神奈川県川崎市にある「川崎市子ども夢パーク」、通称「ゆめパ」を舞台にしたドキュメンタリー映画『ゆめパのじかん』が、7月9日より東京・ポレポレ東中野ほか全国にて順次公開されます。「ゆめパ」は「川崎市子どもの権利に関する条例」をもとに作られた、子どものための居場所です。
本映画を製作した重江良樹監督に、映画を製作した経緯や、「ゆめパ」での子どもたちの様子、映画を通して伝えたいことなどについてインタビューしました。前編、後編の2つの記事でご紹介します。
大阪府出身。映像制作・企画「ガーラフィルム」の屋号で活動中。大阪市西成区・釜ヶ崎を拠点に、映画やウェブにてドキュメンタリー作品を発表すると共に、VPやネット動画など、幅広く映像制作を行う。子ども、若者、非正規労働、福祉などが主なテーマ。2016年公開のドキュメンタリー映画『さとにきたらええやん』では全国で約7万人が鑑賞、平成28年度文化庁映画賞・文化記録映画部門 優秀賞、第90回キネマ旬報ベストテン・文化映画第7位。
物理的な場所よりも、その場所にいる大人の意識が大切
―その場所が子どもにとっての「居場所」になるには、どのような要素が必要なのでしょうか。
まず“人”ですよね。物理的な場所がなくても、たとえば“近所に住んでいるおじさんやおばさん”という存在自体が居場所になることもあると思います。小さいころから可愛がってくれて、悩んだときは話を聞いてもらえる。そういった小さな居場所がたくさん増えていくことが理想的ですね。
遊び場でも、学童でも、子ども食堂でも、学習支援の場でも、何でもいい。その子にとって安心安全で、楽しくいられて、信頼できる仲間や大人がいる場だったら、どこでも居場所になるのだと思います。
大切なのは、その場所にいる大人の意識ですよね。
あれをさせてあげよう、これを教えてあげよう、という関わりではなく、子どもの権利を根本から理解して、大切にできる。そして、子どもを信じられる。子どもを信じられない人が居場所的な場所を開こうとするのは、危険だと感じます。
(映画「ゆめパのじかん」の一場面より掲載)
―子どもにとって安心安全で、楽しくいられて、信頼できる大人がいる場所。そういった場所では、子どもたちの力がどんどん発揮できそうですね。
そうですね。「ゆめパ」には学校に行っていない子どもたちもいますが、来た当初は、どうしたらいいかわからない感情を抱えている子どもたちもいるんです。
そういった子どもたちが、「ゆめパ」に出会って、遊んで、“じかん”を過ごすたびにどんどん心が安定して、元気を取り戻していく様子がありました。保護者の方からは「子どもの情緒が安定した」という話も聞きました。
だからこそ、逆のことをよく想像するんです。こういった場所を必要としているのに、近くにない子どものことを。
子どもにまつわる悲しいニュースを見るたびに思います。この子に「ゆめパ」のような場所があれば、「ゆめパ」にいるような大人が近くにいれば、こんなことにはならなかったかもしれないと。
出会いや関わりは早ければ早いほどいいですよね。小さい子どもの頃から「ゆめパ」のような場所や、信頼できる大人に出会えることが、とっても大切だと思います。
「子どもの権利」への理解を深めること
―「ゆめパ」のような場所をもっと増やしていきたいですよね。ただ、「ゆめパ」ほどの規模のことを実践するにはかなり大変だと思ったのですが…
「ゆめパ」には日々視察の方が多く訪れています。年間の半分くらいは視察の対応をしているとも聞きました。実際「ゆめパ」を目の当たりにすると、みなさんとても感動されるそうなのですが、やはり、いきなりこの規模の実践となると、現実にはかなりハードルが高いようですね。
私としては、「ゆめパ」にある全てを実現しようとするのではなく、ここにあるエッセンスを持って帰ったらいいと思うんです。大事なのは物理的な場所ではなくて、人なので。
”子どもの最善の利益を考える”という理念を持ち帰って、少人数の仲間内でもいいからまず実践してみること。そうして小さな規模の居場所が少しずつ増えていったら、必要としている子どもにもきっと少しずつ届いていく。だから、エッセンスだけでいいんですよ。
(映画「ゆめパのじかん」の一場面より掲載)
―「子どもの権利」そのものが、まだ知られていない部分もありますよね。
そうですね。「子どもの権利?なんじゃそりゃ?」という人は、子どもに関わる現場でもまだまだ多いと思います。子どもと対等な立場で接して、一人の人としてちゃんと見る。もちろん、子どもが意見をどんどん表明してOKという子ども観を、社会全体で持つべきだと感じます。
「子どもに権利を与えるとわがままになるだけ」という声を時々聞きますが、そもそも権利は誰しもが持っているものです。それに、きちんと信頼関係を築けていたら、大人側の話も聞いてもらえますし、伝わります。
子どもに伝わるように話すことや伝えることは大変ですよね。一方的に管理したり、言うことを聞いてくれたりする方が楽、ということもあると思いますが、そういった価値観を変えていくには、多方面に向けてまだまだ声を上げ続ける必要がありますよね。
(映画「ゆめパのじかん」の一場面より掲載)
―本作をどのような方々に観てほしいと思いますか。
入り口としては子どもに関わる人たちでしょうか。保育でも教育でも、どんな関わり方でも構いません。もちろん子育て中の人にも観てほしいですし、子どもにも観てほしいです。こういう場所もあるんだ、こんなこともやっていいんだという気づきになるかもしれないと思っています。
「ゆめパ」の理念や子ども観、子どもたち自身にすごく力があるよということが、映画を通じて社会に浸透していったらいいなと思います。映画を観た人が、感じたことを周りの人に発信したり、話題にして話し合ったりしてもらえることが、一つの広がりになっていくと考えています。
子育てを他人事にしないことから
―本作を観た方が、身近なところからできることは何かありますか。
”子育てを他人事にしない”ことですね。
今の社会は、子育てはそれぞれの家庭で行うという空気感が強いと思います。でも、子どもは社会で育てるものだという空気が生まれれば、保護者の方も安心して子育てができるし、子どもたちも安心して育っていけると思うんです。
―そういった空気感を作ることができれば、子どもの居場所が増えていくことにもつながるでしょうか。
先ほども話にあがりましたが、物理的な場所がなかったとしても、隣近所のおじちゃん、おばちゃんでもいいんです。話をしたり、ちょっとお茶をしたり。子ども食堂でも、学習支援の場でも、なんでもいい。子どもにとって選べる引き出しがたくさんあれば、それが居場所につながっていくと思います。
“赤の他人”じゃなくて、“社会の子ども”。
社会にいる一人ひとりが、そういった見方ができるようになるといいですよね。
―最後に、本作を観た方に改めて伝えたいことはありますか。
子どもには力があり、安心安全な環境で過ごすことができると、ぐんぐん力を発揮して育っていきます。いっぱい遊び、時には悩むこともありますが、それもまた一つの大切な育ちだと思います。
子どもたちの“じかん”の流れを感じながら、映画を観た人にとっての“大切なじかん”というものを意識してもらえたらいいなと思っています。
お話を聞かせていただき、ありがとうございました。
Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。