就職・就労

「大卒は高卒よりも生涯賃金が高い」というのはウソ!?-過度の「大卒信仰」でミスリードされる子どもの貧困対策

高校卒業

子どもの貧困対策のための学習支援事業は、全国各地に広がり実施されるようになりました。生活困窮世帯の子どもに対して、「無料塾」をNPO等に委託し開設したり、自治体等がバウチャー(無料クーポン)を配布し塾に通えるようにしたりと、手法はいろいろですが、その背景には、「学力の格差が収入の格差につながる」という考え方があります。

この考え方の大筋に異論はないのですが、大学にいかないと貧困から脱出できないかのような行き過ぎた論まで散見されるようになってきました。

中には、「親が大卒だと子も大卒、親が高卒だと子も高卒」という学歴の親子連鎖を問題視し、さも高卒で就職することが悪いという前提で話されていることすらあります。それは、「大卒信仰」のヘッドギアをかぶっていることに気づくべきです。

そもそも「大学進学=良い」なのか?

こうした信仰が蔓延している学習支援事業では、子どもたちに夢や目標を描かせる際に「大学進学=良い」前提で話をし、無意識に「高卒就職」を貶めていたり、高卒で就職する子どもたちを、「夢を諦めた可哀相な生徒」と捉えていたりします。それは明らかにミスリードです。

・大卒のメリットだけでなく、大卒のデメリットを伝えられますか?
・高卒で就職することのデメリットだけでなく、メリットや可能性を伝えられますか?
・高卒で就職する選択を、夢を諦めることでもなく、働きながら成長していくキャリアとして歩むためのアドバイスができますか?
・高卒で就職し、働きながら自立していけるキャリアを、企業と連携してつくっていますか?

もし、高校生の進路を支援する立場にいて、これらの視点に気づいていないようであれば、「大卒信仰」によるミスリードの恐れがあります。

高卒の価値が不当に下げられてきた60年

この60年の高卒就職率と大卒進学率、高校卒業者数をプロットしたこのグラフをご覧ください。高卒と大卒は、この60年で完全に逆転しましたが、逆転した年(1988年)のところで線を引いてみます。

大学進学率・高卒就職率と高校卒業者数の推移

逆転する前は、高度成長時代において会社が成長していく中で、少数の大卒エリートに、多数の高卒が昇進や給与の面で高卒が悔しい思いをしてきた時代です。

とりわけ団塊の世代は、高卒就職が6割近くに達し、大学進学へのあこがれを強くもっていた世代でもあります。この悔しい思いをしてきた親が「子どもには同じ思いをさせたくない」と、その子どもの団塊ジュニア世代に大学進学熱を生み出してきました。

それが団塊ジュニア世代を中心とする生徒の急増期に受験戦争を生み出し、ニーズに応えるよう数多くの大学が設置されてきました。会社内でもその考えのもとで、人事制度も構築されてきました。これが大卒信仰を生み出してきた歴史です。

ただ問題は、この線の前と後で、いろんな前提が大きく変わっているところです。

1988年以前の社会、1988年以降の社会

それにもかかわらず、この大学が、成長と価値を生み出していると信じ込み、顧みられることなく、逆転線の前の考え方による大卒中心の採用や、高卒採用の仕組みが継続していることが本質を見えなくしています。

「大卒は生涯賃金が高い」というのは半分ウソ

「大卒信仰」を生み出す背景には、「大卒の方が生涯賃金が高い」というデータの誤用があります。学歴と生涯賃金を示すデータとして、労働政策研究・研修機構『ユースフル労働統計2017』の、このグラフが主に使われています。

労働政策研究・研修機構:ユースフル労働統計2017(労働政策研究・研修機構:ユースフル労働統計2017)

確かにこのデータを見ると、退職金まで含めると高卒と大卒の格差は7,700万ほどあり、大学の学費を500万かけてもそれ以上の価値があるように見えます。たいがいは、このグラフを示しただけで、「だからがんばって大学に行こうね」と説明していますが、大事な説明が抜け落ちています。

まずは、このグラフのタイトルには「男性の生涯賃金」とあります。女性にはそもそも適用外です。女性は結婚出産などでキャリアがつながらないケースが多いからでしょう。それだけではありません、注にはこう書いてあります。

