NPO法人Social Change Agency代表理事であり、社会福祉士の横山北斗さんは、2022年11月に「15歳からの社会保障」という本を出版しました。社会保障制度を利用することは一人ひとりの権利であることを知ってほしいという思いが込められています。
前編では、本の描き方でこだわった点や留意した点などを中心にお話を伺いました。後編では、現状の社会保障制度の課題を中心に、横山さんの考えをお聞きしていきました。
「ソーシャルワーカー」という仕事との出会い
-横山さんが福祉に興味をもったのは、どのようなきっかけがあったのでしょうか?
14歳のときに小児がんに罹患した経験が大きかったと思っています。大学では工学部に進学して、地元の群馬県から東京神奈川の方へ出てきたのですが、19歳のときに、私と同様に幼少期にがんになった方々の患者会に参加する機会がありまして。
患者会には、後遺症の問題で進学がうまくいかずに仕事につけなかったり、病気をきっかけに不登校になってしまった方も参加されていました。当時、私は大学にも進学でき、体力も戻っていたので、同じ病気の中でもある程度恵まれている状況なんだろうな、運が良かった自分が何かできることはないのかな…とそのとき思いました。
-患者会への参加が、福祉の世界との出会いだったのですね。
そうですね。患者会には、会をサポートする役割のソーシャルワーカーの方がいまして、そこではじめてソーシャルワーカーという仕事を知りました。その方は小児がんの啓発イベントや、医療や福祉を学ぶ学生さんの授業に、私をゲストスピーカーとして駆り出してくださり、自分の闘病経験を他者の前で語る機会をたくさんいただきました。
おそらくですが私の状況に対して、自分の経験を語る機会を得ることが社会復帰に必要だという考えがあり、機会をつくってくださったのかな…と。そのソーシャルワーカーとの出会いでこの仕事に就いてみたいなと思うようになりました。その後、通っていた大学をやめて社会福祉学科課がある大学に編入し、今に至る流れになります。
セーフティーネットとして機能できるように
-今の社会保障制度の利用に関して、横山さんの問題意識をお伺いできますか。
憲法25条が示している生存権を実現するために国が整備しているのが社会保障制度で、「公助」と呼ばれます。でも、公助である社会保障制度へのアクセスがほとんど「自助」頼みになっている。この矛盾に問題意識をもっています。
社会保障制度は確かにいろいろなメニューがありますし、利用できる人にとってはセーフティーネットとして機能していると思います。でも、利用申請をサポートする様々な施策や仕組みが社会の中にはりめぐらされていなかったら、名実ともにセーフティーネットだとは言えないのではないかと。
家族や地域の中で、気にかけてくれたり、教えてくれたりする存在がいる人はいいかもしれません。ですが、そういった方が身の回りにいない人は、より一層社会保障制度の情報を得ることが難しいかもしれません。だからこそ、国や自治体による制度の利用申請をサポートする様々な施策や仕組みが必要であると考えています。
-「公助」として、もっとできることはありますか。
コロナ禍に入り、社会保障制度を市民に伝えていくという観点では少し変化があったと感じています。厚生労働省がSNSで「生活保護の申請は国民の権利です」という発信をしたり、厚生労働省のホームページに、生活を支えるための制度一覧がまとめられたりするなどしました。
他にも、必要としている人にピンポイントでプッシュ型で情報を伝えたり、制度の説明文書をもっとわかりやすくしたり、申請の手続きを簡素化してオンラインでできるようにしたりなど、行政ができることはたくさんあると思います。そういった取り組みがきちんと実行されることが必要であると考えています。
「権利」についてきちんと知ること
-そもそも、日本の社会保障制度の利用が「申請主義」に基づいているのは、何か理由があるのでしょうか。
日本だけでなく、世界的にも制度の利用の多くは申請主義に基づいています。もともとは、私たち一人ひとりが申請する権利がなかった制度もありますので、申請主義は言い換えると「私たちが様々な制度を申請する権利を得てきた」ということでもあります。なので申請主義自体が決して悪いわけではありません。
くりかえしになりますが、申請主義だから申請してきてねと任せるだけでなく、利用申請のプロセスをサポートをする施策をしっかりと行うことで、社会保障制度は名実ともにセーフティーネットとして稼働すると考えます。
-「社会保障制度の利用は権利である」という認識が、利用する側にも広まっていくために、必要なことはありますか。
社会保障制度の利用が私たち一人ひとりの権利であるという前提に立つならば、人生のどこかのタイミングで知る/伝えてもらう機会をつくるべきだと考えます。そうするとやはり義務教育の中でタイミングをつくることが望ましいのではないでしょうか。
加えて「主権者教育」がもっと必要だと思います。そもそも「権利とは何か」「歴史の中でどのように獲得してきたのか」「どのような権利を行使することができるのか」などについて学ぶ機会があまりないと聞いているので、そういった機会をつくっていくことが必要ではないかと考えています。
-私たち一人ひとりが行使できる権利について、学びを深める機会をいかにつくることができるか、ですね。お話を聞かせていただき、ありがとうございました。
社会保障制度は知っていれば、利用できる。
知らなければ、利用できない。
公助である社会保障制度にアクセスできるかは本人次第という、ある種の”矛盾”に切り込んだともいえるこの本。誰しもが困難な状況に陥る可能性があるからこそ、必要としている人が、必要なタイミングで社会保障制度を適切に利用できる社会であることが、安心して毎日を生きるための大前提だと感じました。
今、この本が必要としている人や困っている人の手助けになるように、いつかはこの本が必要とされなくなる社会になることを願います。
Author:Eduwell Journal 編集部
本記事は、山田友紀子が担当。Eduwell Journalでは、子どもや若者の支援に関する様々な情報をご紹介しています。子どもや若者の支援に関する教育や福祉などの各分野の実践家・専門家が記者となり、それぞれの現場から見えるリアルな状況や専門的な知見をお伝えしています。
15歳からの社会保障 人生のピンチに備えて知っておこう!
家族、学校、お金、仕事、住まい、体調…。生活の困りごとに対応するための社会保障制度。知識があなたや大切な誰かの力になる。
日常生活でピンチに見舞われた10人のストーリーを通して、社会保障制度がやさしく学べる。あなたや大切な誰かを守るために知っておこう。学校では教えてくれない、生きのびるための大切な知識。