりません。

ただこの問いは、ひとまず置いておくとして、学力に限って言えば、公教教育において大事なのは「すべての子どもの学力を保障すること」です。教育政策の根本原理は、「一般福祉」に叶うかどうか、ですから。

インタビュアー:「一般福祉」というのはどういうことですか?

苫野さん:つまり、その政策が「すべての子どもの自由の実質化」につながっているかということです。ある一部の子どもたちの自由の実質化にだけつながってはいけない。もっと言えば、一部の子どもたちの自由のために他の子どもたちの自由を侵害する、ということは特にあってはならないんですね。

一般福祉に叶うというのは、学力に限っていえば、「指導要領の内容の到達を全員に保障する」ということになると思います。指導要領の存在や内容の妥当性については、言いたいことはたくさんありますが、さしあたりおいておくとして。

例えば東京の杉並区は、「一般福祉(普遍福祉)のために」をとことん自覚した政策を行っています。

杉並区では、潜在ランク理論という統計理論を応用した学力調査をしています。これは世界的に見ても非常に進んだ取り組みです。普通、テストって連続尺度で結果を見ますよね。ですが、100点満点のテストにおいて、1点や2点、さらに言えば5点や10点の差が、実質的な学力差と言えるかというと、そうだとは断言しづらいですよね。誤差の可能性も高いです。

それに対して潜在ランク理論では、学力を順序尺度によって評価にします。つまり、段階(ランク)で把握するんですね。杉並区の場合、5段階に分けて捉えます。

具体的には、ランク1からランク5までの5段階に分け、ランク1は「学び残しが多い」、ランク2は「特定の内容でつまずきがある」、ランク3は「おおむね定着が見られる」、ランク4は「十分定着が見られる」、そしてランク5が「発展的な力が身についている」とされます。どの内容が、どのランクにあるかを杉並の学力調査は見るんですね。

どの子が今どの段階にあるか、ということが分かれば、先生がそのためにどういう対処・手立てをすればいいかも分かる。そして、大事なのは経年変化。経年でそれぞれの子の結果がプロットされて可視化されているんです。

子どもたちの状況が一目瞭然になるよう、たとえばヒートマップやクロスバブルチャートなどを用いて、先生たちが直感的に把握できるようにしています。

インタビュアー:なるほど。それは現場にもすごく助かり感がありそうです。

苫野さん:杉並区では、「すべての子どもがランク3以上になる」ことを最低限の目標としています。R3は、学習指導要領が定める基礎・基本がおおむね定着している段階だからです。

大阪市の発想だと、平均点を上げろ、になっています。平均点をあげることは、理論的には結構簡単で、学力上位の子と下位の子が見捨てられる危険性がある。100点の子はそれ以上上がらないから放っておく、10点とか20点の子たちは伸びにくいから見捨てる、と。

学力中間層を狙い撃ちにすると平均点は上がります。けれど、そうすると発達障害の子は除外する、というようなことが起こりかねない。それでは「一般福祉」に叶いません。平均点主義は、全体の傾向を知るにはいいですが、教育の本質を歪ませる危険性も持っているのです。

インタビュアー:杉並では、学力的な意味で困難な学校にはどのような施策が行われるのでしょうか?

苫野さん:今の大阪市の方針だと、しんどい学校やクラスがあれば、そこを罰する(ボーナスを下げたり学校予算を減らす)という路線になってしまっていますが、杉並区では、全体のバランスを見つつ、そうしたしんどい学校にむしろ傾斜配分しています。

学力の低いクラスや学校があれば、ベテランの先生をつけるとか、もっと予算をつけるなど、その学校・クラスをむしろとことん支援する、という発想です。

インタビュアー:「一般福祉」という原理が一貫していますね。

苫野さん:エビデンスが大事だとも言われますが、まず政策の設計思想が大事で、それによって、エビデンスのとり方も変わります。例えば、平均点をとるのと、子どもたちが今何においてどのランクにいるのかを見るのとでは全く違います。「一般福祉」に沿ったエビデンスの取り方というのがあるわけです。

インタビュアー:学力という指標についてはどう思われますか?