学校卒業しただちに就職、60 歳で退職するまでフルタイムの正社員を続け、退職金を得て、 その後は平均引退年齢までフルタイムの非正社員を続ける場合。

そもそも、そんな安定した職業環境が、今の若者、これからの若者の働く前提でありえますか?すでに大卒では3年以内離職率が32%ほどになっていますので、大卒の3分の1には当てはまりません。まさに、逆転線以前の社会の常識がそのまま使われた例です。

また、あまり説明されませんが、同じ労働統計にはもうひとつ企業規模別の生涯賃金のグラフがついています。

労働政策研究・研修機構:ユースフル労働統計2017(労働政策研究・研修機構:ユースフル労働統計2017)

これをみれば、確かに1,000人以上の大企業で就職するなら、高卒より大卒の方がたくさんもらえます。

しかし、大手上場企業に大学から入社する競争は狭き門です。少なくとも、国公立大学、有名大学卒が最低条件になってくるでしょう。こうした大手上場企業に入るなら、現場労働にはなりますが、高卒で入社するほうが圧倒的に入りやすいし、大手上場企業の高卒の方が、中小企業の大卒よりもデータ上では生涯賃金が高いのです。

また、中小企業になればなるほど、大卒と高卒の間の生涯賃金の格差はありません。学歴よりも実力がものをいう世界です。つまり、大学卒業後、結果的に中小企業に入社する、多くの大卒が通るルートでは、「大卒は生涯賃金が高い」は全部とはいいませんが半分ウソなのです。

これだけ多くの誤用が含まれるデータを、大卒か高卒かを選択させる判断材料として、今の時代に安易に紹介してはいけません。もし、使うなら細かいところまで説明しなければ、都合の良い部分だけを説明する詐欺のようなものです。

大卒の選択は、投資リスクを子どもに背負わせる

生涯賃金の話は、高校生にもピンとこない先の話ですが、進学する際の大学の学費は、ほぼ確実に起こる大学進学のデメリットです。

大学の学費は逆転線の前と後で激しく高騰しました。1975年と2015年で比べると、国立大学でおよそ15倍(年額3.6万円→53.5万)、私立大学平均でおよそ4.8倍(年額18.2万→86.8万)。給与所得者の年収は、この間で2.3倍(205万→473万)程度しかあがっていませんので、その分、大学進学が奨学金依存になるのは当然です。

大学進学の本当のコスト

図のように学費だけでなく、入学金や受験費用、教科書や通学費などあわせれば、4年間で数百万にのぼります。

従って、現在、2.6人に1人が奨学金を借りることになり、平均貸与総額は第一種で237万円、第二種で343万円にのぼっています。

この学費等に加え、もし、高卒で就職して働いていたならば得られるはずの所得が、大学進学の本当のコストです。安く見積もっても1,300万円は下りません。すなわち、今の状況は、大卒進学にかかる投資コストを、子どもに当たり前のように背負わせているのです。

少子化や大学進学率の頭打ちで「大学存亡の危機」などと言われていますが、あえて悪く言えば、高卒就職の価値を意図的に貶め、弱い立場の子どもたちに借金をさせてでも大学進学に誘導し、大学が生き残りを計っているようなものです。

裏を返せば、もし、大学に行かず、高卒で就職し、何も問題なく自立できるよう支援したとすれば、その家庭に1,300万円の以上の価値を生み出したといえます。子どもの貧困対策のゴールを、精神的・経済的自立におき、合理的に考えるなら、大学進学のみに傾倒するのは、愚の骨頂です。

新しい時代の高卒就職の道を広げる

ここまで書くと、「高卒だと仕事が限られたり、様々な差別やデメリットがあるではないか?」という反論があるかと思います。確かに、現在の高卒就職は、逆転線前の価値観で作り上げられた仕組みの中で、その本当の可能性が見過ごされています。

そのため、今のままの高卒就職には、様々なデメリットも存在していますが、それらは全て対策可能であることがわかってきました。子どもの貧困対策で、現時点で使えるリソースの中で有効な策を考えるのであれば、高卒就職のデメリットを最小化し、逆転線以降の時代に適した高卒就職の道を広げる時です。

次号の後編では、現在の高卒採用・就職システムの現状と課題と、新しい時代の高卒就職「高卒プロフェッショナルキャリア」について論じます。

Author:毛受芳高
一般社団法人アスバシ代表理事。NPO法人アスクネット創業者。学校と地域をつなぐキャリア教育の普及と、キャリア教育コーディネーターの仕事を提言し、仕組みをつくりだしてきた。現在は新しい時代の高卒就職「早活」と、働きながら学ぶキャリア「アプレンティスシップ」を推進。
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