児童虐待・マルトリートメント

虐待を受けた子どもの心のケアに取り組む(後編)-五感を使って全身で森と遊ぶ「5センス・プロジェクト」

2018年10月11日に「タイガーマスク基金」が主催する勉強会の第36回目が開催されました。タイガーマスク基金では、児童養護施設などの退所者や社会的養護が必要な子ども・若者に、生活自立、学業、就労、家族形成、社会参画などの支援を総合的に行っているNPO法人です。

今回の勉強会は、「虐待を受けた子どもの心のケア~豊かな自然で子どもたちの笑顔を取り戻す~」をテーマに行われました。

虐待を受けた子どもの心のケア~豊かな自然で子どもたちの笑顔を取り戻す~

厚生労働省の発表によると2017年に全国210カ所ある「児童相談所」が対応した「児童虐待」の相談や通告は、133,778件(速報値)で、過去最多を更新しました。

保護された子どもたちは「児童養護施設」や「児童心理治療施設」、「里親家庭」などの「社会的養護」の下で暮らしていますが、今回は自然のチカラで子どもたちの心のケアを行っている2つの団体にご登壇いただき、実際の事例をもとに学びを深めていきました。

前編では、「NPO法人CROP-MINORI」(クロップみのり)が主催している「ドルフィンプレイ御蔵島」という取り組みについてご紹介しました。後編では、「一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団」が主催している「5センス・プロジェクト」という取り組みについて、事務局長の野口理佐子さんの報告をお伝えします。

高度経済成長により荒廃してしまった日本の森

私たちの財団を設立したC.W.ニコルが初めて日本に来日したのは56年前、昭和30年代でした。その頃の日本はとても美しく、ニコルはその自然の美しさに憧れて後に移住しました。

伝統的な里山文化があり、人々は自然の恵みをもらいながら、自然と一体となって生活していました。人の暮らしと自然が一体となって生物多様性を向上させている例は世界的には珍しく、「SATOYAMA」という言葉が世界共通語となっているのも、日本の里山文化が認められている証です。

しかし、高度経済成長により日本の自然は変わってしまいました。

国土の67%が森林である中で、原生林はたった2%しかありません。43%は人工林で、もともと原生林だった場所を切り、人間が利用するために杉とヒノキが植えられました。以前は燃料や食料、薬など、山の恵を上手に利用していましたが、身の回りの物が次々に便利になり、次第に山の必要性がなくなり、手入れもされず荒れていきました。

一般財団法人C.W.ニコル・アファンの森財団(写真:管洋志/財団を設立したC.W.ニコル氏)

森林を再生し、様々な生き物が生きられる場所を作る

ニコルは1986年に長野県黒姫にある荒廃した森を購入し、森の再生活動を始めました。薮だった所を取り払い、一本一本の木に光が当たるようにすること、風通しを良くすること、10%くらいの木漏れ日が森の床(林床)まで届くようにすること。それらは「人間社会も同じことだね」とよくニコルは言っています。

様々な生き物が生きられる場所を作ることは、最終的に人間にとっても、子どもにとっても居心地が良く生きていく上で必要なことだと信じて取り組んでいました。30年以上の月日をかけて活動を続け、少しずつ本来の生態系へと回復してきました。

私たちが森を作る上で大事にしたことが3つあります。1つ目は「生物多様性」で、いろいろな生き物が棲めるような森にすること。2つ目は「森の生産性」で、例えばどんぐりやキノコがたくさん採れ、木がちゃんと成長するようにすること。3つ目は「バランス」。ある種類だけが多すぎても、人間が入りすぎてもよくない。全てのバランスを保つことを考えた森づくりをしていこうと考えました。

人間主体ではなく、「生き物たちにとっていい森になっているのか?」という視点で生物調査をしています。現在は長野県で絶滅危惧種と言われている動植物の58種が当たり前のように見られるようになり、生き物たちに評価をしてもらえているのだと感じています。

アファンの森生まれのフクロウのヒナ(アファンの森生まれのフクロウのヒナ)

本当に森が必要な子どもたちをまず招待する

私たちは森や自然が大事だと思い、これまで30年以上かけて森づくりを行ってきました。でもニコルが目指している森は100年200年後の森です。

私たちの次の世代になった時に「森なんて、なくてもいいよね」と思ってしまう人が多ければ、せっかくこの豊かになった森はなくなってしまいます。これから大人になる子どもたちに、森の大切さをわかってほしいという思いを次第にもつようになりました。

ただ、いきなり多くの子ども達が入りすぎても森がダメになってしまうので、森と接する機会が少ない、または本当に森が必要な子どもたちをまず招待しよう、ということで「5センス・プロジェクト」を立ち上げました。2002年以降、これまで児童養護施設の子どもたちや盲学校の子どもたちをのべ500人くらい招待しました。参加費は、全額ご寄付で賄っています。

写真:管洋志/森の中は好奇心の宝庫(写真:管洋志/森の中は好奇心の宝庫)

「危ないからだめ」とは言わない

森では、五感を使って全身で遊ぶことをとても大事にしています。

例えば、落ち葉に埋もれて寝てみたり、木登りをしたり、自然のブランコで遊んだり…生き物もたくさん住んでいるので、その触れ合いもあります。小さな生き物に触ることで「かわいいね」という気持ちを感じることもあります。

基本的に森の過ごし方に制限はありません。「危ないからやめなさい」とは絶対に言いません。子どもたちが「やりたい」と言ったことに関しては、安全を確保しながら何でもやらせてあげるようにしました。少々難しいことも、子どもたちはコミュニケーションを取りながら、チームワークで取り組んでいくんです。

写真:管洋志/心の底から笑おう(写真:管洋志/心の底から笑おう)

森で五感を働かせながら過ごすこと

五感を働かせながら過ごすことで、「その子の本来の姿」が現れる。そんな様子をたくさん見てきました。森での活動が子どもたちに自信と勇気を与えて、いろいろな人とコミュニケーションができるようになったり、自分の気持ちを素直に表現できるようになったりするんです。

心のケアとして「アートセラピー」も行っています。心に詰まっているものを何らかの形で表わしてもらうって、とても大事なんですね。吐き出さないと、次に進めないと思っています。森の中で絵を描いて感情を吐き出した子どもたちは、なんだかとてもすっきりした表情になるんです。

普段、想像もできないくらい大変な思いをしている子どもたちの笑顔を見ると、本当に嬉しくなります。

写真:管洋志/森の風を感じよう(写真:管洋志/森の風を感じよう)

時間の長さは重要ではない

初めてプログラムを実施する際、二泊三日では短いのではないか、と思っていたんですね。そんな短い時間に、いったい何ができるのだろうと、不安に思っていた面もありました。

でも実際に行なってみて、体験時間の長さはあまり重要ではないことがわかりました。キラキラと宝石のように輝く一瞬の体験が、その子の人生を大きく変えることもあるんだと、身をもって実感しました。今後も、子どもたちと同じ目線に立ち、一人ひとりと向き合い、子どもの自己実現をサポートしていきたいと思っています。

Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。

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