初等教育中等教育

学力の問題は、大阪の子どもの抱える問題の氷山の一角-今、大阪市の現役小学校教諭が伝えたいこと

大阪市の吉村洋文市長は、全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)が政令指定都市で最下位という結果を受けて、2018年8月2日に「学力テストの結果を校長や教員のボーナス、学校予算に反映させる制度の導入を目指す」という方針をメディアに語りました。9月には総合教育会議や、大阪市議会の教育子ども委員会でも、議論がなされたところです。

私は大阪を拠点に学校の先生たちと関わる仕事をする中で、今回の方針には問題が多いと考え、撤回を求める署名キャンペーンを行なっています。前回の記事では、キャンペーンに賛同してくださっている研究者の方のお話を伺いました。

今回は市長の方針発表後、署名キャンペーンなどを通じて、現場の先生たちから集まった声、そして、本件について現役の先生にインタビューさせて頂いた内容を読者の皆さんに届けたいと思います。

もともと学力テストは競争させるためのものではない

市長の方針のニュースを紹介し、翌日にはネット署名ページを公開した私のSNSのタイムラインには、たくさんのコメントがつき、その多くが現役の先生や学校関係者の方からのものでした。大阪市立の小学校で働くA先生は、コメントを寄せてくれた1人です。

大阪市の現役小学校教諭インタビュー

武田:ニュースを見た時、どう思いましたか?

A先生:ええ!と驚きました。もともと全国学力テスト(以下学テ)って学校や地域間の差を可視化して競争させるためのものではないんです。学テが導入される際も、そうなる懸念があるということで、「そのためのものじゃない」ということが国レベルの議論で確認されていたはずです。なのにやるのか?やっていいことなのか?…と思いました。

武田:文科省も、すぐに本件には懸念を表明しましたが、そういう流れもあってのことですね。

A先生:そうですね。学力の問題は、大阪の子どもの抱える問題の氷山の一角。海に浮かぶ氷山の水面から上に見えている部分のようなものです。その下には、貧困の問題、教師の多忙化の人手不足、地域コミュニティの問題など、いろんな問題が潜んでいます。学力だけ取り上げられての議論は…どうなのだろう?と思います。

あとは…「本当に現場をわかっているのか?」「現場を知ろうとしてくれないのだな」という気持ちには正直なりました。市長はこの方針を出した後、学校視察に行かれていましたが、全国学テの順位が悪かったということで、今回の方針がポンと急に出てきた印象です。本当は、方針を出す前に、視察に来るとか、学力が低迷している原因について調査をするとか、知ろうとしてほしい。

本来はしんどいところほど予算をあげてほしい

大阪市の現役小学校教諭インタビュー

武田:ニュース直後から、私のところにも、いろんな先生から悲鳴のような声がたくさん聞こえてきました。怒りと、やるせなさというか。

A先生:ボーナス反映をインセンティブにしようとするというのはつまり、いま大阪市の先生は「がんばってない」「やる気がない」状態だと言われているようなもので、それは本当にやるせないです。多くの学校は、本当にギリギリの状況でやっているので…。

武田:具体的にどんなことを分かってほしいと思いますか?

A先生:一つは、学校それぞれに本当に差がある、ということ。地域によって状況も違います。富裕層が多い地域では、ある意味、保護者が学校だけに学力向上を期待していないような状況があります。勉強は塾でするので、学校は楽しく行ってくれればいいというような。逆に、家庭で落ち着いて過ごせない子どもたちがすごく多い、という地域もあります。

しんどい地域では、自宅に戻れば家事をしたり、下の兄弟の面倒を見たりしていて、勉強できる環境にないという子も多いです。親に甘える時間もない。そうなると、学校では、教師にすごく甘えてきたり、荒れたりします。そういう子のサポートが必要です。

学校予算についても、本来はしんどいところほど予算をあげてほしい。人を増やしたり。でないと、余計に格差を広げていくことになると思います。

教員から不人気自治体となり、教員の質や学力の低下を招く

学校

武田:現場の状況として、他にはどんなことがありますか?

A先生:授業時数も体制もきゅうきゅう。英語も始まり、道徳も教科化され、プログラミングも入ってこようとしています。やることがどんどん増えていく…というのが実感です。むしろ、学力を保障するために、基礎から戻って学び直す時間を優先した方がいいと感じますが、新たに導入されることにも対応していかねばなりません。

学校ごとにいろんな取り組みはしています。例えば、うちの学校では、週に2回、「終わりの会」の後に、子どもたちが残って宿題ができるように時間をとっています。その時間は、担任は各クラスにいて、宿題や学習のサポートをするわけです。実質、授業を1コマ多くやっているような感じです。

その分、教師は授業準備や分掌の仕事をする時間がなくなるので、帰るのが遅くなったりもしますが、それでもやるわけです。もちろん、取り組みの効果検証は必要ですけれど。

それから大阪市は、圧倒的に若い先生が多い。全国的にもそうですが、地方にいけば、まだ比較的中堅がいる、というところもあります。大阪市は、どこの学校も、大半が20代というような構成です。

若いからダメということではないですが、経験がない分、子どもの状況が見とれなかったり、力量が追いつかないところもありますし、中堅少ないとミスがあってもフォローがきかなかったり、そもそも何かを漏らしていることに気づかなかったりということも増えます。