苫野さん:公教育の本質は、「自由と自由の相互承認の実質化」。であるならば、「自由になるための力一般」をいかに育むかということが課題になります。自由になるための力とは何か、から考えないといけない。

私がずっと言っているのは、その本質は「探究する力と自由の相互承認の感度」です。

出来合いの問いと答えを学んで覚えるという、狭隘な学力を指標にして、学習規律を徹底しドリル学習に打ち込めば、短期的に見て学力は上がるかもしれないけれど、それは果たして、自由や幸せのためになっているのか。主体性を失わされていたり、勉強嫌いにさせては、長期的には教育の本質から見て失敗だと思います。

武田信子さん:学力を上げるなら「太陽」で温めましょう。

一方で、「(狭義の)学力をあげたい」という市長の主張そのものには共感する人も多いと考えられます。では、対案として、どんな施策が考えうるのか。日本における教師教育をリードする武蔵大学教授の武田信子さんに伺いました。

武田信子(たけだ のぶこ)
武蔵大学人文学部教授(教師教育学)・臨床心理士 東大大学院博士課程修了 養育環境や学校環境の影響で精神を病んだ子どもたちや教員たちの臨床に関わったことから、世界各国で子どもたちとその育つコミュニティを観察し、日本の養育・教育環境の改善につながる研究とアクションに取り組む。近著に『教員のためのリフレクション・ワークブック』(共著、学事出版)『保育者のための子育て支援ガイドブック』(中央法規出版)他多数。

武田信子さん(武蔵大学・教授)

インタビュアー:ボーナス反映による学力向上の効果にはエビデンスがない、ということを指摘する人は多いのですが、では他に打てる対策はないのでしょうか?

武田さん:仮にボーナスをつけて頑張った教員に報酬を与えることにも意味があるとしても、それと同時に、あるいはそれ以上に必要なのが、経験や力の足りない学校や教員、地域に対して、何らかの「テコ入れ予算」「具体的な改善方策」を与えることだと思います。

例えば、幼児教育の段階で、養育環境の中でことばを学ぶ力、つまり、内言によってなされる思考の基礎をつけるために、語彙力を高める環境をプラスすることは効果的な方法です。

これは、小学校以降の学力向上につながると推測されます。学力がとりわけ低い地域には、ことばの力をつけるための工夫を導入してはどうでしょうか。将来的に、生産性が高く税金もしっかり払える市民を増やしたいと考えるのであれば、応急処置的に学力を上げることよりも、脳の基盤づくりに予算を投入することが効果的です。

インタビュアー:幼児教育への投資効果の高さは、よく言われますよね。時間はかかるでしょうが、そういった対策にテコ入れをするのは底上げに効果がありそうです。

武田さん:また、来年度の成果を挙げるために取るべき方策を、先生方が知らない場合、「がんばったらボーナスを上げる(もしくは成果が出なければ下げる)」と言うアプローチは、強制力を働かせてカツを入れる「北風」をより強く吹かせる方向に働くことが予想されます。

競争的環境は、人間を疲弊させ、人間関係を悪くします。

心理学的に言えば、むしろ、人は生活の場の風土(クライメイト)が温かいところにおいて、安心して失敗を繰り返し、新たな挑戦や試行錯誤ができるのです。そのような風土でこそ学び、成長していくことができる。

だから、学力を上げようとするなら「太陽」で温めましょう。具体的には、協働的に学び合う教室環境をつくることです。その機運を高める方策を打ってはどうでしょうか。

現行の施策を改善・ブラッシュアップしていくことこそ重要

これまで、塾代助成、専門チームによる授業力向上の指導、支援員の配置、子どもの貧困対策や居場所づくりなど様々な施策も、とってきている大阪市。

私はその路線を維持し、そしてこれらの現行の施策によってどんな変化が起きているのか、子どもたちの現状を丁寧に調査・分析すること、そしてそこから施策を改善・ブラッシュアップしていくことこそ重要であると考えています。

次回は、大阪市の現役の先生たちの声を届けたいと思います。

Author:武田緑
人権教育・シティズンシップ教育・民主的な学びの場づくりをテーマに、企画や研修、執筆、現場サポート、教育運動づくりに取り組む。主な取り組みは、全国各地での教職員研修や国内外の教育現場を訪ねる視察ツアー「EDUTRIP」、多様な教育のあり方を体感できる教育の博覧会「エデュコレ」、立場を越えて教育について学び合うオンラインコミュニティ「エデュコレonline」、学校現場の声を世の中に届ける「School Voice Project」など。
著書に「読んで旅する、日本と世界の色とりどりの教育
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