武田:この方針は、このまま枠組みの検討が進んで、実施される方向になっていますが…。

A先生:私の周りでも、今回のことを受けて、別の自治体を受けようと本当に検討している人が少なくとも2人います。採用試験の倍率や、教採合格後の辞退率にも影響が出るのではないでしょうか。自治体として教員や教員志望者から不人気になると、それは教員の質や、教員の学力の低下にも直結します。それ子どもたちの学力をむしろ下げることにならないか、心配です。

(インタビュー終了)

大阪市の先生方から寄せられた声

勉強

署名キャンペーン(学校はそれではよくならない。キャンペーン)を通して届いた、大阪市の先生方からの声もご紹介したいと思います。

●教員は中立、公正公平の立場でいるべきだと思っています。でも、こんなことすると、お金で動いてる印象がついてしまいます。いい授業をつくろうとがんばっている先生が「学力あげてボーナス上げたいんでしょ」とうがった目で見られることも出て来かねません。(31歳・女性・中学校)

●こういう評価の仕方をすると、「あのクラスあかんわ。」「あの人は、指導力がない。」などのマイナス発言が増え、評価自体も減点法になる。若手の離職率に拍車がかかります。

さらに、最も危惧すべきは、力のある30代中堅の流出です。学校の中核として重要な役柄を担いつつ、若手育成にも熱心な30代の教員が、他の自治体や私学へ転勤している現実を知ってほしい。力のある人材が、大阪市に見切りをつけてどんどん抜けています。(32歳・男性・小学校)

●私の学校では今年度、勤続10年以上の同僚が2人、3年の同僚が1人、他県の教員採用試験を受けています。3人とも人柄の良い子どもに寄り添うことのできる教員です。反して学校に残るのは数値を上げることのできる教員です。

彼は、教室の窓をカーテンや大きなポスターで覆い、テストの過去問をたくさんやらせ、時にはテスト中にテストの答えを教え、彼のレールから外れる子どもを怒鳴り散らします。学テの結果がボーナスや学校の予算に関わるとなると、更に有能な人材は流出し、現場は見せかけの数値上昇に追われ、彼の様な教員が増えることになるでしょう。

教員免許を持つプロとして、子どもに学力をつけることは必ずしなけれならないことです。本物の学力をつけさせる授業をするには、授業準備をする時間が必要になります。数値目標ではなく、現場の教員が十分に授業準備の出来るシステムの構築をお願いしたいです。(39歳・女性・小学校)

●教員が追い詰められると、子どもたちにかかる圧力もおのずと高まります。のびのびと人と人とが共に学び合い、生きる力を育む教育がしにくくなります。

家庭環境や精神状態など、しんどい子をどうにか取りこぼさず、共に学ぶ中で学力をつけるために、その一人のために教員がどれだけ時間や労力をかけてふんばっているか。そのしんどい子が多い地域はどんなに大変か。学習のスタートに立たせるために、もがいている教職員や子どものことを考えていただきたい。

テストの点数で測れる学力のためだけに過去問を解いて励むような虚しい教室にしたくないのです。(32歳・女性・小学校)

学校現場をサポートする方策を考えることこそが教育行政の責任

今回、署名キャンペーンをはじめたことで、改めて教員の資質向上や、評価について改めて学ぶ機会をいただいています。成長や力量形成のために必要なのは改善につなげるための“形成的評価”ですが、給与や賞与に反映される時点でこれは“診断的評価”です。

調べるにつけ、確信を強めているのは、「客観的に見て公正で、想定しうるデメリットやリスクを丁寧に避け、かつモチベーションupにつながるような教員にとって納得性の高い”診断的評価のシステム”をつくるのは、ものすごーーーーく難しい!」ということ。そのプロセスにたくさんの時間やエネルギーがかかります。非常に高コストです。

そして、そんなことにコストをさくぐらいであれば、そのエネルギーや時間やお金を学校や教員を応援・支援することにエネルギーを回したほうがよっぽど生産性が高いのでは?という素朴な感覚が湧いてこざるを得ません。

前回、識者としてインタビューにご協力いただいた鈴木大裕さんが「クレスコ」という雑誌に寄せられた文章の中にこんな一文がありました。

フィンランドの教育長長官も歴任したパシ・サールベルク教授 (教育政策)のこんな言葉が思い出される。

「私たちがどうやって教員を評価しているかですか?話しもしませんよ。そんなことは私たちの国では関係ないのです。その代わりに、私たちは「どのように彼らをサポートできるか」を議論しますよ。」

まさに、さまざまな課題を抱える子どもたちを前にふんばっている学校現場をサポートする方策を考えることこそが、教育行政が子どもたちに対して引き受けるべき責任なのではないでしょうか。

Author:武田緑
人権教育・シティズンシップ教育・民主的な学びの場づくりをテーマに、企画や研修、執筆、現場サポート、教育運動づくりに取り組む。主な取り組みは、全国各地での教職員研修や国内外の教育現場を訪ねる視察ツアー「EDUTRIP」、多様な教育のあり方を体感できる教育の博覧会「エデュコレ」、立場を越えて教育について学び合うオンラインコミュニティ「エデュコレonline」、学校現場の声を世の中に届ける「School Voice Project」など。
著書に「読んで旅する、日本と世界の色とりどりの教育
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